学生三大駅伝三冠 箱根駅伝三連覇へ王手だ! 青山学院大学 | 北村はじめの『ちょっと立ち読み』

 

 

十二月十日に出場全二十一チームのエントリー選手(各校十六人)が発表され、正月の風物詩・箱根駅伝が指呼の間だ。厳寒の季節の駅伝だ。学生時代に新聞記者から聞いた話だが、「身体を温めるために、パンツの中に唐辛子を入れて走った選手が何人もいる。その唐辛子で火傷をした選手もいたのだ」と。ホントなのかと今でも思うが、記者氏は自信をもっていた。「箱根駅伝」(二〇一七年一月二日、三日)は、関東学連加盟大学のうち、前年大会でシード権を獲得した十校と、予選会を通過した十校、それに関東学生連合を加えた合計二十一チームが出場する。(文中敬称略)

 

 

①箱根駅伝の誕生

 

一九一二年のストックホルム・オリンピックに、金栗四三は講道館の創設者、嘉納治五郎の指名で、日本からただひとりのマラソンランナーとして大会にエントリーした。しかし、猛暑により途中リタイア。ストックホルムでは「消えた日本人ランナー」として注目され、金栗は失意の帰国をした。


一九一七(大正六)年に日本で初めての駅伝となった京都・東京間の「東海道駅伝徒歩競走」が行われ、箱根駅伝の〝モデル〟となった。「東海道駅伝」の大成功で、「世界に通用するランナー育成」との強い思いを抱いていた金栗四三らは、大学や師範学校、専門学校に箱根駅伝創設の意義を説いた。その結果早大、慶大、明大、東京高師(現筑波大)の四校が参加して、今から九十六年も前の一九二〇(大正九)年に、第一回「四大校駅伝競走」大会が行われ、旧東京高等師範(現筑波大)が優勝した。

 

 

 

②箱根駅伝2017の出場校一覧と予想

 

二〇一六年第九十二回箱根駅伝は、青山学院大学が往路、復路で圧巻の強さを見せつけた。連覇を果たした青山学院は二〇一七年に箱根駅伝三連覇と、学生三大駅伝の三冠を目指す。

 

●シード校
青山学院大学/東洋大学/駒澤大学/早稲田大学/東海大学/順天堂大学/日本体育大学/山梨学院大学/中央学院大学/帝京大学

 

●予選通過校(結果順)
大東文化大学/明治大学/創価大学/法政大学/神奈川大学/上武大学/拓殖大学/國學院大學/国士舘大学/日本大学

 

●上位争い5校  独断予想 
 青山学院大学 
箱根三連覇、学生駅伝三冠に王手をかけた青山学院大学。箱根駅伝二〇一六の経験者が六人健在。エースの一色恭志を中心に、時間が読める三年生がいて、一年生の鈴木塁人(たかと)がエントリーされた。優勝候補の最右翼。十一月の全日本学生駅伝で森田歩希(二年)がMVPに輝くなど層の厚さを見せた。

 

 

 山梨学院大学 
全日本学生駅伝で留学生、ニャイロの爆走は群を抜いた上、留学生に頼らないチーム力もついてきた。青山学院大学の三冠・三連覇阻止に絡める一校だ。一・二区で青山学院よりも前に出てプレッシャーをかける青山学院打倒作戦があると主張する某大学の監督がいるが、その一番手に考えられるのが山梨学院大学だ。二区にエース・ニャイロの起用は不動のようで、その布陣が組めれば、ニャイロの爆走力+選手層からみていい線いくのではないか。

 

 

 東海大学 
出雲駅伝でも活躍したルーキーも含めて一年生軍団七人が控えており、戦力が強化された。むしろ二〇一八年以降が楽しみな大学。一年生が主体なので、若さが出る恐れあり。箱根で若い力が爆発するか、それとも若さ故の脆さが出るか。いずれにしても目が離せない。

 

 駒澤大学 
ダブルエースのひとり、全日本学生駅伝を欠場した中谷圭佑(四年)復帰が必要で、それと工藤有生(三年)を軸に五千メートルに十三分台が六人、一万メートル二十八分台が三人いる駒沢大学で、西山雄介、大塚祥平(共に四年)が生きる布陣が組めれば大いに上位争いに入れる。「五区大塚祥平」で確定ボタンが押せる区間エントリーができる強力ラインナップが組めるなら、駒澤大学は面白い。

 

 早稲田大学 
五千メートル十三分台が六人、一万メートル二十八分台が二人を擁す早大。十一月の全日本大学駅伝で惜敗の二位。層が厚く優勝圏内に入りそうだが、確実に優勝に行くには、山梨学院大学のニャイロや青山学院大学の一色を上回る選手が一枚ほしい。

 

●シード権獲得もありうる3校  独断予想 
 大東文化大学 
五年連続四十八回目。全体的に力をつけてきている。しかし、最近の大東文化大学は山で苦戦。五区が短くなった今回、五区を守れる選手がいれば、十位以内は固い。

 

