チアーズブロガーが漫画家デビュー! 小野デラ | Cheers インタビュー
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    シドニーで学生生活を送りながら、チアーズブログに4コマ漫画を掲載していた小野デラさんが日本帰国後、コミックエッセイ『いちおう、英会話学校通ってました…』を出版した。英語習得に訪れたオーストラリアでの悪戦苦闘をもとにしたこの漫画作品がどのようにして生まれたのか? 現在、日本で会社員生活を送る小野デラさんに伺った。

    チアーズのブロガーさんが日本で本を出版されたと聞いてびっくりしました。本の内容は具体的にはどういったものなのでしょうか?

    オーストラリアでの失敗談と、日本での英語教育に関する疑問や使える英語がちょこっと入ったコミックエッセイです。オーストラリアに来る前に日本の英語学校に通っていたのですが、実際に来てみるとネイティブには全然伝わらなかったりという自身の体験を元にしました。オーストラリアに住んだことのある方なら120%楽しめると思いますよ。

    出版することになったきっかけを教えていただけますか?

    シドニーにいる時に自身のブログで4コマ漫画を描いていて、それを毎日更新していたのですが、それが出版社の方の目に留まり、出版に繋がりました。そしてそのブログを始めるきっかけがチアーズさんのブログで描かせていただいていた4コマ漫画でした。ただ、あまりに量が多いので、毎日更新したら迷惑になってしまうと思い、自身のブログを別に始めたんです。ですので本当に一番最初に私が漫画を描き、出版することになったきっかけは、チアーズさんのウェブのブログに乗せていた4コマなんです。

    本を出版するときの実際の工程というのはどういったものになるのか教えていただけますか?

    まず編集の方と「何を読者に伝えていくか」について話し合います。だいたいは喫茶店のような所で、アイデアを出し合い、方向性を決めます。その後、私が下描きし、OKが出たら本描きします。最終原稿になるまでは5~6回書き直しました。たとえば“台詞の流れがわかりにくい”とか、“登場人物が外国人に見えない”とか(笑)。また、漫画で使った英語に対して、校訂さんから「これ、アメリカ英語では使わない言い回しなんですが」とか言われたりして・・・。原稿が終わったらデザイナーさんと表紙の相談に入ります。最終原稿を全部入稿した後、見本で本の形になったものが確認用で印刷所から届けられるのですが、これに未来の日付が入っているんです。この時点でやっと「ああ本になるんだな」と実感するわけです。

    実際に出版に携わってみて、楽しかった部分や感動したことを教えていただけますか?

    楽しかったことはとにかく「漫画が描ける!」ということですね。それをたくさんの方が形にしていく、大人の真面目な文化祭という雰囲気に感動しました。

    では、つらかったことは?

    つらかったのは、時間がなかったことですね・・・。昼間8時間仕事をして、夜8時間漫画を描くという、盆もクリスマスも正月も自分の誕生日もない生活を送りました。人生で机に座っていた時間が最も長い時期だったと思います。

    いやらしい話ですが、印税もけっこう入ってくるのでしょうか?

    気になりますよねぇ(笑)。はいっ、結構入りました! でも結局、オーストラリアの大学院の学費を親に借りていたので、それを返した時点でおしまいです…。手元にあったのは10分ぐらいでした(笑)。

    漫画はいつ頃から書き始めたのですか?

    記憶にあるのは小学校の頃からです。クラス新聞で4コマを描いていました。いつも最後のコマが「おしまい」の4文字だけだったので、実質3コマみたいな地味なものを描いていました(笑)。その後も漫画は趣味でずっと描いていました。お正月に妙に気合の入った年賀状送ってくるひとって、一人ぐらいいませんでした? それが私です(笑)。

    小野デラさん自身は、どういった漫画から影響を受けたのですか?

    少年ジャンプです。特に鳥山明先生ですね。ドラゴンボールの孫悟空を上手に描けても何の得もないと思っていましたが、英語学校ではクラスメートに喜ばれ、そのときに報われたと感じました(笑)。

    オーストラリア生活は漫画のネタの元としてはどうでした?

