次の舞台へと向かうK-1のカリスマ 魔裟斗 | Cheers インタビュー

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2000年代におけるK-1の顔であり続けたカリスマ・魔裟斗が、昨年12月31日の戦いを最後にリングを去った。振り返れば、"K-1 WORLD MAX"という世界観そのものが、彼によって作られたものであったように思う。彼の影響力は計り知れないほど大きかったし、それは今後も変わることはないだろう。人生の大きな転換期を迎え、次の夢へと歩き出した魔裟斗選手の声を届けたい。

これまでにないくらいビルドアップしてサワー戦に臨んだ魔裟斗選手。その力強い体から強烈な打撃を放っていった。

昨年12月31日の激闘から1ヶ月ほどが過ぎましたが、現在の体調はいかがですか?

もうトレーニングジムにも通い始めて、ロードワークも欠かさずに続けています。ウエイトも現役時代と変わらずに維持していますし、体調はとても良いですよ。

最終的に引退試合の相手はアンディ・サワー選手になりましたが、このカードが決まったときにどのように感じましたか?

やはりライバルというか、因縁の相手ですからね。「これも運命かな」と思いました。

一世一代の大勝負を前にして、他者には計り知れないプレッシャーがあったかと思います。それに対してどのように対処しましたか?

 

引退試合とはいえ、いつもの試合と変わりませんでしたよ。いつもと変わらずに強い相手とやるという感じでした。

入場時にはとても良い表情をされていましたが、どんなことを考えていましたか?

アンディも絶対にKOを狙って倒しにくると思っていたので、激しい打ち合いをイメージしながらリングに向かっていました。

今までにないくらい体をビルドアップし、パワーを増していたように思われましたが、実際に試合をしてみてコンディションはいかかでしたか?

時間をかけて、あの一戦用の体を作って臨みましたから、コンディションはとても良かったです。

4ラウンドにはカウンターで右フックを合わせて見事なダウンを奪いました。他にもフックをヒットさせる場面が多く見られましたが、あれらは狙い通りのものだったのですか?

すべて練習でやってきたことです。イメージ通りにパンチを当てることができましたね。

サワー選手も最後まで引かず、一進一退の打ち合いとなりました。魔裟斗さんの方も効かされた場面はありましたか?

4Rには僕もいいのをもらって、実際けっこう効いていました。。

試合に勝利した直後にトレーナーを抱きかかえていたのが印象的でした。周囲のスタッフの支えはやはり大きかったですか?

やはりチームの皆に色々と支えてもらっての勝利でしたから。サポートしてくれたチームのスタッフには感謝しています。

自分に厳しく妥協のないトレーニングに励むからこそ、魔裟斗さんからは「こんなこと長くはやりたくない」という声が聞かれることもありましたが、いざ開放されたときにどんな気分になりましたか?

試合が終わったときにどんな気持ちになるのかは、自分でもわからない部分がありました。もっと複雑な感情になるのかなと思っていたのですが、いざ終わってみると晴れ晴れとした気持ちになりましたね。

サワーとはこれまでトーナメントで2度対戦し、2度とも敗れていたが、ワンマッチでは最強であることを証明し、見事勝利。最後までかっこよく、リングを去っていった。

今振り返ってみて、一番辛かったと感じるのはいつ頃のことですか?

2003年に初めてチャンピオンになってからは、一転追われる立場になって、それによって相当のストレスを感じるようになりました。あとケガをして練習ができなかった時期とか、なかなか王座に返り咲くことができなかった2008年までの5年間も辛かったです。今振り返って考えてみると、やはり色々あったなと感じますね。

魔裟斗さんが自身の格闘技人生におけるターニング・ポイントとして、特に強く印象に残っている試合を教えていただけますか?

K-1WORLD MAXの本戦はもちろんそうですし、それ以外にもタイトルがかかった試合はすべて印象に残っています。それぞれの試合がすべて自分のターニング・ポイントになっていたと思います。

 

引退試合以降はどのような生活を送られているのでしょうか?

テレビ出演や役者のオファーなど、様々なお仕事を頂いていて、今はそれらをひとつずつこなしているところです。

今回も試合後は、温泉に行かれるなど恒例の休養は取られたのですか?

試合後に自分がどういう状態になっているかはわからないので、プランは立てていなかったのですが、試合を終えてから改めて予約を取り、箱根の温泉に行ってゆっくり休んできました。

今後もK-1とは様々な形で関わりを持っていく予定なのですか? 谷川貞治K-1イベントプロデューサーとそういった話をされることはありますか?

