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Cheers インタビュー


レーシングドライバー

01/04/2016


 

 来豪特別インタビュー 

 

レーシングドライバー

 

MAX織戸

 

 

シドニーから西部に位置するイースタンクリークのSydney Motorsport Parkにて、ヨコハマタイヤ(横浜ゴム)から新たに発表されるタイヤの開発テストが1月末に行われ、ヨコハマタイヤ専属開発ドライバーでレーシングドライバーの織戸学さんが日本から招集された。織戸さんと言えば2015年10月にドリフトの世界からの引退を発表し、お台場で華々しい引退セレモニーを行ったことが記憶に新しい。今回弊紙では、織戸さんのドリフトとの出会いから引退後の展望までをうかがった。

 

 

 

今回オーストラリアにいらっしゃった経緯をお聞かせください。

 

ヨコハマタイヤの新しいタイヤの開発テストで来ました。テストで来るのは今回4回目で、それ以外も合わせると7回目。一昨年はワールドタイムアタックチャレンジという一年に一度の大きなイベントに参加しました。

 

オーストラリアの印象はどうですか?

 

すごくいいですね。好きですよ。

 

 

開発テストは順調に進んでいますか?

 

後半に丁度よく雨も降ってくれて、ウェットテストも無事にできたので順調です。

 

織戸さんと言えば、ドリフトのイメージが先行するのですが、昨年にプロドリフト選手権D1グランプリを引退されています。理由をお聞かせください。

 

そこに情熱をかける時間をほかのことに向けたくなったというのが一番だ。引退セレモニーもやりたかったので。小さい頃に見た引退セレモニーが印象的ですごくかっこよくて。福島晋一さんとか土屋圭市さんとか、まあそれはレーサーだけど。ドリフトで引退セレモニーをやったやつは世界で俺しかいないから。誰もやってないことが好きで。

 

そもそもドリフトって、元々日本が発祥ですよね? 日本の文化のひとつに大きく貢献されてきた織戸さんにとって、世界中でドリフトが注目されてる現状をどのように感じてますか?

 

すごくいいことだと思います。世界中でドリフトが認知されるようになってきて、これからドリフトが、フランスに本部を置く非営利の国際自動車連盟FIAの管理下に入る予定。世界のレースはたいがいFIAが仕切っているんだけど。そうなるとドリフトをする車両のレギュレーションなどの世界基準ができて、世界選手権ができる可能性が生まれる。ワールドツアーなどができれば理想的だね。現在はただ、各地で「俺が一番」「俺の方が早い」と言い合っているだけだから。そろそろ統一する時期が来たんだと思います。

 

現状はやっぱり日本人レーサーのレベルが高いのでしょうか?

 

もちろん日本の技術レベルは高いけど、僕もいろんなとこ行って見てるけど全然それはないかな。その昔は日本人レーサーのレベルが高いから色々な国に行ってそのスキルを披露していたんだけど、いろんな国の人たちに技術を盗むだけ盗まれてしまって。特に土地の広い国の選手はいくらでも練習できるから。今では日本人はもう遅れちゃってるよ。

 

そもそも織戸さんがドリフトに興味を持ったのはいつ頃でしょうか?

 

ドリフトに興味を持ったのは20歳くらいのとき。小さい頃からレーサーになりたくて。土屋圭市さんがメジャーになってきてドリフトキングって異名を持つほど有名な走り屋で彼に憧れて。走り屋だった土屋さんがその後、富士フレッシュマンレース(現・富士チャンピオンレース)にも出場して、開幕からレースを6連勝してメチャメチャかっこよくてね。

 

ドリフトの得意な走り屋がプロのレースでも勝ち始めたわけですね?

 

土屋さんはレーサーになりたくてドリフトを練習したから。正確にいうと車のスライドコントロールを毎日峠で練習して。レースに出るチャンスを得て、見事、富士フレッシュマンレースで優勝したわけ。それで一気に有名になって、雑誌とかメディアとかで取り上げられるようになって。専門学校の大きいスクリーンで土屋さんのドリフトを皆で見て大興奮したのを覚えてるよ。その頃からドリフトという言葉も日本の中で認知され始めたね。第一次モーターサイクルブーム真っ只中で、それまでGP250で走るようなレプリカバイクで湾岸走るのが流行っていたんだけど。信号で止まれば隣のやつが対戦相手みたいな。でも土屋さんのドリフトを見てから、みんな車の免許を取り始めたよ。

 

ちなみに織戸さんが一番最初に買った車種は?

