『OCEAN ROOM』オーナーシェフ 野田雷太  日本初の『MASTER OF WINE』保持者 NED GOODWIN 野田雷太,NED GOODWIN | Cheers インタビュー

『OCEAN ROOM』オーナーシェフ 野田雷太  日本初の『MASTER OF WINE』保持者 NED GOODWIN 野田雷太,NED GOODWIN | Cheers インタビュー

Cheers インタビュー

ネッドさんはいつからワインには興味を持たれたのですか?

NED…19歳の頃です。ロックスのワインショップで働いていたこともありますが、両親の影響が強かったですね。美的感覚を持った両親に育てられたので、アートに興味を持つようになり、その後パリに渡り政治学を学びました。

政治学ですか? ワインではなくて?

NED…ええ政治学です。だから私も、今のあなたと同じ質問をある日自分に投げかけました。「どうして政治学なのか…」。すぐに答えが出なかったので、美術学の芸術の歴史に専攻しなおしたのです(笑)。ワインはある種、美術のようで、一期一会ではないですか。ワインはその瞬間で見え方が変り、綺麗さもアピール度も違ってくるので、私は芸術のように捉えています。同じワインを飲んでも、誰と一緒に飲むか、飲みながらどんな音楽を聴くか、どんな会話をするか、という要素によって味わいが変わるのです。これが「ワイン」が僕にとって特別な存在になり、マニアックになった理由です。その後、ワインの歴史的背景にも興味が出てきて、大学で勉強を始めました。もちろん、バーで働く傍ら、ソムリエの資格も取りました。

その後はニューヨークに行かれたんですよね?

NED…当時お付き合いしていた彼女の関係で…(笑)。でもニューヨークには前から行きたいと思っていました。世界一優れたワインリストを持つマンハッタンのレストラン『VERITAS』でもソムリエとして働くことができました。

次は、日本へ拠点を移されたのですよね? 

NED…長く付き合っていた彼女との別れ、腕の骨折など、心も体も病んでいたので、環境を替えるため、一度南フランスに家を借りて過ごしました。ちょうど9・11のテロの事件が起こった頃ですね。事件後にニューヨークに戻りましたが、雰囲気が一変していたため、立つことを決めました。日本の外食産業『グローバルダイニング』で以前、お声を掛けて頂いていたことがあったのでお世話になることにしました。もう日本はかれこれ10年になります。

雷太さんはニューヨークに行かれたことは?

雷太…1999年頃オーストラリアでシェフをしていたのですが、そこの常連さんのオーストラリア人夫婦が、「あなたは今までシェフとして立派に料理を作ることに没頭してきたけど、一度それを辞めて周りを見渡してみなさい」と助言され、25歳の時に貯めたお金を叩いて2週間だけニューヨークに視察に行きました。3スター、2スター、トップと呼ばれるレストランのランチとディナーを全部予約して20件以上行きました。ニューヨークは刺激的で、フード心理が面白く、憧れます。2週間で1万数千ドルを食費に使い、ひたすら食べて体に叩き込みました。初めて食べる側の人間として食することで、僕もフードを見る目が養われたように思います。シドニーに戻り、再びご夫妻とお話した際に、旅はとても刺激的で、自分でも店をやりたいと思うようになれたことを伝えると、「それならお店をしなさい。資金は私たちが出してあげるから」と言ってくれたのです。

さぞかし驚かれたでしょう?

雷太…とてもありがたいお言葉でした。結局資金は両親から借り、その後『RISE』をオープンさせましたが…。しかし現実は厳しく、『RISE』を経営しているときは、もうダメかなと思うときが7、8回ありましたね。

そういう状況をどのようにして乗り越えたのですか?

雷太…こんなこと言ったらあれですが、何となくなんです。給料を払うと家賃が払えないという状態で、ギャンブルでヒットすれば給料が払えると思うこともありました。もちろん、実際は行きませんでしたけどね。でもたまたま大きな予約を頂いて前金を置いていっていただいたり。首の皮一枚で継続していたら、なんとか逆風が吹き、無名で最年少であった私(オーナーシェフ)がハットを取ったことで話題になり、色々助けられました。

そこからどのような経緯で『OCEAN ROOM』を経営されるようになったのですか?

雷太…常連のお客さんが『OCEAN ROOM』の隣の店を経営されていて、ここに今度アジアンフードの店をパートナーと出すから一緒にやらないかと誘ってくれたんです。初めは『RISE』と掛け持ちしていたのですが、最終的にここに来ました。最初は4人のオーストラリア人パートナーと日本人の若僧で始めたのですが、オーナーの方たちが揉め事を起こし売却することにしたのです。僕が買えばいいと言われたのですが、10%ぐらいしか出資していなかったので現実的に厳しく、投資家を探してくるように勧められました。話を受けたのが11月の頭で期限が2月の頭。年末年始と言うこともあり、自分も身動きが取れず諦めていたのですが、スタッフもいるからすぐに諦めるのは悪いと思い、『RISE』のお客さんで、外食チェーン『ゼットン』のトップ、稲本健一に相談してみました。

