落語は究極の芸 月亭方正 | Cheers インタビュー
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    真夏を感じさせる炎天のもと、シドニー・ダーリングハーバーに、笑いを求めて日本人による長蛇の列が連なった。『ガキの使いやあらへんで』(日本テレビ)、『マルコポロリ』(関西テレビ)などの人気番組で活躍しながらも、40歳を転機に落語の世界へと転身した月亭方正さんの落語をシドニーで聴くことができるからだ。300席が即完したうえに公演では期待値以上の満足度で盛り上がりを見せたその理由は、テレビで受ける印象とは異なった月亭方正さんの芸を見ることができたからにほかならない。公演を終えた月亭方正さんに早速インタビューを行った。

     

     

    今日は300席が満席だったようですね。

     

    ありがたいことです。喜んでもらえたらと思いながら一生懸命にやりました。

     

    昨年度末も大晦日特番『絶対に笑ってはいけない科学博士24時!』(日本テレビ)にてタイキックやケツバット、スリッパ、蝶野さんのビンタなどを受けながら、月に4~5本の落語の公演会をこなし、多忙な年末年始を過ごされたかと思います。そんな中で行われたオーストラリア公演でしたが、感触はいかがでしたか?

     

    ケアンズ公演は今回で3回目を数えるんですが、ケアンズの初公演とシドニーの初公演を比較するとシドニーのお客さんはなにしろ明るい印象を受けました。お客さんが楽しもうと思ってくれているのがすぐに伝わりました。初めのあいさつで、「あ、大丈夫や」て思わせてくれました。シドニーは全体的に年齢層が若かったですから、笑いの反応が早い。落語は初めての方が8割9割くらいだったと思うんですけど、「落語ってこういうもんなんや、あ、全然難しくないんや」と思ってくれたなというのは感じました。

     

    オーストラリアへはよくいらっしゃるのでしょうか。どのような印象をお持ちですか?

     

    今回を含めて6回来ています。ケアンズ公演3回のほかに一番初めは25年前にロケで来ました。とてもいい場所だなと思ってその後ケアンズに嫁と一緒に来ましたね。海外と言えば結局オーストラリアしか来ないんですよ。ケアンズはゆっくりできて好きですね。今回シドニーに来てこんなに都会なんだと思いました。物価の高さにびっくりしましたね。ペプシ買ったら3ドル80セントやったかな。聞いたら別にぼられているわけでもない。あとサマータイム。地球上のルールを無視した時間を作ってる。あ、そういうことかって思って。シドニーって突出してて独自の考え方がある。そういう文化を今回来て肌で感じましたね。

     

    40歳を期に、月亭八方さんのもとで、上方落語の世界へ飛び込んだそうですが、そのきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

     

    やっぱりえらいもんでね。中国の孔子さんが精神的成長を言っているじゃないですか。30歳は而立、40歳は不惑、50歳は知命、60歳は耳順。40歳のときに不惑が来たんですよ。人生惑わず行くにはどうすんねんて、初めて人生を立ち返る瞬間がきて、そのときに僕、なにもなかったんですよね。

     

    すごく活躍されている印象でしたが、その頃でも不安があったんですね?

     

    例えば営業に行くでしょ。学園祭とかで20分30分山崎邦正として与えてくれるんですよ。僕が出ていくとギャーと喜んでくれるんですが、さあいざ舞台に立つとやることがないんですよ。僕、テレビの仕事で行き当たりばったりのことばっかりやってたんですよ。瞬間瞬間の芸で、ひらめきで笑わせてきただけだったんですよ。ノンスタイルのようにコンビネタをやってみんなを笑わすとか、そういうのがなかったんです。20分間与えられても本気でやれることがなくて落ち込んだんですよ。この芸人人生20年て一体なんだったんやろう?と思ったんですね。これはあかん、これはなんとかせなって。

     

    そこで東野幸治の勧めで桂枝雀の「高津の富」を聞いて古典芸能の面白さに目覚めたわけですね。月亭方正さんを魅了した落語の魅力とは、どんな部分なのでしょうか。

     

    落語の魅力はいっぱいありますけど。面白いなと思うのは、例えばあそこから「色白の綺麗な人が来る」とか情報が最小限なんですよ。例えば「色白の、目元が涼しい、鼻筋の通った、眉のきりっとした」とかあんまり多くの情報を言わないんですよ。これなんでやと思います?

