WSWに日本人チャレンジャーが移籍 楠神順平 #14 | Cheers インタビュー

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5歳のときにJリーグが開幕すると三浦知良選手に憧れてボールを蹴り始めたという楠神順平選手。生まれ育った滋賀県の野洲高等学校時代には、第84回全国高等学校サッカー選手権大会において滋賀県勢初の全国優勝に貢献した。高校サッカーを変えたと語り継がれる野洲高等学校の「セクシーフットボール」のメンバーで、華麗なドリブルを魅せた楠神の姿を鮮明に覚えている人も少なくないはずだ。同志社大学に進学すると、特別指定選手として川崎フロンターレに在籍。のちに2010年シーズンにプロ選手として正式に入団する。2013年にはセレッソ大阪へ、2016年にはサガン鳥栖への移籍を経て、2016年7月、オーストラリアAリーグのウェスタン・シドニー・ワンダラーズFC(以下WSW)との2年契約を決めた。生粋のドリブラーが新境地で道を切り開く。

 

 

海外のクラブチームとの契約は初と伺いました。オーストラリアに来て2週間が経過しましたがシドニーの生活はいかがでしょうか。

 

来豪してすぐ1週間ゴールドコーストでキャンプに参加しました。シドニーではまだホテル暮らしなので、練習以外ではあまり外に出ていないんです。

 

チーム内でのコミュニケーションはいかがでしょうか。

 

ぜんぜん英語ができなかったのですが、ヒアリングはどうにか聞き取れるようになってきました。WSWのみんなが優しいので、ジェスチャーや簡単な英語で対応してくれています。WSWには以前に日本人選手がいたこともあってとてもウェルカムな雰囲気ですね。

 

日本にいた頃、WSWのサッカーをどのように評価していましたか?

 

ACLでWSWの試合をちらっと見たくらいでAリーグはほとんど見たことがなかったんですが、オーストラリアは全体に大味なサッカーというか、ひとり一人がダイナミックに動くイメージを持っていました。そのなかでもWSWはしっかり繋ぐところは繋ぐし、サイドからいい崩しをしていたので、オーストラリアの中でもいいチームだという印象を持っていました。

 

実際にWSWでのトレーニングを体感してみて評価は変わりましたか?

 

イメージしていた以上に繋ぐ意識やボール回しを大事にしていることが伝わりました。先日キャンベルタウンで行われたFFA CUPに僕は出場できませんでしたが、序盤でウェリントンに2点を奪われてなかなか厳しい展開を迎えましたが、皆最後まで気持ちを切らさずに、後半いいサッカーをして逆転しました。

 

楠神選手から見てWSWで存在感のある選手はいますか?

 

以前セレッソ大阪で一緒に半年やっていたミッチ・二コルズ選手は昔から知っていて、トップ下で去年からいい活躍をしているのは聞いていました。センターバックのニコライ・トーポースタンリー選手もキャプテンとしてチームを引っ張ってるというイメージがありますね。

 

 

ポジションはどこで起用される予定ですか?

 

出るとすれば恐らくミッドフィールダーで右もしくは左ですね。

 

小野伸二選手や高萩洋次郎選手、田中裕介選手に続いての日本人の契約となりますが、移籍をするにあたり、彼らからアドバイスなどはもらいましたか?

 

伸二さんは代理人が同じなので、代理人と電話で話しているさいに、一度変わってもらって、「すごくいい経験になると思う」と話をしてくれました。裕介は川崎フロンターレでもセレッソ大阪でも同じチームだったので、特に彼から色々とWSWのことを聞きました。

 

田中選手が移籍の決意を後押ししてくれた感じでしょうか。

 

そうですね。サッカー人生の中で、もともと海外でやりたかったというのがもちろんありましたし、鳥栖で試合に出れずに、この状況を変えたいと思っていたタイミングでちょうどオファーをもらったので決意しました。

 

WSW移籍にあたり具体的な目標は持っていますか?