すべてがお客さんとの繋がりなのですね。

雷太…稲本は背も高く体もガッチリしていて、少し怖い顔の印象でしたので、最初に『RISE』にいらした時には、イカツイ人が来たと思いましたが、話を聞くと同業界であることが分かり、恐る恐る名刺を頂きました。そこに書いてあった名前は、当時、自分が読んでいた雑誌に〝飲食界の風雲児〟と言われていた人物でした。ちょうど稲本がゼットンを上場させた直後で、シドニーに遊びに来ていたのです。そんな人が今、目の前に座っているんだと感動しました。その日から滞在期間中のほぼ毎日、一緒に飲みに出かけたのですが、そんな中「シドニーでお店をやりたいから、いつか一緒にやろう」と誘われたんです。その後、日本から電話を頂いたり、僕が希望する日本の雑誌を送ってくださったりし、『OCEAN ROOM』の相談に至るまで交友が深まりました。年の瀬に『OCEAN ROOM』の投資の件で連絡をすると、「そんな馬鹿なことをこの時期に言うな」と怒られたのですが、稲本がシドニーに遊びに来ているときに一緒だったデザイナーの森田さんが、「オーシャンルームをやるならデザインは僕にやらせて」と熱いコールを送っていたようです…。色々なことがシンクロした結果、稲本と一緒にやることになりました。

昔からお店を持ちたいと思われていたのですか?

雷太…昔からお店を持ちたいと思っていました。何があっても「30歳までに独立する」、とこの道を選んだ時から自分の中で決めていたました。料理人になるからにはそこが目標だと。

ネッドさんは雷太さんがお店を持ち始めた頃に日本でお仕事を始められたのですよね。

NED…日本のフードシーンを引っ張っている長谷川耕造さんという飲食業界のカリスマにお仕事のお誘いを頂きました。僕はレストランとは料理も大切だけれども、料理は30%の力しかないと思っています。あとの70%はサービスだったりお店の雰囲気だったりパフォーマンスですね。お金を頂く以上ちゃんとした料理を出すのですが、それ以上に特別な時間を過ごしてもらいたいという思いをベースに入れないと、ただの料理の自己満足になってしまうと思うんです。

日本人のワインの知識はどうですか?

NED…知識が豊富な方もいますが、一般的には履歴書掲載用に取得されたような方も多いかも知れません。本当に素朴にワインに情熱を持っている方は免許に関係なく、自分の好きな方法で、ワインを飲んだり、勉強したり、経験を積んだりしています。結局のところワインが心から好きかどうかが大切だと思います。

それを改善されようとする活動は行っていらっしゃるのですか?

NED…特にそれだけに集中した活動は行っていませんが、自分の元にも良いソムリエが何名かいて、育て任せられるように教育しています。僕が何でもやってしまうと下が育ちませんので。なるべく仕事をしないよう心がけています(笑)。マスター・オブ・ワイン(以下MW)になってから他の仕事も増えました。外資系大企業のイベントのお手伝いで、例えば50人ぐらいの参加者に5000万円ぐらいの予算があるようなイベントのオペレーションに参加したりします。

MWの資格を取られようと思ったのはどうしてですか?

NED…キャリアのためとは考えず、純粋にワインが好きだったんだと思います。取得まで6年ぐらいかかりました。実は平均が8年なので、これは早い方なんですよ。

試験の内容について詳しく教えていただけますか?

NED…まず、最初に試験資格があるかどうかが判断されます。ソムリエの免許を持っているか、もしくは国際的なワインの経験を証明できるものがあるかで判断され、それに合格すると2年間の必修の勉強、その後は自分のペースで試験を受けるのですが、初めの試験で98%の方が落ちると言われ、2回目の試験に残った60%以上の人が失敗すると言われています。
雷太…ほとんどの人が取れない資格で日本ではネッドさん以外、ひとりもいない資格ですから。ちなみに世界で何人の人が保持している資格でしたっけ?
NED…僕で281人目です。この資格は試験に4回失敗すると一生取得資格を失うのです。試験は2パートで、ひとつはブドウ畑、工房、農薬のことなどの知識を試されるセオリーのパート。もうひとつはテイスティングの試験です。MWにはワイナリーやソムリエの方はもちろん、評論家やメディア関係の方も多くいらっしゃいますので、ワインを造るという知識だけではなく、国際的で広範囲にわたった知識を持たれている方が多いと思います。

雷太さんはどうして飲食の道を選んだのですか?

雷太…ぐれちゃったんです。ぐれた人の道は手に職じゃないですか? 大学も無理だし勉強も嫌いだし、本当に手に職でもつけないと将来がヤバイなと焦りました。そんな時にお婆ちゃんから和紙に筆で手書きの手紙をもらいました。高校2年生の時にもらった手紙には、「手に職をつけるには3つの職業しかない。その3つの職業とは、車の整備士か美容師か調理師だ」と書いてあったのです。

粋なお婆ちゃんですね。

雷太…ええ。それを素直に信じてしまった僕も僕なのですが。実家も料理屋で食べ物も好きだし、食べ物のことだけは唯一興味があったので、調理師にしようとものすごく安易な感じで決めました。

それから料理にどんどんハマって行ったんですね?