    住まれてみるとわかると思うのですが、オーストラリアはネタの宝庫でした。天気予報は適当、バスの時間も適当、そして行き先まで適当だっていう。以前シドニーの裁判所の前で、かつら(オーストラリアの法廷で着用される伝統的なかつら)を指でくるくる回しながら携帯電話で週末のバーベキューの相談をする裁判官を目撃した時に、この国に来て正解だと思いました(笑)。ネタが勝手にやってくる国ですね。日本に帰ってくるとこういったネタがなくなってしまうのが実に残念です。

    今後も継続的に本の出版を行っていく予定ですか? もしそうでしたら、どういったものを作っていきたいですか?

    自分がビジネス英語で苦労しているので、ビジネス英語に関する漫画が出せればと思っています。たとえば今までは“とりあえず英語をマスター”と思っていたのに、いざ英語で仕事をするという環境に入ってみると会議中に皆が何を話しているのかさっぱりわからない。かかってきた電話もどこから名前でどこから部署名だかさっぱりわからない。こういう経験をされている方がいっぱいいらっしゃると思いますので…。

    そもそも海外留学の先として、なぜオーストラリアを選ばれたのですか?

    私が日本の英語学校にいた頃、面白いオーストラリア人の先生がいたのがきっかけです。最後までアメリカに行こうか、イギリスに行こうかと、散々悩みましたが、そのオーストラリア人の先生がいつも「もうシドニー帰りたい。シドニー大好き。ねぇねぇ、シドニーの話していい?」といった話をするんです。授業内容を無視してでも(笑)。先生として優秀かどうかは怪しいんですけど、そこまで魅力的なところならシドニーに行くしかないなと決心しました。

    最初オーストラリアに渡るときには、どんな自分になろうという思いで来られましたか? 望んでいたものを実際に得ることはできましたか?

    正直、望んでいた以上のものすべてが手に入ってしまいました。私は日本で通じる英語の資格、たとえば英検のような形に残るものが手に入ればいいなぐらいに思っていたのですが、まさか現地で大学院に行くことになるとは、そして卒業し、望んだ仕事を手に入れられるとは思ってもいませんでした。

    今振り返って、オーストラリアでの生活を経験する前と後で自身の何かが変わったと感じますか?

    簡単なことかもしれませんが「やればやった分だけ、すべて結果となって返ってくる」ということを学びました。以前の私は「どれだけやっても結局ダメなものはダメだな」と思うことが多かったのですが、オーストラリアではどんなにどん底で、もうダメだ!と思うことでも、後でプラスになって返ってくることが多かったように思います。きっと日本でも同じだったのだと思うのですが、日本で生活していただけでは気付きにくかったのだと思います。

    現在、日本で生活をしていて、“海外留学をしておいてよかった”と感じるのはどんなときですか?

    何か他の国、たとえばオーストラリア、中国、韓国などの国と日本の間で問題が発生した時、相手の国の立場になって物事を考えられるようになりました。「中国はどう思っているんだろう?」「日本は怒っているけれど、オーストラリアは悲しんでいるだろうな」とか。私がシドニーでお世話になったホストファミリーも同じことを言っていました。様々な人種と触れ合う、つまり“相手を知る”ということが、日本にいたままでは難しかったかもしれないので、その点はよかったなと純粋に思います。

    小野デラさんと同じように学生やワーホリメーカーとしてオーストラリアで悪戦苦闘されている方々にメッセージをいただけますか?

    「人生一回の海外生活だから」と自分を奮い立たせるのも大事ですが、変に“無理”はしなくてもいいんじゃないでしょうか。英語の勉強も旅行もバイトも心身ともに健康じゃなきゃできないことですし。ちょっと英語に疲れたと思ったらしっかりと休みを取る。ストレスを感じたら日本の家族や友達に長電話をする。海外にいるとついつい自分を追いこんでしまいがちだと思いますので、自分の心と体とうまく付き合いながら、楽しくオーストラリアでの時間を過ごしてほしいと思います。

    小野デラ(おの・でら)
    神奈川県出身。大阪芸術大学卒。卒業後、3年間OLをしながら、英会話学校に通うなどして英語を猛勉強。その後オーストラリアに3年間留学。2008年にオーストラリアの大学院を卒業し、日本の某アメリカ企業に就職。現在、ビジネス英語漬けの日々に奮闘中。


     

    CHEERS 2010年11月号掲載

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