まだ、そういう具体的な話はしていませんが、自分にできることがあれば協力させていただきたいと思っています。

ここオーストラリアにも夢を求めて多くの日本人が渡ってきます。かけがえのない夢を持つためには何から始めたらよいのでしょうか?

まずは目の前にあることから、少しずつじっくりとやっていくことが大切だと思います。それがだんだんと大きな夢に繋がっていくはずですから。

夢を叶えるために最も大事だと思うものを教えてください。

一歩一歩、あきらめずに続けて行くのが一番大事なことだと思います。「継続は力なり」という言葉どおりですね。

今後の挑戦として現在、魔裟斗さんの頭に浮かんでいるのはどんなものでしょうか? 魔裟斗さん自身の夢を語っていただけますか?

まだ少し時間はかかるかもしれませんが、今後色々と挑戦していくなかで、また何か大事なものを見つけられたら、と考えているところです。

魔裟斗選手、いやもう〝魔裟斗さん〟と呼ぶべきなのだろう。大きな夢を追う彼の姿は、それを見守る多くの人々にも同じように、たくさんの夢と希望を与えてきた。1997年にプロデビューを果たし、これまでの13年間を格闘家として駆け抜けてきた魔裟斗さんは今、日々の中で誰もがそうするように、自分にとっての新たな夢を見つけ出そうとしている。そんな彼は、昨年末に世紀の一戦を終えたばかりでありながら、もうすでに動き出している。現役時代、恐れず前に進むことを何よりの信条にしていた彼だが、その姿勢には今も何ら変わりがないようだ。自己プロデュースの天才でもある彼が、次に世間へと提示する仕掛けとはどのようなものだろうか? 今後もその刺激的な言動を楽しみにしながら、彼の勇姿を追っていきたい。

K-1のオセアニア戦略・RAY松村
現在、K-1サイドから「K-1 WGPオセアニア大会」を開催してほしいとの依頼を受けていて、前向きな交渉を行っています。また、タイミングを同じくして、オーストラリアの大物ファイター、ネイサン・コーベットが今年、K-1ヘビー級(100キロ以下)に参戦する予定です。現K-1ヘビー級王者の京太郎選手からタイトルを奪取すべく、トレーニングを積んでいるところですが、ムエタイの五冠王であるネイサンが、ヒジなしのK-1ルールでどこまでやれるのかがポイントになります。この国のK-1人気に火がつくかどうかは、ネイサンの活躍に懸かっているといっても過言ではないでしょう。
そんなネイサンがK-1ファイターの中で最も尊敬しているというのが、今回インタビューに登場してくれた魔裟斗選手。ヘビー級のリングで戦うネイサンだが、大きなファイターの中に入っても、あくまで中量級の魔裟斗選手のような試合をすることを理想としているようです。ぜひ、応援してあげてほしいと思います。
また、レイ・セフォーやマーク・ハント、ピーター・グラハム、ポール・スロウィンスキーといったオセアニアのスター選手に引けをとらない新鋭選手の発掘も今後の課題としてあります。少し遅れてくることも多いこの国のブーム。今後、ここオーストラリアで格闘技が大ブレークする可能性は十分にあると思いますので、期待していてください。

RAY松村
シドニーやゴールドゴーストで格闘技イベント「XPLOSION」を開催するなど、プロモーターとして世界の最前線で活躍している。松村氏の格闘技界での広い人脈と助力により、今回の魔裟斗選手との独占インタビューは実現した。現在はK-1からの依頼を受けて、「K-1 WGPオセアニア大会」を計画中。シドニーでの開催も検討されているという。松村氏の手によるオーストラリアでの熱い格闘技イベントの開催が待たれる。

取材協力 ●株式会社FEG ●株式会社ヴェスパエンターテイメント ●ライジング・プロモーション(RAY松村氏)

魔裟斗
1979年生まれ、30歳。戦績63戦 55勝(25KO)6敗2分。90年代から全日本キックボクシング連盟で活躍。2002年に始まったK-1WORLD MAX世界大会にエースとして参戦して以来、実力と人気の両面でK-1MAXをリードし支え続ける。2003年のK-1WORLD MAX世界大会を制し、日本人として初のK-1世界王者となる。2008年に5年ぶりとなる王者に返り咲き、再度世界一を証明してみせた。2009年の大晦日にアンディ・サワーとの引退試合に臨み、4Rにダウンを奪うなどして判定勝ち。2010年、新たな分野への挑戦を始めた。

オフィシャル・ウェブ:
http://www.k-masato.com
オフィシャル・ブログ:
http://ameblo.jp/masato


CHEERS 2010年03月号掲載


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