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北村はじめの『ちょっと立ち読み』


世界一 質素な大統領

01/07/2015


北村はじめのちょっと立ち読み39
2015年は「光の国際年」「国際土壌年」

 

 

 

今年一月初旬のことだった!

 

ウルグアイ国民であるジェラルド・アコスタさんが、ウルグアイ南部のファン・ラカセ近郊の職場からの帰りにヒッチハイクしていたときのこと。何台も車が通り過ぎた後、やっと一九八七年型フォルクスワーゲン・ビートルが止まってくれた。

そして彼が車の中に入ると、すぐに車内にいる女性が上院議員のルシア・トポランスキー氏であることに気づいた。そう! 車を運転していたのは、なんと彼女の夫ホセ・ムヒカ大統領だったのである!! 

ほとんどの車が止まってくれなかったのに、大統領が自分を拾ってくれたことが信じられなかったというジェラルドさん。大統領は、ヒッチハイクをしなければならない彼のことを心配したという。道中、大統領とルシア夫人の写真まで撮らせてもらった彼は、車を降りるときにひたすら感謝の言葉を述べたそうだ。危険なヒッチハイク。誰でもがヒッチハイカーを拾うわけではない。まして、大統領ともなればそういうことはしない。(出典:エル・オブセルバドール紙とBBCワールドニュースより)

今回は、今年三月一日に退任したウルグアイのホセ・ムヒカ(Jose Mujica)前大統領をご紹介しよう。

 

 


ホセ・ムヒカの歩んだ道


 

本名は長い。ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ。一九三五年五月二〇日生まれ。現在八十歳を迎えたばかり。

首都モンテビデオの貧困家庭に生まれる。家畜の世話や花売りなどで家計を助けながら育つ。一九六〇年代に入って極左都市ゲリラ組織『ツパマロス』に入る。ゲリラ活動に従事する。

ツパマロスと治安組織の抗争の激化、労働組合や職人組合の政治経済への反発といった時代のもと数々の襲撃、誘拐にたずさわる。

ムヒカは六発の銃弾を受け、四度の逮捕(うち二回は脱獄)を経験する。「刑務所の中で人生を学んだ」と振り返る。

一九七二年に逮捕されてからは、軍事政権が終わるまで十三年近くムショ暮らし。軍事政権側の人質として扱われていた。他の「人質」には、のちに上院議員となるエレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロや、ツパマロスの創設者ラウル・センディックなどがいる。

出所後、ゲリラ仲間と左派政治団体を結成し、一九九五年の下院議員選挙で初当選。
二〇〇五年にウルグアイ東方共和国初の中道左派政権となる拡大戦線党のタバレ・バスケス大統領の下で農牧水産相として初入閣。

二〇〇九年十一月の大統領選挙戦で、元大統領で国民党公認候補ルイス・アルベルト・ラカジェを決選投票で破り見事勝利した。

二〇一〇年三月一日より二〇一五年二月末まで、同国の第四十代大統領。

二〇一五年三月一日、医師免許を持つ類まれな大統領は、惜しまれつつ満期退任。

人工妊娠中絶(二〇一二年十月十七日)、同性結婚を合法化(二〇一三年五月三日 大統領が法律に署名。八月五日に施行)し、大麻の合法化は二〇一三年十二月。

可決された人工妊娠中絶合法化法は、望まない妊娠など条件を満たした場合に限って中絶を合法とし、中絶費用に国民保険の適用を認めることが決まった。

「カトリック教徒の多い南米で人工妊娠中絶を合法化したのは、ウルグアイが2ヵ国目。国民より牛の数の方が多い、などと言われる牧歌的なウルグアイだが、医師免許を持つホセ・ムヒカ大統領の政権下で、公衆衛生面の改善が進んでいる」と、AFPは報じた。

 

愛称はエル・ペペ。妻は元ツパマロス・メンバーで〝戦友〟のルシア・トポランスキー上院議員。愛読書はセルバンテスの『ドン・キホーテ』。趣味は花の栽培。彼の個人資産は、フォルクスワーゲン・タイプ1(友人からもらった一九八七年型の水色のフォルクスワーゲンが愛車。運転はもちろん、彼自身)のみ。それもそのはず。ムヒカ大統領は、〝世界一質素な大統領〟との異名を持ち、気さくで謙虚だ。