     

    想像させるためですか?

     

    そうなんです。あんまり細かいことを言ったら、噺家のイメージにより近い像が聞き手にもできてまうけど、「ものすごい綺麗な人が来た」と最小限だけで伝えたら、聞き手の人生そうなんです。あんまり細かいことを言ったら、噺家のイメージにより近い像が聞き手にもできてまうけど、「ものすごい綺麗な人が来た」と最小限だけで伝えたら、聞き手の人生経験の中でそれぞれ綺麗な人を思い浮かべるわけなんです。でも悲しいところ、泣くところは皆一緒。笑うところも一緒。これね、究極の芸だと思うんです。聞き手側が楽しいように面白いように、綺麗なように自分で自由に想像して一番面白く描けるでしょ。だから一度落語を聞くと皆やめられなくなるんですよ。そりゃそうですよね。自分の中で一番面白く描いたものを自ら楽しんでいるわけだから。

     

    なるほど、話に乗って自分で想像したイメージを自ら笑う。確かに究極ですね。色々な役を同時進行で演じられてた話芸の技術にも引き込まれました。

     

    最小限で与えるもので、例えば僕が子役をやるときは目線を上にしたり、親方が子供と話すときはちょっと下をみたり、そのくらいはやるようにしています。声色を変えてしまうのが、まだ僕のあかん部分なんですけどね。本来声色を変えんと、間だけでいま旦那や、いま子供やとせんとあかんのですけどね。

     

    現在、落語の世界で活躍されていますが、高座でひとつの噺をかけるまで、どのような方法で練習をされているのでしょうか。

     

    先人からいただいた噺を練習していくうえで、自分なりの〝くすぶり〟というのを入れるんですね。例えば今日かけた『シジミ売り』やったら、「あれ、実はわしのことや、お前なんとなく雰囲気でわからんかったか?」と言う部分はもともとあった噺に僕がつけたものです。200年以上前から色々な先人がつけて取ってつけて取って積み重なって来た噺ですから。聞き手が想像しやすいように、言葉羅列がしゃべりやすいようにどんどん改善されて世に出るわけなんですね。落語に出会ってからは、毎日欠かさず練習してます。旅行に来てても何をしていても落語のことは忘れたことはないですね。1500席くらいは常に携帯に入っていますし。寝る前に口ずさんだりしていますよ。

     

    落語を始められる以前、特に関東のテレビでは『ガキの使いやあらへんで』で活躍されていた印象が強いのですが、テレビでの団体での笑いと、落語の個人でとる笑いとではどのように違いますか? 

     

    それがねえ、チャンネルを変えんかったらできないんですよ。落語のチャンネルでバラエティには出れないんです。誰も俺をそういう風に求めてないから。俺がテレビで求められているのは子供なんですよ。MCが大人で、「座れ座れ、なにアホなこと言ってんねん」て言われるのが求められるんです。逆に落語では子供はあかんのです。大人なんですよ。チャンネルが違うんですね。わかりやすく言ったらロングバケーションから仕事に戻ったときにバカンス気分からチャンネルを切り替えんかったら仕事が回らないでしょ。あの感覚です。もう慣れましたけどね。今回の『絶対に笑ってはいけない科学博士24時!』は、しっかり山崎方正のチャンネルでやってきました。

     

    『ガキの使いやあらへんで』は第2回からレギュラーとして活躍されています。方正さんの結婚式なども放送されていたのが印象的でしたが、落語の道へ進むことに関して、ダウンタウンの松本さんや浜田さんは何かおっしゃっていましたか?

