記憶障害から奇跡の復活 ディジュリドゥ奏者GOMA | Cheers インタビュー

記憶障害から奇跡の復活 ディジュリドゥ奏者GOMA | Cheers インタビュー

Cheers インタビュー

 

GOMAコンサート&トークショー開催直前インタビュー!

 

記憶障害から奇跡の復活

 

ディジュリドゥ奏者GOMA

 

アーネムランドのアボリジニ・カルチャーでディジュリドゥを追求し、帰国後の2009年11月26日に、首都高で受けた追突事故によって高次脳機能障害を抱えながら音楽活動を行うGOMAさんが再び来豪。ジャパン・ファウンデーション・シドニー(国際交流基金)主催の日豪共振カルチャーカルチャーイベント『ECHOES』の一環で、2月23日にトークショーを、2月25日にはソロコンサートを行う。来豪目前に迫ったGOMAさんにインタビュー!

 

 

首都高で受けた追突事故によって高次脳機能障害と診断され、記憶障害を抱えながら音楽活動をされていると伺いました。事故直後は、5分、10分前の記憶も消えていく状態だったと伺いましたが、その後、お体の調子はいかがですか?

 

当時に比べるとずいぶん回復してきています。と言っても事故直後の自分がどうだったのか、その頃の記憶はないので自分でもわからないんですけど。自分のなかの感覚では、事故から3年経過したくらいから、体のマヒもずいぶんマシなり、だいぶ動きやすくなりました。ただ、これからも後遺症がなくなることはないので、日々リハビリしながら、いかに潤滑に体を動かせれるかということを考えながら生きています。記憶の蓄積も当初に比べて維持できる時間が伸びているように思いますが、ご飯が食べれたり、寝ることができたり、生きていくうえでの生命活動ができていれば、とりあえず生きることはできますから、過去の記憶が消えていても意外と自分では気が付かないものなんですよね。

 

そのような状況の中で、それでも音楽活動をはじめ、映画や絵画、書籍と、多方向から作品を発表されています。そのモチベーションはどこから湧いてくるのでしょうか。

 

事故の体験を経てまた社会に復帰していく過程で、本という形で世に出そうと思ったのは、ひとつ自分の中で壁をこえることができたからだと思っています。また、同じ高次脳機能障害で戦っている人が世界中にたくさんいることを知ったことも大きいです。日本だけで言えば約42万人。世界中ではすごい数です。高次脳機能障害を持った人が増えてきているのって文明の発達にも関係していて。医療が発達したおかげで、いままでなら地球上にはいなかった、生きられなかった層の人が生きることができるようになりました。一方で、医療や文明の発達に相応するような社会のシステムが、まだ世界レベルで見ても追いついていないんです。ですから私のように、また社会に復帰できている人間が言葉を発していかないといけないという思いがモチベーションになって、啓蒙活動を続けています。自分の経験をもとに、こういうことになったら、こういう症状が出て、こういう症状が出たら、こういう検査をした方がいいよっていう知識を周知させたい。私の場合、何十件と病院を回っていろんな検査をして大変だったのですが、自分と同じような不必要な苦労はしてほしくないですから。

 

作品を発表するさいに、不安や迷いなどはありますか?

 

いまでもたまに脳痙攣を起こして意識を失うこともあります。倒れて、また意識が戻ったら活動を始めて、また倒れて。その繰り返しの中で生きていますので、常に不安はありますね。

 

そもそも初めての来豪はどのような目的だったのでしょうか?

 

知人がお土産でオーストラリアからディジュリドゥを持って帰って来たのを見て、ディジュリドゥに興味を持ちました。来豪の4年ほど前から独学でディジュリドゥを吹いていましたが、ディジュリドゥをもっと深く追求することを目的に、ワーキングホリデーの制度を使ってオーストラリアに渡りました。

 

こオーストラリア滞在当時、もっとも印象深い思い出は?

 

ダーウィンのディジュリドゥショップで働きながらバスキングをする生活を送っていましたが、やっぱりアーネムランドでいろんなアボリジニのカルチャーを体験したことが、人生にすごく影響していると思います。

 

アーネムランドにて開催されたディジュリドゥ・コンペティション「バルンガ」にてノンアボリジニとして初受賞されていますね。

 

『フラッシュバックメモリーズ』にもその当時の映像が出てくるのですが、振り返って見ると面白いですね。アーネムランドには、3年前に一度戻って当時からお世話になっていた家族にも再会できました。またタイミングがあれば行きたいですね。

 

事故のあと、一時はディジュリドゥが楽器であることすらわからないほど記憶を失われたそうですね。

 

そうだったみたいですね。自分では全然覚えていないのですが。

 

そしてすぐにドットアートを始められていますが、どういったことがきっかけだったのでしょうか。

 

意識が戻って家に帰ったとき、娘の絵の具を使って自分でドットアートを描き出しました。脳をケガすると、こういうパターンはあるみたいですね。いままでやってなかったことをやりだしたりとか、とにかく楽器よりも絵を描きたかったみたいです。部屋にはディジュリドゥがあったのですが、それには目もくれずにドットアートばかりを描いてたようでした。

 

描かれているイメージのコンセプトとは?

 

アボリジニアートを意識して、ということではなく、自分の脳に浮かんでくる映像を落としこむのにドットアートがやりやすかったんだと思います。コンセプトは自分の意識がなかったときからこっちの世界に戻ってくるときに、いつも見る光の世界です。その印象がやっぱりすごく強い。いまでも書き続けていて作品数は500点を超えました。

 

事故から約1年半後の2011年春に、再び音楽活動を再開されています。ディジュリドゥを再び手にしたきっかけは?