公開資産額によると、ムヒカ大統領の報酬月額は一万一千ドル(約百三十万円)とされており、その九十パーセントをホームレスを救う慈善団体や政府のプログラムなどに寄付している。そのため、彼の月収は七百七十五ドルほどで、これはウルグアイ人の平均月収とほぼ同じ額である。自身は郊外の質素な妻名義の農家に暮らし、唯一の資産は約十八万円相当の一九八七年型フォルクスワーゲン・ビートルのみという生活ぶりから、世界で最も清貧な大統領と呼ばれていた。

豪華な大統領官邸には住まず、首都郊外の夫人名義の小さな農場に夫人と三本足の飼い犬・マニュエラだけで暮らしている。水道は通っておらず、井戸水を使用している。あとはボディガードの二人の警官だけ。クレジットカードや銀行口座も持たず、世界で最も〝清貧〟なリーダーとして知られている。

「世界で一番貧乏な大統領」の絵本が、日本でも出版された。二〇一四年のノーベル平和賞にもノミネートされた。

 

 

 


ムヒカ大統領の心に沁みる名言



 

お金があまりに好きな人たちには、政治の世界から出て行ってもらう必要があるのです。彼らは政治の世界では危険です。お金が大好きな人は、ビジネスや商売のために身を捧げ、富を増やそうとするものです。しかし政治とは、すべての人の幸福を求める闘いなのです。

 

私たちは、代表民主制と呼ばれるものを発明しました。これは、多数派の人が決定権を持つ世界だと私たちは言います。ならば、私たち(各国の指導者たち)は、少数派ではなく多数派のような暮らしをすべきだと私には思えるのです。
(ほんの僅かの富裕層が政治家になるべきではないという主張)

 

発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子供を育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

 

人は物を買うときは、お金で買っているのではないのです。そのお金を貯めるための人生で割いた時間で買っているのですよ。従って人を雇っている場合、その人の時間で物を買っていることになるのです。経済資源というのはそういう人生の時間を割いたものからできているのです。
(ベネズエラ放送局によるインタビュー。消費主義社会について)

 

私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。
(リオ+20会議で)

 

私は、消費主義を敵視しています。現代の超消費主義のおかげで、私たちは最も肝心なことを忘れてしまい、人としての能力を、人類の幸福とはほとんど関係がないことに無駄使いしているのです。

 

人間はもっとよい暮らしを持つためにものが必要なのですが、それを達成するために消費と仕事をどんどん増やさなければいけない計画的陳腐化や、底を知らない消費主義社会にイエスと言ってはいけない。

 

苛烈な競争で成り立つ消費主義社会で、「みんなの世界をよくしていこう」というような共存共栄な議論が、果たしてできるのでしょうか?

 

大統領官邸に住んで42人の職員を雇うぐらいなら、学校のために経費を使いたいので、住まない。
(なぜ大統領官邸に住まないのか?との質問への回答)

 

 


ムヒカ大統領のリオ+20の演説(抜粋)


 

二〇一二年のリオ+20の会議は地球の未来を議論し合う場だったが、自分の演説を終えると、ひとり一人と消えて行く会議場。ウルグアイ大統領は最後の演説者だった。彼のスピーチのときには議場にはほとんどいなかった。そんな中、カメラの前で残したスピーチは、他の大統領とは違って、赤裸々に思うところを話している。エル・ペペ(大統領の愛称)が世界に残したメッセージの一部だ。


この機会に、いくつかの疑問を声高に質問させてください。午後いっぱいの時間をかけて話されていたことは、持続可能な発展と貧困層を救うことでした。私たちの心の中を駆け巡っているものは何なのでしょうか? 現在の裕福な国々の発展と消費モデルを後追いすることでしょうか?

私は自問自答します。ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの地球はどうなるのでしょうか。

われわれが呼吸をするための酸素がどれくらい残るのでしょうか。もっとはっきり言いましょう。西洋の最も富裕社会と同じレベルの消費と浪費を世界の七十億~八十億人ができるほどの物質的資源がこの地球にあるのでしょうか? 本当に可能なのでしょうか? それとも、いつか私たちは別の角度の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜなら、私たちはこのような文化を作ってしまったのです。そこに私たちは住んでいるのです。


「貧乏な人とは、何も持っていない人のことではなく、欲望の限りのない人のことです。これは文化の問題です。

ですから、私は、国の代表者として努力や合意がなされつつあることに敬意を表します。そして、私は、それらに忠実であります。私のスピーチには、飲み込めないこともあるだろうと思います。しかし、私たちは水危機と環境危機が本然的な問題でないことを理解しなくてはなりません。