     

    『ガキの使いやあらへんで』が僕のテレビ史だと自分でも思っているんです。もちろんダウンタウンの番組やけど。松本さんには「ヤマザキ」、浜田さんには「山ちゃん」とそれぞれ呼ばれてるでしょ。月亭に変えるって言ったときに、「ちょっとやめてくれるかな」って言われるかなと思ったんですよ。『ガキの使いやあらへんで』の空気がそうかなと思っていたんですよ。でも落語をやっていく以上、これはどこかで変えないといけないと思っていて、松本さんに相談したら、「それは自分の人生だからええやん」とすぐ言ってくれたんです。浜田さんは「もったいないんちゃう?」と言われたあとで「自分がそう思ってするんやったらええんちゃう? 面白いやん」って言ってくれたんです。俺が考えてたような、そんなちっちゃな人間ではないんですよね。ダウンタウンのおふたりは。

     

    40歳で新しい道へ転身された月亭方正さんですが、当時は不安などはなかったのでしょうか。8年経過したいま、そのチャレンジをふりかえってどのように思いますか?

     

    転身した直後は周りにも「もったいないな」とか「大丈夫?」とか言われたんですけど。僕の中では、20分をようもたせんかった人間が、落語と出会えて1時間も2時間ももたすことができるようになれたことの方が本当に嬉しくて。すごく人生観も変わりましたし、当時、落語と出会えたことは本当にありがたいことだったなと思いますね。

     

    ワーキングホリデーもこれから上限が35歳までとなる予定で、30代でのキャリアチェンジを目指す方も今後シドニーにどんどん増えると思います。40歳で転身された方正さんから、これから頑張る読者にアドバイスをお願いします。

     

    まず一番大事なことは年齢ではないんです。自分に嘘つかんとこれが本当にやりたいというものを判断すること。これが間違いないものだと思えたら、あとはそれを一生懸命やるだけのことです。一生懸命やることで神様がゴールをもらえるかどうかに関わってますから。

     

    月亭方正さんにとって落語とは?

     

    もう落語は僕の人生ですね。僕を支えてくれるものが家族で、挑戦とかいまからのもんが落語、それだけです。神社やお寺でお祈りをするときに、20~30代はコロコロお祈りする内容が変わっていたけど、落語と出会ってからは家族の健康と立派な噺家になれますようにって毎年迷いなく願っていますよ。

     

    最後に

     

    2年周期でオーストラリアに来ていますので、また2年後に皆様にお会いできることを楽しみにしています。

     

     

     

    プロフィール
    芸名:月亭方正(つきていほうせい)

    日本の落語家、お笑いタレントで、NSC6期生。兵庫県西宮市出身。
    所属:よしもとクリエイティブ・エージェンシー
    生年月日:1968年 (昭和43)年 2月15日
    血液型:O型
    趣味:ピアノ、ジェットスキー、映画、読書
    特技:すぐ寝ること、英語
    ひとこと:今までの芸歴を活かし、楽しい高座をしていきます。


    立正大学心理学部卒業後、1988年に軌保博光と「GSX(ガスペケ)」を結成し、デビューを果たす。翌年の東京進出を機にコンビ名を「TEAM-0」に改名。1990年には初のレギュラー出演番組となる『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に出演する。1991年、第12回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。1993年からは「TEAM-0」を解散してピン芸人として活動開始。2001年に11歳年下の一般女性と結婚。現在息子が1人と娘が2人いる。2008年、芸能活動20周年で40歳を境に、今後の芸能活動や路線について悩んでいたところ、東野幸治の勧めで桂枝雀の「高津の富」を聞き、古典芸能はの面白さに目覚める。「聞くだけでなくやってみたい」と考えるようになり、本格的に落語の勉強を始め、月亭一門に入門。同年5月11日には月亭八方から「月亭方正」を名乗ることを許可され、5月11日の八方の勉強会で「阿弥陀池」落語を演じる。同年12月8日京橋花月で落語家として高座に上がる。2009年12月に上方落語協会へ加入。2013年1月に芸名を本名・山崎邦正から、高座名「月亭方正」に改名する。

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