 明治大学 
九年連続五十九回目の明大は今回、主力選手の卒業で、一万メートルを二十八分台で走る選手はいなくなった。だが、箱根予選会では籔下響大(四年)や、江頭賢太郎(四年)ら七人が、二十キロを一時間0分台で走り、チームの総合力で二位。シード校に遜色ない力量を感じさせた。坂口裕之(二年)の復活があれば、シード校への復活、上位争いがみえてくる。

 

 創価大学 
二年ぶりに二回目。ムイル、セルナルド、大山の牽引車トリオでうまく時間が稼げれば、他の選手の負担も軽くなり、初のシード権獲得もありうる。今年の箱根駅伝予選会の個人成績で四位に入ったムソニ・ムイルが楽しみ。チームの団結は、出場校中で抜群。

 

 

③駅伝のコース   

 

箱根駅伝は、東京・読売新聞社前~箱根・芦ノ湖間を往路五区間(百七・五キロ)、復路五区間(百九・六キロ)の合計十区間(二百十七・一キロ)で競う、学生長距離界最大の駅伝競走だ。関東学生陸上競技連盟は、往路の四区と五区の区間距離を二〇一七年一月から変更し、中継所の場所を変更することを発表した。イラスト参照。

具体的には、平塚⇒小田原間の四区の区間距離を、十八・五キロ⇒二十・九キロに、小田原⇒往路ゴール・芦ノ湖までの山登りの第五区の区間距離を、二十三・二キロ⇒二十・八キロにそれぞれ変更。小田原中継所は小田原市本町のメガネスーパー前⇒小田原市風祭の鈴廣前に変更して、十二年前の区間距離に戻った。

四区・五区の区間距離の変更の理由として、(一)区間距離を延長した第八十二回大会以降、山登りの五区の選手に対する生理学的負担が大きく、走行後半には低体温症や血糖の症状に陥る例が多数発生していること。(二)総合成績に対する五区の貢献度が大きすぎること。(三)第八十二回大会以降四区の距離を短くしたことで マラソンに順応できる選手の芽を摘み取っている懸念を、同連盟はあげている。

五区が最長区間だった十一年間で、五区で区間賞を取ったチームが往路優勝した回数は十回。総合優勝した回数は七回で、上記(三)の理由を証明している。

山登りの五区は距離短縮で、選手への負担が軽くなった分、山が強くても五区で勝負が決まる確率は落ち、「距離が長くなる四区はエース級の選手が起用される区間となる」とは青山学院・原監督の読みだ。各校の総合力が試されるこの四区にエース級を投入できそうなのは、青山学院しかない。

 

 

 

④「花の二区」と「ごぼう抜き」

 

とりわけ有名な区間は、往路の「二区」と「五区」だ。「花の二区」という呼称は、二区が箱根駅伝で往路の最長区間であることと、各大学がここで他校を引き離しにかかる、あるいは、引き離されないように、力のあるエース級を起用することで生まれた。かつて早大の瀬古利彦など力のある選手が走っている。

保土ヶ谷駅まではほとんど平坦だが、権太坂と三区の戸塚中継所手前の急勾配の二つの上り坂でエースたちは苦しめられ、「ごぼう抜き」や「大ブレーキ」が見られた。二区は、地形的に走りづらい難区間であり、一区に起用したスピード選手の流れを引き継いで、二区でさらにそれを確実にしたいという戦略上の重要区間だ。

駅伝の醍醐味は「ごぼう抜き」。チーム力の接近と参加校増枠から、上位記録のほとんどが近年に達成されている。(表1)また、上位記録のほとんどが二区で達成されているなかで、八十一回大会の今井正人(順大)が五区で十一人抜きを記録している。

 

 

 

 

⑤箱根路の“山の神”

 

この特集でいう山の神は、一般家庭の恐妻家の男性が自分の妻を指して用いる三人称代名詞の山の神ではない。圧倒的な快走を見せる男性選手だ。

箱根駅伝の何よりの特徴はその高低差だ。日本人に馴染みのボストンマラソンのゴール手前の長い上り坂を、人は心臓破りの丘というが、スタートとゴールではたかだか百メートルを超す程度の高低差。

ところが、第五区は小田原中継所から往路ゴールの芦ノ湖までの距離が二十・八キロ。この一区間の中での標高差が約八百七十四メートル。まさに天下の険である。駆けあがっただけでは「山の神」にはなれない。五区の中でもひときわ目立つ記録を残し、軽快でかつ超人的働きをした選手だけが「山の神」と讃えられる。この区間に各大学の監督、選手の歓喜、苦しみ、悲哀、口惜しさが凝縮する。

来年で九十三回の歴史を誇る箱根駅伝で、箱根の険しい「心臓破りの丘」を、韋駄天のごとく駆け上がっていった山の神が歴代で三人いた。

 

初代山の神
今井正人 現・トヨタ自動車九州

順天堂大学の今井正人は、一年から四年(二〇〇四年から二〇〇七年)まで連続で箱根駅伝に出場したが、五区に起用されたのは二年次から。

二年次には、五区で史上最多の十一人ごぼう抜き(表1)。かつ区間新記録を残した。その後、五区の距離が延長されたため、この記録は今も輝き続けている。

三年次には、第六位でタスキを受けて五人抜き。順天堂大学の往路優勝に大貢献。

最終四年次でも、五位でタスキを受けてトップでゴールし、順天堂大学の往路優勝と総合優勝に貢献。また、今井正人は、三年連続で五区の区間賞を獲得し、初代「山の神」と崇められる働きをした。

