ベトナム枯れ葉剤被害者支援の会 愛のベトナム支援隊に密着レポート2016 | feature
×
  • 留学一年生
  • シドニーグルメ情報
  • イベントガイド
  • 生活・ショップ情報
  • 娯楽記事
  • クーポン
  • 18+
  •  

    ベトナム枯れ葉剤被害者支援の会

    愛のベトナム支援隊に密着レポート2016

     

     

     

    2012年から参加しているベトナム枯れ葉剤被害者支援の会に今年も取材同行した。今回の参加者は日本からの学生参加者を含めて12名を数えた。支援活動の対象者は、いまだジャングルに潜む不発弾以上に深刻な負の遺産、アメリカ軍による枯れ葉剤撒布の被害者やその家族。被害者と言っても症状は奇形、盲目、発達障害、知能障害とさまざまだ。



    1961年、ソ連や中国の後押しにより社会主義を推し進める北ベトナムに対し、南ベトナムを支援していたアメリカ。アイゼンハワー政権下の1960年に685人であった南ベトナム駐留軍事顧問団は、ケネディ大統領初年度の1961年末には、正規軍を3164人に増やし、1963年11月には1万6263人にまで増加させ、ベトナム戦争に介入した。北爆を繰り返すアメリカ軍に対し、ジャングルでのゲリラ戦で巧みに戦う北ベトナムの兵士は多くの血を流しながらも、アメリカ軍の追い出し作戦に成功していく。これに対して、アメリカ軍は、1961年から71年までに、C- 123輸送機を中心に8000万リットルの枯れ葉剤を撒布。ジャングルの木々を枯らせ、そこに潜む見えない敵を白昼の下にさらす作戦をとった。しかし、ほどなくその行為は枯れ葉剤を武器として対人に使用する直接行為へと変化した。それが南ベトナムで以後14年間続くアメリカ軍による枯れ葉剤撒布作戦の始まりだった。撒かれた枯れ葉剤8000万リットルのなかには生成過程で偶然生じた猛毒のダイオキシンが366キログラム含まれていた。ダイオキシンは1ナノグラム(10億分の1)で染色体や細胞遺伝子を変異させるとされ、1グラムで10万人の成人が致死すると言われる人類史上最強の毒物である。製造した化学会社もその猛毒性を知りつつ納入を続けた。



    ベトナム戦争が終結してから40年近くが経過したいま、枯葉剤の後遺症は第4世代まで及んでいると、ハノイの枯れ葉剤被害者協会は、公式に認めている。被害者やその家族の多くは今なお生活が困窮し、基本的生存権が脅かされたままの被害者も多い。支援隊はただ支援金を彼らに送金するのではなく、限られた時間のなかで実際に現地に出向き、支援金や支援物資、ときには子牛などの家畜を手渡しする。直接触れ合い彼らの苦しみを分かち合うことに意味があり、それが本当の支援だと、弊紙コラムニストであり愛のベトナム支援隊の北村元氏は言う。



    被爆国である日本に生まれた私たちだからこそ共有できる感覚。そして愛のベトナム支援隊にいまできること。それは枯れ葉剤の後遺症に苦しむ生き証人や今なお困窮し生活に苦しむその子孫が求める真の解決を迎え、加害者に対して『赦し』を思うことのできる日が来るまで、彼らと向き合い支えること。そして日本が受けた原爆投下の認知度と比較すればベトナムの枯葉剤被害はあまりにも情報が乏しい現状を打開すべく、ひとりでも多くの方に事実を知ってもらうことにほかならない。

     

     

    • うまいラーメン
    • オリジナルグッズ作成します
    • スーツケース、ダンボールお預かりします。1日1ドル+GST~
    • お得なクーポン
    
    ページトップへ