元ワーキングホリデーメーカーの30才アジア一人旅 | feature

元ワーキングホリデーメーカーの30才アジア一人旅 | feature

 

 

 


 

「世界は近くて広い、でもたまに狭い」



30歳で決意した世界一人旅。常識的に考えるとなんともギリギリの年齢だが、ある出来事が大きな原動力となった。それは29歳のときに突然やってきた同級生の他界。「いつ死ぬか分からない。自分がやっていることは本当に一番やりたいことなのか?」と彼に問われているような気がした。当時、私が一番やりたかったこと、それは世界を旅することだった。もちろん不安はあった。周りの友達は既婚者も多かったし、子供がいる人もいた。少なからず周りの人々に苦労もかけていた。ただ周りに合わせていては、自分がやりたいことはできないという答えにたどり着くと、すぐに旅に出る準備を始めていた。

20代前半、当時の私には夢があった。しかし、挑戦するも挫折をし、逃亡するかのようにオーストラリアに留学した。思えば、逃亡した結果とは言え、ワーキングホリデーで得た経験は間違いなく、今の自分の素になっているように思う。語学学校で出会ったさまざまな国の友達の故郷の話や、世界をバックパックひとつで周った人の体験談を聞き、世界各地を旅している自分を想像するとワクワクしてしまい、「いつか世界を旅したい!」と思うようになったのは必然だったのかもしれない。

そしてまず、オーストラリア各地を電車や飛行機、それから格安で買ったポンコツ車で周った。エアーズロックの頂上から見わたす景色や、グレート・オーシャン・ロードの12使徒、ケアンズの森の中で満天の星空、数え上げたら切りがない、忘れることのできない世界を目の当たりにした。現在オーストラリアにいる方には、ぜひ色々周ってみてほしい。きっとあなたにとってかけがえのない思い出になるはずだ。「オーストラリアだけでこれだけ面白いのなら、きっと世界を旅したら…」と考えると鼓動が高鳴った。

オーストラリアでの経験は、日本でも、そしてこの旅でも活かすことができた。英語が少しでも話せるだけで、旅は格段に楽しくなる。観光地では英語が使えるし、旅で出会った異国の人たちとコミュニケーションを取ることもできる。そして意気投合すれば、その人の住んでいる国に遊びに行ったり、地元の人たちしか行かないようなローカルレストランや、観光地では知ることができないリアルな生活が体験できる。英語という武器が知らない世界を切り開いてくれる。

現在自分がやっていることや、失敗、経験が、意味を見い出せないときがあるかもしれない。しかし、後々その経験が活かされるときがきっとやってくる。もしかすると、すでにその経験を知らず知らずに活かしているのかもしれない。活かすも殺すも自分次第だから。

今回、約5ヵ月間の旅の中で、さまざまな出会いや体験から多くのことを学び、少なからず成長できたと感じる。シンガポールで仲良くなったベトナム人の子とベトナムで再会し、ネパールでは1週間かけて、現地のガイドと共にヒマラヤ山脈に登り、親交を深めた。インドでは寺に籠り2週間苦行するなど、それらすべての情報は出会った人から得たもので、出会いの大切さを実体験で感じることができた。

そして、日本という恵まれた国に生まれたことも、旅をする先々で痛感した。働けば当然お金が稼げる。物が食べられる。病院に行ける。世界には、その当然が通じない、明日の生活もままならない人たちがたくさんいた。インドでは未だにカースト制度が根強く、生まれた瞬間に人生が決まる人たちがいる。しかし、その人たちが皆不幸な顔をしている訳では決してない。過酷な生活の中にも笑顔があり、皆自分の状況を受け入れながら必死で生きている。人それぞれ大小悩みはあるが、私の悩みはことの他、大したことではないのだということに気づかされた。考え方や感じ方ひとつで、人は幸せにも不幸にもなりうるのだと改めて教わった。

私たちは、自分が思っている以上にできることが多いのだと思う。しかし自分にはできないと思い込んだり、やれない理由を探して、やらない。誰しも新しいことに挑戦するときや、自分に変化が及ぶときは不安になるからだ。私も同じだった。今回きっかけがなければ、何かしら言い訳を見つけて旅に出ることはなかったように思う。行くと決めた後も、出発前は期待もあったが、正直不安でいっぱいだった。でも、実際やってみると、不安に思うほどのことではなかったし、むしろ想像以上に得たものが多かった。無知が恐怖心を与え、自分の頭の中で壁を高くしてしまうものだが、何事もやってみないと分からない。百聞は一見に如かず、百見は一験に如かずだ。