 

第二代山の神
柏原竜二 現・富士通

柏原竜二は東洋大学の一年次の二〇〇八年から二〇一一年まで四回出場した。四回連続出場の今井正人との違いは、柏原竜二は四回とも山登りの五区だった。

一年次に、八人抜き。で東洋大学の往路優勝と総合優勝の原動力になった。おまけに、初代「山の神」の記録を四十七秒も更新する区間新も記録。

二年次では、六人抜きで東洋大学は往路優勝。前年の自己記録を十秒短縮する区間新を達成し、東洋大学の二年連続の総合一位に貢献した。

三年次では、三位でタスキを受けてトップでゴールイン。東洋大学は往路優勝、総合二位だった。

四年次では、トップでタスキを受け取り、二位と五分の差をつけてそのままゴール。東洋大学は往路優勝。二年生次に作った自己区間新記録を破り、区間新を樹立して、東洋大学は総合一位。

 

第三代山の神
神野大地(かみのだいち) 現・コニカミノルタ所属

名前がすごい。後ろから読めば、大地の神だ。神野大地は二〇一二年に青山学院大学に入学。二年次で「花の二区」に初出場。

神野大地は三年次で、五区を初めて担当。この三年次の第九十一回箱根駅伝(二〇一五年)の走りでいきなり三代目の山の神に。

神野大地は五区で、トップと四十六秒差の第二位でタスキを受けた後、大平台では十秒差まで詰めた後、駒澤大学の馬場翔大を抜き、小涌園では一分一秒引き離し、芦之湯(一分八秒)元箱根(四分二十四秒)ゴールでは四分五十九秒もの大差をつけた。標高差八百七十四メートルを平地のように駆け抜けた百六十四センチ、四十三キロの最軽量の小型車。「就寝時間の十時十五分に寝ることを徹底しました。生活面の見直しで陸上は強くなれます」と、神野。青山学院大学は往路、復路ともに優勝。大学初の箱根駅伝優勝をもたらした。

四年次の第九十二回箱根駅伝(二〇一六年)も、神野大地は五区を。区間記録は日本大学のキトニーには譲ったが、トップでゴールイン。その結果は、青山学院が往路・復路・総合の全部門で優勝。さらに一区から最終の十区まですべて一位で通過。三十九年ぶりの総合完全優勝の偉業を達成。

 

 

⑥箱根駅伝は大学の広告塔

 

予選会に敗れた中央大学は八十七年連続出場の歴史が途切れた。名門校にも厳しい時代が来ている。

今年十月十五日、箱根駅伝予選会でスタート地点の立川市の陸上自衛隊立川駐屯地から一斉にスタートしたのは、五十校五百八十九人のランナー。出場校は前回より一校増え、出場資格記録が設けられた七十五回大会以降としては最多の五十校に及んだ。関東ローカルの箱根駅伝でありながら、全国区並の盛り上がりだ。なぜか。

まずは、近年の箱根駅伝に高速駅伝時代が到来した。とにかく「速く」なって、そのスポーツ性と見る楽しみが増えた。とともに、受験シーズン直前の優勝や上位入賞は、受験生の志望校選択に決断を与える。事実、関西以西の受験生が増えた大学だってある。その年の成績は、高校生ランナーのリクルーティングにも陰陽がでる。常時シード校になれば、選手も志願者も増やせる…という心理が学校関係者に働く。受験シーズンを目前のこの時にテレビ・ラジオ・新聞のマスコミの露出度を最大限に利用しない手はない。戦国時代を迎えたのは大学駅伝部だけではない。「少子化時代の真っただ中にいる大学そのもの」だってそうなのだ。

賛否両論あるが、大学の認知度を高めるために、留学生を受け入れる学校も増えてきた。水面下から首を出すためだ。日大、東京国際大、創価大、日本薬科大、武蔵野学院大、桜美林大がケニアから、拓大がエチオピアから。外国人枠のルールで、当日のレース出場は、留学生ひとりしか認められない。

ただひとつ、世界で活躍できる日本長距離界の選手育成という点で、駅伝選手からは優秀な選手が出にくい現実がある。願わくば、参加選手の中から国際的に活躍できる長距離選手が生まれてほしい。とまれ、来年の一月は、どこの大学が正月を寿ぐことになるか。

  

【引用資料及び参考文献】
●関東学生陸上競技連盟からのお知らせ(2月25日付け)
●箱根駅伝ガイド決定版2015 読売新聞社編
●サイト:http://daigaku-ekiden.com/  アクセス 11月7日
●「箱根駅伝 勝利の名言」生島 淳著 講談社+α 文庫 
●「逆転のメソッド 箱根駅伝もビジネスも一緒です」(祥伝社新書)原晋著

 


ページトップへ