 

まずはACLもありますし、Aリーグのタイトルも取りたいですね。もちろん自分が活躍することが前提ではありますが。

 

WSWで迎える1試合目に向けて意気込みをお聞かせください。

 

チームが勝つことがまず一番大事ですが、自分が出たときにどれだけインパクトを残せるかを意識しています。一番インパクトがあることが結果を出すこと、つまり点を取ることだと思うので、そこをまず考えています。

 

楠神選手がサッカーを始めたきっかけは?

 

幼稚園くらいのときにJリーグがスタートして、そのときに三浦知良選手を見てかっこいいなと思ってサッカーを始めたのがきっかけです。

 

プロサッカー選手を意識されたのはいつ頃からでしょうか?

 

漠然とずっとプロのサッカー選手なりたいとは思っていましたけど、しっかり意識したのは高校3年生くらいですかね。マリノスの練習に一番初めに呼んでもらえたときくらいから現実的に考えるようになりました。

 

その頃、野洲高校で第84回全国高等学校サッカー選手権大会において全国制覇を果たしていますが、山本佳司監督の指導はどのようなものでしたか?

 

選手の個性を伸ばす方針で、僕たちは割と自由にやらせてもらえて、自分たちの意見を尊重してくれていた印象を持っています。もちろん厳しいときもありましたけど、自分たちで考えて攻撃できていたので面白かったですね。

 

その後、同志社大学に進学中の2009年に特別指定選手として川崎フロンターレに在籍しています。8月23日のモンテディオ山形戦でJリーグデビューを果たしていますが、本田圭佑選手や武藤嘉紀選手も指定された特別指定選手とはどのようなものなのでしょうか。

 

大学のチームにいながらJリーグの試合にも参加できるというものです。最近ではいろんな大学の選手が起用しているみたいですね。

 

WSWの日本人ファンへ一言お願いします。

 

まだ日本人とほとんど会っていないのですが、日本人がオーストラリアでひとつのチームを応援するということはなかなか貴重なことですし、WSWは熱くなれるチームだと思います。自分もその一員になりたいし、日本人の方がたくさん来てくれたらとても嬉しいです。

 

これからサッカー選手を目指す子供たちへ。

 

自分は小学校のとき小さな地域で多少目立つ程度の存在でした。プロになったいま自分自身を振り返って考えてみると、この先いろんな嫌なこととか理不尽なこととか、たくさん出てくると思うんですけど、それに負けないで、どれだけ自分を信じて、一喜一憂せずに、ずっとやり続けることが大事だと思います。自分はダメなんじゃないかとか、このままじゃ無理だろうとか。色々思って諦めてしまう人が多いですけど、それを曲げずにボールを蹴り続ければ、その先に何か見えてくるんじゃないでしょうか。

 

 

 

 プロフィール 

楠神順平
背番号:#14
ポジション:ミッドフィールダー


5歳のときにJリーグが開幕するとカズに憧れてボールを蹴り始める。滋賀県立野洲高等学校在学中、第84回全国高等学校サッカー選手権大会で滋賀県勢初の全国優勝を果たす。同志社大学に進学後、川崎フロンターレのスカウトの誘いにより、在学中の2009年に特別指定選手として川崎フロンターレに在籍、モンテディオ山形戦でJリーグデビューを飾る。2010年シーズンにプロ選手として正式に入団。5月5日のガンバ大阪戦では初ゴールを含むハットトリックを達成した。2013年1月8日にはセレッソ大阪への移籍。2014年4月12日のガンバ大阪戦でJ1リーグ通算100試合出場を達成。2014年9月15日、天皇杯磐田戦、J1リーグ柏戦とセレッソ在籍史上初めて2連続で先発し勝利に貢献。2016年、サガン鳥栖に移籍。2016年7月、オーストラリアAリーグのWSWへ移籍。

2000年 - 2002年 セゾンFC
2003年 - 2005年 滋賀県立野洲高等学校
2006年 - 2009年 同志社大学
2009年 川崎フロンターレ(特別指定選手)
2010年 - 2012年 川崎フロンターレ
2013年 - 2015年 セレッソ大阪
2016年 - 2016年 サガン鳥栖
2016年7月-現在 ウェスタン・シドニー・ワンダラーズFC

 

 


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