現在、実際にオーストラリアで生活している方々は、既にそのことを知っているのだと思う。私たちは過去や未来のこと考えがちだが、過去はもう戻ってこないし、今の積み重ねが未来に繋がって行くので、ぜひ今を大切にして生きてほしい。もし今やりたいことがあるけど、一歩踏み出せないという方がいたら、どうか年齢や世間の枠に囚われず、いろんなことにチャレンジしてみてほしい。30歳でもこんなバカなことしている人間がいるということを思い出し、安心してほしい。私もまた旅を再会する。「世界は近くて広い、でもたまに狭い」。このエッセイが皆さんが行動を起こす原動力になれば幸いです。

 

 

 

1ヵ国目シンガポール

 

アジア金融の中心

 

シンガポールは5日間ほど滞在した。最初の国ということもあり、出発前は緊張もしていたが、シンガポールは日本よりも安全ではないか、と思うほど治安がよかった。アジア経済の中心ということもあり、各国の企業が立ち並ぶ超都会。中国系の人々が多いが、シンガポール人としての誇りを持っている印象を受けた。ここで日本とは違う体験はあまりできなかったが、ベトナム人の友達ができ、ベトナムで再会することができた。

 

 

 

2ヵ国目ベトナム

 

ニャチャン/夕食を釣り上げに行く

 

ベトナムで一番印象に残っているのは、英語の話せるベトナム人がとても多く、特に学生たちの学ぶ貪欲さに感服した。旅行者街の近くに外国人が集まる公園があり、そこで英語や日本語を学んでいるようだった。散歩をしている外国人に話しかけて実践で会話を学ぶ。お金をかけず、自らの行動力で語学を習得する姿勢は私も見習わなければならないと思った。旅行者を騙そうとする、偽ガイドなどもいるのでそれは注意(笑)。

 

 

 

3ヵ国目マレーシア

 

ペトロナス/ツインタワー


マレーシアはシンガポールの隣国ということもあって、シンガポールとあまり変わらない印象を受けた。しかし、たった数十キロ離れただけで、タバコの値段が半額になり、食事の味も変わることには驚かされた。日本とも繋がり強く、主要の駅では日本語をたくさん目にした。工業地域は夜遅くまで稼働しており、働き者の国の勢いを感じた。

 

 

 

 

4ヵ国目ネパール

 

左:ルンビニ/釈迦の生地     右:ポカラ/山に住む老婆

 

左:カトマンズ/風が抜ける道     右:ポカラ/山の働き者

 

左:ヒマラヤ山脈/雄大にそびえるヒマラヤ山脈    右:ルンビニ/若き仏教徒

 

ヒンドゥー教と仏教が共存する国。ネパールの首都カトマンズは、かなりホコリっぽいのでマスクが必須だ。街は賑やかだが停電が多く、治安はあまりよくない。しかし、日本とはまったく違う体験、風土が楽しめるとても神秘的な場所だった。第二の都市ポカラは、自然を満喫するにはもってこいの場所で、人もとても穏やかだった。1週間のトレッキングでは、人との繋がりの大切さや自然の有り難さなど、今までの人生で味わえない経験ができた。

 

 

 

 

5ヵ国目:インド

 

アグラ/Stand by me in India

 

デリー/世界三大祭ホーリー

 

左:バラナシ/人それぞれの生活の場所     右:バラナシ/ガンジス川で黄昏る老人

 

左:バラナシ/ガンジス川で沐浴する少女     右:ジャイサメール/急がす焦らず自分の歩調で

 

左:ジャイサメール/武器屋がありそうな街     右:ジャイサメール/道にたたずみ老人

 

左:コルカタ/コルカタの日常

この旅で一番長く滞在した国。観光に関して言えば、ビーチがあるリゾート地や砂漠地帯、大自然の山、多くの世界遺跡など、この国には大概のものが揃っている。衛生面は都市にもよるが、噂通りかなり悪い。治安も同じく危ないところが多く点在した。日本人を騙すインド人は山ほどいるが、私が思っていた以上に人は親切。人口が多いだけあり、いろんな人がいるようだ。毎日なにかしら事件が起こるので退屈しない。ここで出会う日本人は面白い人が多く、いろんな経験談が聞けるのが嬉しかった。彼らからは学ぶこと、感謝することを教わった。人と刺激に溢れ、自分の人生を見直すには最適な場所だと感じた。



 

内藤雄介


1983年7月28日 愛知県生まれ。
岐阜市内の大学を卒業後、オーストラリアへ留学。ワーキングホリデーを取得し、Japanese Entertainment Paper Cheersの営業として働く。帰国後、家業を手伝いながら営業・販売を学ぶ。30歳で世界一周の旅へ出発。現在進行形。

 


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