 

絵ばかり描いている姿を見た娘が、「パパの仕事は絵を描くことじゃないよ」と、毎日のようにディジュリドゥを指をさして、「こっちがパパの仕事だよと」と言い続けてくれたことがきっかけです。そうして何ヵ月か経ってからまた吹き始めました。

 

演奏はすぐにできたんでしょうか。

 

不思議とすぐにできました。これは勉強して人間の脳で蓄積して知識で覚える記憶とはまた違う記憶方法で、〝手続き記憶〟って業界では言うらしいんですけど、いわゆる体の記憶で演奏できました。お箸とかと一緒ですね。無意識にお箸でものを掴んで食べたりとか、何も考えずにできる域までやっていたら体の記憶になるようです。「ディジュリドゥをそれだけやっていたら、たぶん体の記憶に残っていると思う」とリハビリの先生に言われて、試しにやってみたらどんどん体の記憶が蘇ってきました。

 

現在はフジロックなどにも参加されてアーティストとして再びご活躍されています。GOMAさんにとって絵や音楽などのアートとはどのようなものでしょうか。

 

今の生活には欠かすことのできないものになっていますね。自然と絵を描き出して、描いた絵によって社会復帰のきっかけを掴みました。絵を描くことで脳の傷が落ち着いたり。音楽を含めてアートには人を癒すパワーがあって、〝アートは医療〟と言えると思っています。だから、そういうことも含めて、世界中で同じような症状で戦っている人にメッセ―ジを届けたいんです。絵や音楽には言葉の壁もありませんので。

 

2012年に公開された『フラッシュバックメモリーズ』は東京国際映画祭で観客賞を受賞されたり、全州国際映画祭でNETPAC賞を受賞されたりと、非常に評価の高い作品となりましたが、映画を通じてご自身で感じることはありますか?

 

映画を通じて、今の自分の体でも生きていけるって思わせてくれました。いままでは事故前の自分ばかりを追いかけていたけど、今の自分でできること、いまの自分でしかできないことに目が向くようになりました。この映画は、現状をポジティブに捉える、すごく大きなきっかけとなりましたね。

 

また現在はディジュリデュドゥ・スクールも開催されていますね。50人もの生徒さんがいると伺いました。

 

事故であのまま死んでいたらどうなっていたんだろうと考えたときに、生きているうちに、自分が持っている感覚や知識、技術など、引き継げるものがあるんだったら、日本に根付くくらいに次の世代に引き継いでおきたいという思いで始めました。

 

GOMAさんにとってオーストラリアはどのような国でしょうか。

 

オーストラリアは自分にとってとても縁が深い国だと感じています。いまの自分の人生においてのエネルギースポットになっている気がします。

 

今後の展望をお聞かせください。

 

繰り返しになってしまうかもしれませんが、高次脳機能障害になってから社会復帰した自分の体験をしっかりこの世界に根付かせたいですね。仮に誰かに高次脳機能障害が発症したとき、「この症状GOMAさんと一緒だ」「GOMAさんはこんなリハビリをしてきたんだ」と発想できるだけで、当事者にとっても、ご家族にとっても安心感に繋がると思うんです。高次脳機能障害になったけど7年目でこれだけ活動できるんだっていうのを僕が体現することで、当事者にとって大きな自信に繋がると思います。自分の現状がみんなの目標に、指標になれればいいですね。

 

周りの支えもありましたか?

 

家族の支えは大きいですね。ひとりではなかなか生きられないですからね。家族という最小単位のチームに、マネージャーやスタッフが加わってくれて、いまひとつの大きなチームとなって支えてくれています。いまの僕の活動の広がりは、決して僕だけの力じゃなくて。周りの人が頑張ってくれているから、いま僕がこうして生きることができているんです。

 

現在オーストラリアにいるワーキングホリデーや学生の読者に、オーストラリア来豪の先輩として人生のアドバイスをお願いします。

 

思いっきり遊んでほしいですね。しかし、遊ぶ中でも自分の信念を失わないことが大切ではないでしょうか。より良き未来のビジョンをしっかり持ったうえで遊ぶ。ただ単に遊んで流されちゃうと、なかなか社会復帰が難しくなると思うので。しっかり自分の未来のビジョンと信念を持って思いっきり遊ぶこと。ゆくゆくそれが大きな財産になると思います。

 

 

 

Discover Goma’s Story(アーティストトーク)
日時:2月23日(木)6:30 pm~
場所:The Japan Foundation, Sydney
Level 4 Central Park, 28 Broadway Chippendale
参加費:無料
予約:http://www.jpf.org.au  

Concert(スペシャル・ソロ・ディジュリドゥ・コンサート)
日時:2月25日(土)3:00 pm~ (2:30pmドアオープン)
場所:John Painter Hall (Australian Institute of Music)
1-55 Foveaux St., Surry Hills
参加費:無料 予約:http://www.echoes2017.eventbrite.com.au

GOMA / 大阪府出身。オーストラリア先住民族の管楽器ディジュリドゥの奏者/画家。1998年にオーストラリア・アーネムランドにて開催されたバルンガ・ディジュリドゥ・コンペティションにて準優勝。ノンアボリジニ奏者として初受賞を果たす。2009年交通事故に遭い外傷性脳損傷と診断され、高次脳機能障害の症状が後遺し活動を休止。事故後まもなく突然緻密な点描画を描き始める。2010年初の個展『記憶展』が社会的な関心を集める。2011年フジロックフェスティバルにて再起不能と言われた事故から音楽活動を再開。2012年GOMAを主人公とする映画「フラッシュバックメモリーズ3D」が東京国際映画祭にて観客賞。2013年韓国全州国際映画祭で最優秀アジア映画賞、2014年おおさかシネマフェスティバルにて音楽賞を受賞。 


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