 

フェアレディZ31。でもその頃はまだバイクに夢中で、二輪のレーサーになりたかったんだけど、とにかく女の子に モテたかったからスポーツカーを買った。信じられないかもしれないけど、昔はスポーツカーに乗ってるだけで女の子にモテたからね。しかも86とかじゃなくてデカいZとかレパードがよかったんだよ。でも土屋さんの走りを見て憧れて、Zから86に買い替えた。自分で車を組んで、8リットルのエンジン載せてね。

 

そこから舗装路面で行われるスラローム競技『ジムカーナ』に入るわけですね?

 

たまたま友達がジムカーナをやってたから、まずは走りの基本から勉強しようとジムカーナを練習した。ライセンスを取って競技会にも出たりしてね。その後、ジムカーナショップに就職してからは、毎日車の整備をやりながら毎晩練習して。1年後くらいには千葉県のジムカーナの大会でナンバーワンになってたよ。その頃に丁度ドリフトの全国大会が始まったわけ。

 

雑誌カウボーイの?

 

そうそう。カーボーイドリコンGPに86で1年かけて出場したんだけど、初代ドリフトグランドチャンピオンになれて。そのときの審査員が坂東正明っていう人で。坂東さんが町田で、坂東商会というレーシングパーツの問屋さんをやっていたんだけど、今後のレーサーとしての道を相談したくて連絡をして。ドリフトは1年で辞めるって決めていたから。坂東さんは「オレが面倒みてやるから町田に出てきてオレの下で働け」って言ってくれた。僕は以前メカニックをやってたから、メカニックをやりたいって言ったら、お前は営業をやりなさいって言われて。今思うとそこの会社って、日本全国にお客さんがいたのね。自分をアピールしなさいということだったのかもしれない。車なんか別にいつでもいじれんだから今は自分を売り込むことを勉強しろみたいな。レーサーも過渡期で色々と厳しいこともあったけど、21歳の1991年からレーサーデビューして、結局30歳で独立するまで、坂東商会でレースに出させてもらいながら、たくさん勉強させてもらいました。

 

レーサーに転向されてからもD1で審査員をされたりとドリフト業界に貢献されていますが、戻りたい気持ちはなかったのでしょうか。

 

ドリフトはレーサーへの通過点と考えていて、ずっとドリフト禁止みたいな感じでレーサー修行時代やってたんだけど、1997年頃にまたドリフトの大会が開催されて。でも俺はレースの方で一生懸命修行してたから、まったくドリフトには興味なかった。だけど大会主催者側から「織戸さんも出てください」と連絡が来て結局行くことになって。その日、日本中から50人くらい集まった人の走りを見てて、「あ、これ余裕だな」って。7年間ドリフトやってなかったけど、きっちりそこでチャンピオン取った。その中でひとりだけ光ってたのは、谷口信輝。やっぱ、今スターになってるだけあったね。それから2005年のD1の表彰式で「今年から選手としてD1の舞台に参加する」と発言してから、2015年の引退までD1で走ったよ。

 

レーシングと二足の草鞋を履いていたわけですね?

 

入社当初からいつかGTの舞台に行きたいと夢見ていたんだけど、坂東さんに「とにかくお前は出るレース全部取んないと先はない」と言われてて、1997年はGT300フル参戦のチャンスをもらい、福山英朗さんと組んでチャンピオンになれて。2001年からはGT500にも乗れるようになって。GT500ってね、本来フォーミュラを経験したことのない男は乗れないというのが通説で、「たかだか走り屋のお前なんか無理だ」って言われてたんだけど、結局2003年、2005年の2回優勝して証明することができて。ドリフトは卒業したけど、レースには今後も走れる以上はまだまだ現役として参加したいね。レーシングってのは数字だからさ。もうコンマ一秒の世界まで競うことができるから。