本然的な問題は私たちが作ってしまった文明社会のモデルです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルです。 私は環境資源に恵まれた小さな国の代表です。我が国には三百万人しかありません。でも、世界でもっともすぐれた食肉になる千三百万頭の牛が私の国にいます。良質なヤギも八百万から千万頭ほどいます。私の国は食品、乳製品、肉の輸出国です。こんな小国ですが、領土の九十パーセントは資源豊富なのです。

 

 


ムヒカ大統領のVWに百万ドルを申し出た人がいる


 

ムヒカ大統領は、妻名義の農家に住んでいる。伝えられているところによると、本当の物質的価値のある大統領の所有物は、この一九八七年製のフォルクス・ワーゲン・ビートルだけである。

米紙ワシントン・ポストによると、彼の愛車である一九八七年製フォルクスワーゲン・ビートルは、二〇一四年暮れ現在での価値は二八〇〇米ドル(約三十二万円)だそうだ。
このフォルクスワーゲン・ビートルをアラブの富豪が百万ドル(約一億二千万円)で買い取ることを打診したさい、その断った理由も素敵だ。二〇一四年十一月十四日にラジオで「友人たちからもらった物だから、売れば友人たちを傷つけることになる」と、これを断る発言をした。
「世界で最も貧しい大統領」ホセ・ムヒカ大統領が、現金の緊急支援を必要としているのではないかと、あるアラブの族長は考えていたようだ。

彼の愛車をこれほど長く所有していたのは、大統領が飼っている三本足の犬、マニュエラが馴染んでいたというのが一番の理由だったとか。

 

 

 


ウルグアイ大統領 「飛行機持ってないから乗せて」
メキシコ大統領 「いいよ」…


 

ホセ・ムヒカ大統領。大統領専用機なども持たないため、国際会議にはエコノミークラスで行くか、他の大統領に便乗させてもらうことが多い。そんなムヒカ大統領がメキシコ大統領専用機に同乗し、自国まで送ってもらっているときの様子が「かわいらしい」と話題を呼んだ。 シートベルトを締めて、ちょこんとつつましく座っているムヒカ大統領(右)の感じが、確かにかわいらしい…。メキシコのエンリケ・ペニャニエト大統領(左)二〇一四年三月。
普段から他国の飛行機に乗せてもらっている事実も興味深いが、毎回それを素直にお願いしているというのもムヒカ大統領らしい。

 

 


〝世界一質素な大統領〟の生涯を映画化!


 

 

数々のエピソードでウルグアイの人気者になったホセ・ムヒカの大統領の生涯を、カンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを二度受賞し、世界三大映画祭すべてで受賞している鬼才エミール・クストリッツァ監督が映画化することになった。

ムヒカ大統領の生涯に迫るドキュメンタリーを、旧ユーゴスラビア・サラエヴォ出身の映画監督エミール・クストリッツアが撮影中だとか。その名も、『Ultimo Heroe(最後のヒーロー)』。
二〇一三年後半より、クストリッツァは「政界の最後のヒーロー」ウルグアイのホセ・ムヒカ大統領のドキュメンタリーの撮影に入っている。

 

 

 


二〇一五年三月一日惜しまれつつ満期退任


 

世界で最も清貧・貧乏・質素・謙虚な大統領と呼ばれたウルグアイ第四十代大統領ホセ・ムヒカ氏が、二〇一五年三月一日、群衆に惜しまれつつも退任した。二〇一〇年三月一日より五年間大統領職を全うし、周辺の大きな国に比べて、健康的な経済を置き土産にしたことは大きく評価される。

「エル・ペペ」(ペペは、ホセの愛称であり、大統領という特定の人を指すのでElをつけた)の愛称で親しまれ、実行力のある大統領として人気があったが、本年二月二十七日に大統領府を明け渡すのを前に、多くの人々が花などを持って建物前に詰め掛けて名残を惜しんだ。その映像は感動的だった。

 

こんなにも国民から愛される一国の指導者は、近年珍しいのではないか。

服装に至ってもほんとうに質素! 自宅ではジャージにフリース姿で、公務の場でスーツを着ていてもネクタイをしたことは一度もない。

あるリポーターが、「なぜネクタイをしないのか?」と尋ねたところ、「あれは男らしさの虚栄の現れで、私にとってネクタイは役に立たない雑巾」と、言った。

 

 

 

 

北村の一言: 「爪に火をともす」暮らしぶりは、今世の聖職者にすらできない、と私は思う。

 

 

 


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