雷太…ハマっていったのは最初の一瞬で、「やらなければ良かった」と2、3年はずっと思っていました。上下関係もあり、料理もあまりさせてもらえず、反復の日々が続きました。

『RISE』のオープンの前にそんな過去があったんですね。

雷太…アルバイトをしながら自分のお店の構想を練って、その時にコンセプトとして考えていたのが、「オーストラリアの食材を使用して日本食を作る」ということでした。日本から来た職人の先輩方がオーストラリアの食材に文句を言っているのを見て、またそれが隙間産業になるなと思ったりして、「オーストラリアの食材を使用して日本食を作る」という今のコンセプトが出来上がりました。

『OCEAN ROOM』をスタートしたのは何歳の時ですか?

雷太…30歳だったと思います。スタートする時にはワクワクしていたんですけど、シェフやホールのスタッフは皆自分より年が上で、強くなくてはいけないと思い最初は厳しくしていました。

去年、リニューアルオープンされたましたが、メニューも一新されましたよね? メニューは雷太さんが考えていらっしゃるんですか?

雷太…そうです。最初はシーフードを前に打ち出してやっていたんですが、それが反対にアイデンティティーを弱くしていて…。寿司や天ぷらのみならず、今の日本をオーストラリアにいらっしゃる方々に楽しんで頂きたいという思いから変えました。『OCEAN ROOM』のネームにサブネームを入れて〝JAPANESE Modern・CREATION FROM THE SEA〟ということで再出発しました。

なるほど。入り口のバーも素敵ですね。

雷太…入り口のバーのセクションは、ビールに串カツが似合うような立ち飲み酒屋のイメージを稲本と一緒に考案しました。実際に串カツはメニューにも入れています。ふらっと来て飲んで摘んで楽しんで帰っていただきたいんですよね。僕の中ではさっきも言った通り料理は全体の30%だと思っています。レストランの調理場はシェフが威張っているところが大半ですが、美味しい料理が作られ、それが運ばれ、そして美味しく召し上がっていただいたお皿が戻ってくるところまでがサービスと考えると、皆の役割がそれぞれ大切に思えるんです。だから調理場が横柄になることは許していません。年齢の上下関係もここではありません。僕がミスしたら謝りますし、誰がミスしても謝ります。

その方針のもとに作り上げられた雰囲気が、きっとお客さんにも伝わるんでしょうね。

NED…かしこまった雰囲気ではなくて、リラックスして楽しく飲んで食べて欲しいと思いますよね。

最後におふたりにお伺いしたいのですが、ネッドさんはMWを取られての再出発、雷太さんは新しいメニューとリノベーションを終えての再出発ですが、おふたりの今後の展望について教えていただけますか?

NED…今後も日本で今の仕事を続けますが、故郷のオーストラリアでも何かチャレンジしたいです。MWを取得してから、色々な仕事のオファーを頂いていますが、取得して間もないので、これからじっくりと検討しながら今後のことを考えたいと思います。長く働かせて頂いている『グローバルダイニング』にもお返しがしたいですね。
雷太…僕は料理にしても、サービスにしてもいたらないところが多く、課題は日々山済みなので、それをリアルに見つめ、ひとつ一つ磨いて行こうと思います。そして、最終的には小さい8席ぐらいの焼き鳥屋でタバコを加えたまま焼き鳥を焼きたいですね。女の子が来て「この焼き鳥にあうワインがありますか」と聞かれたら、「うちは焼酎しかないから帰れ!」というようなお店をやりたいです(笑)。愚直に料理に向かい合えることに憧れているのかもしれません。料理とも真剣勝負、お客さんとも真剣勝負という感じで。

今日、雷太さんとネッドさんのお話を聞いて、お二人ともとても素朴で純粋に今を楽しんでいらっしゃる様子が印象的でした。最後にもうひとつ、雷太さんの好きな言葉を教えて頂けますか?

雷太…「継続は力なり」。僕のレストラン人生はこれに集約されていると思います。

ネッドさん、雷太さん今日は本当にありがとうございました。今後のお二人の益々の活躍を楽しみにしています。

Ned Goodwin MW
ロンドン生まれのオーストラリア育ち。パリのオーストラリア大使館でコンサルタントとして、ニューヨークではマンハッタンのレストラン、VERITASのソムリエとなる。現在はグローバルダイニングのワインディレクター、バイヤーとして勤務。またThe Japan Times、New York Timesなどで執筆活動も行っている。2010年5月 に日本で初めてのマスター・オブ・ワインの資格を得る。

野田 雷太
大正12年銀座に創業し80年を迎えるおでんの老舗「お多幸」の4代目。2000年6月に、「RISE」をオープン。苦労を重ね無名の最年少でワンハットなど数々の賞を受賞。2004年11月には「OCEAN ROOM」の総料理長として同店をオープン。「ジャパニーズモダン」を新コンセプトに2009年9月にデザイナーの森田恭通氏の手により新たな空間へとリニューアル。現在はオーナーシェフとして活躍中。


 

CHEERS 2010年12月号掲載


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