 

小さい頃からレーサーになりたいと夢を持って、実際に無理だと言われていたGT500で優勝されたわけですね。

 

俺んとこにレーサーになりたいって言ってくる子が多いんだけど、じゃあどうやったらなれると考えてたら、みんな具体的なイメージを持っていないんだよ。僕の場合は、小学校2年の頃にはもうレーサーになりたくて、小学校高学年になると、テレビコマーシャルで大好きなレーサーがタバコを吸ってるわけ。かっこいいなーって思って、レーサーになるには、絶対タバコを吸わなきゃいけないんだって思ってたの。すぐにタバコを買ってばれないように木の上登って。タバコを吸ってみたらクラッときて木から落っこちたりとか。レーサー星野一義さんの伝記読んだら中学校のとき家出をしたって書いてあったから、俺も中学校のときに3回家出してんの。

 

星野さんよりも家出の回数が多いですね。

  

片道100キロかけて筑波サーキットまで行って「俺のこのガレージで住み込みで修行させてください」て言うつもりだったの。だけど着いた時点で疲れてて萎えちゃって。何も会話もなくシールだけ買ってとりあえず今日のところは帰るか、みたいな。夜中に家について俺が思ったのは、これ絶対レーサーになったら本に書こうって。具体的に将来をイメージしてたんだよ。それがあったからこそ俺はできたんだと思う。

 

 確かに。では次の目標をお聞かせください。

  

「家と家族と車」をテーマにした家を設計したくて。昔は馬や牛などは、便利だったり資産を作ってくれるから人間よりいい小屋に住んでたわけよ。一方で車なんてね、特に日本では野ざらしが多いでしょ。だからもうちょっと車を家や家族と同じように大切にするための、レーサーが考えるガレージみたいなものを今計画してるよ。

あともうひとつ。現状のドリフト競技ってそもそもの車の差があったり、タイヤの差があったり、チーム間の差があったりするんだけど、そうじゃないフェアな世界を作りたいなって思ってて。じゃあどうしたらいいかって言ったら、もう車をワンメイクにするしかないわけ。そういう車を作ろうと。

  

車自体を作る?

 

 でも市販車は大きくて値段が高いから、もっとシンプルでリーズナブルに楽しめる小型の方がいいだろうって。ジェットスキーみたいなサイズでハイエースに乗るような車を作りたい。だから今レーシングメーカーと話してて。サーキットでやる必要もないんじゃないかって。例えば大型ショッピングモールの駐車場を閉鎖して週末イベントとしてやるとか。日本は狭いからそういった場所の提供者が大事で。ドリフトやってみたいけどシルビア買ったりとかめんどくさいと思っている人って結構多いんだよね。だから、単純に手軽にドリフトを楽しめる車があったら絶対需要があると思うんだよね。そうすることでドリフトの選手やレーサーの数の底上げにもなる。ゆくゆくはヤングレーサーの登竜門的なカテゴリーになれば最高だよね。いままで以上に子供に見てもらえたりして夢を与えられれば嬉しいよ。

 

 オーストラリアで頑張っている若者にコメントをお願いします。

 

 ひとつ言えることは、この国では英語は武器にならない。この国にいるのなら英語を話せて当然、からスタートしなくちゃいけない。日本で成功できずにオーストラリアに来て、言葉も話せないまま成功できるわけがない。ここで心機一転、成功したいならまず言葉を現地人と同等に話せるようにならないとね。そのくらいの気持ちで学ばないと日本に帰っても英語が武器にはならないよ。僕もアメリカのナスカーっていうレースに行きたいと言ってたけど、実際に行ってもコミュニケーションが取れなくて。そこで英語が喋れていたら、きっとまったく違う人生歩んだかもしれない。喋れないと目の前のチャンスにも気づかないからね。まず英語を学ぶ、でも英語の習得がゴールじゃないんだよ。

 

 

 

プロフィール

織戸 学 オリド マナブ
ニックネーム:MAX織戸
生年月日: 1968年12月3日
出身地: 千葉県
愛車: TOYOTA SUPRA
LEXUS LS
Chevrolet Astro
Harley Davidsonなど


 レース戦歴 

1990年 カーボーイ ドリコンGP初代グランドチャンピオン獲得
1992年 富士フレッシュマンレース NA-1600クラスシリーズ優勝
1993年 鈴鹿フレッシュマンレース N2-1600クラス 第3戦より、3回優勝、シリーズ3位
1996年 全日本GT選手権・GT500クラス(Rd.4)参戦 (スカイライン)、
全日本GT選手権・GT300クラス(Rd.5,6)参戦(MR2)、N1耐久選手権 クラス2
1997年 全日本GT選手権・GT300クラス(シルビア) シリーズチャンピオン・2勝
1998年 全日本GT選手権・GT300クラス(Rd.4~7)(セリカ) ランキング2位
1999年 全日本GT選手権・GT300クラス(セリカ) シリーズ3位・1勝
NASCARウィンストンカップウェストシリーズにスポット参戦
2000年 全日本GT選手権・GT500クラス(スープラ) シリーズ18位
スーパー耐久 グループNプラス(アルテッツア)
マカオ・ギアレース(アルテッツア) 10位
2001年 全日本GT選手権・GT500クラス(スープラ) シリーズ19位
マカオ・ギアレース(アルテッツア) 2位
2002年 全日本GT選手権・GT500クラス(スープラ GT) シリーズ14位
2003年 全日本GT選手権・GT500クラス(スープラ GT) シリーズ6位・1勝
スーパー耐久 クラス1(ポルシェGT3)
2004年 全日本GT選手権・GT500クラス(スープラ) シリーズ12位
ル・マン24時間レース GTクラス(ポルシェ911GT3 RSR) 総合12位・クラス2位
2005年  SUPER GT・GT500クラス(スープラ) シリーズ13位・1勝
D1グランプリ参戦(スープラ) シリーズ12位
スーパー耐久(ポルシェ911GT3) シリーズチャンピオン
2006年 SUPER GT・GT500クラス(スープラ) シリーズ19位
2007年 SUPER GT・GT500クラス(SC430) シリーズ17位
2008年 SUPER GT・GT300クラス(セリカ) シリーズ12位・1勝
D1グランプリ(IS350)
2009年 SUPER GT・GT300クラス(RACING PROJECT BANDOH/ウェッズスポーツIS350) シリーズチャンピオン・1勝
D1グランプリ(BANDOH with NATS/アリスト) シリーズ15位
2010年 SUPER GT・GT300クラス(RACING PROJECT BANDOH/ウェッズスポーツIS350) シリーズ8位
D1グランプリ(RIRE, M7 YOKOHAMA NATS With MAX/ADVAN MAXスープラ) シリーズ8位
2011年 SUPER GT・GT300クラス(JLOC/リール ランボルギーニガヤルドRG-3 ) シリーズ11位
D1グランプリ(MAX ORIDO D1 Project/ADVAN MAXスープラ) シリーズ13位
2012年 SUPER GT・GT300クラス(JLOC/リール ランボルギーニガヤルドRG-3 ) シリーズ8位
D1グランプリ(DRIVE M7 ADVAN MAX ORIDO RACING/TOYOTA 86(ZN6)) シリーズ16位
2013年 SUPER GT・GT300クラス(JLOC/リール ランボルギーニガヤルドRG-3 ) シリーズ14位)
D1グランプリ(DRIVE M7 ADVAN MAX ORIDO RACING/TOYOTA 86(ZN6)) シリーズ24位
2014年 SUPER GT・GT300クラス(JLOC/リール ランボルギーニガヤルドRG-3 ) シリーズ16位
D1グランプリ(DRIVE M7 ADVAN MAX ORIDO RACING/TOYOTA 86(ZN6))
2015年 SUPER GT・GT300クラス(JLOC/リール ランボルギーニガヤルド GT-3 ) シリーズ15位
D1グランプリ(DRIVE M7 ADVAN MAX ORIDO RACING/TOYOTA 86(ZN6))

 

 


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