オーストラリアで活躍する日本人 東田守弘 | Cheers インタビュー
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    京都に本店を持ち、関西のとんこつラーメンファンから絶大な支持を得ている『無鉄砲』。そんな行列のできるカリスマラーメン店に48歳という年齢で一念発起して飛び込み、厳しい修行の後、遂には念願である『がむしゃらシドニー店』の開店を実現させた東田守弘さん。20代でオーストラリアに渡った青年が経験を積み、様々な障害を乗り越える、その原動力としたのは自身の“情熱"と“意志"であった。

    無鉄砲の最初の店舗が奈良でオープンした当時(1998年)のことは伺っていますか?

    創業者である赤迫重之代表が宮崎の大学に通っていたころに、当地のラーメンに惚れこんだのが始まりです。大学卒業後、普通に就職をしながら、やはりそのラーメンが忘れられずに宮崎でラーメン修行をして、それから師匠(赤迫代表)の地元である奈良に戻ってお店を持ったわけです。ただ最初はお客が入らなくて、ガラガラだったみたいですね。関西の方はさっぱりとした薄味を好むのに対して、無鉄砲は濃厚なとんこつスープが売りでしたから。それでもやはり味で納得して頂いて、半年後には行列のできるお店になったと聞いています。

    東田さんにとって赤迫代表はどういった存在ですか?

    師匠は日本では〝とんこつの神様〟と呼ばれるほどの人ですからね。無鉄砲はラーメンおたくの有名なウェブサイトで、とんこつ部門では2位に選ばれていて、その他の店舗も10位以内に入っているわけですよ。そりゃ、すごい人ですよ。私は、がむしゃらとしてお店を出させてもらっていますけど、そこにロイヤルティは発生していません。それでも師匠には色々と助けて頂いている。じゃあ、師匠はなんでそんなことをするのかって言われたら、やはり純粋にラーメンが好きだからなんです。尊敬していますし、これからも師匠と弟子という関係は変わりません。

    2007年から48歳という年齢で無鉄砲に弟子入りしてラーメンを学んだということですが、その経緯と当時の心境を教えて頂けますか?

    私はオーストラリアでサラリーマンをやっていたときの日本出張で始めて無鉄砲のラーメンを食べたのですけど、そのときに衝撃を受けましてね。それからラーメンに興味を持つようになって、日本に仕事で行く度にラーメン屋を回るようになりました。500件は回りましたかね。人のために何かを作るというのはいい職業だなと思うようになり、前の仕事を辞めたときに赤迫代表に手紙を出して、弟子入りを志願したのです。年齢のこともあって難しかったのですが、家まで押しかけて、認めてもらいました。周囲には無謀だと大反対されましたけど。ただ私は自分がやると決めたら無理なことはないと思っていますから。「やれるか?」ではなくて「やるんだ」という気持ちで飛びこんで行きました。

    無鉄砲とがむしゃらの違いを教えていただけますか?

    がむしゃらは、奈良で屋台として始まりました。基本的に店を任せられるのは最低でも5年以上の修行が必要となります。私の場合は、6ヶ月の修行期間でしたが、屋台を出すという許可を頂だくことができたのです。ただ6ヶ月と言っても、私の場合は寝る間もないほど働いていたので、中身はとても濃かったです。修行は本当に厳しいですからね。99%は辞めると言っても過言ではないですね。20代の体力のあるやつらでも1日で半分くらいに減ってしまいますし、3日以内にはほとんど逃げてしまいますから。私は1年3ヶ月の間、がむしゃらを切り盛りしながら、無鉄砲での掃除や仕込みも変わらずやっていたので、自分の時間なんていうものはほとんどなかったですね。今は師匠に認められた2代目が、がむしゃらの屋台をやっています。そいつも素質があるから、経験は浅くても、任せられているのです。そういう意味では、がむしゃらの屋台は登竜門みたいなものですかね。見込みのあるやつを入れて、育てるっていうものになっています。

    どろっとしたスープが印象的ですが、製法と特徴を教えて頂けますか?

    骨と水、醤油。これしか使っていません。骨を割って、中の髄や軟骨が溶けるまで煮込んでいるので、コラーゲンたっぷりのどろっとしたスープになるわけです。当然、化学調味料なんかも一切使ってないですし、ヘルシーなスープなんですよ。決まったレシピみたいなものはないので、匂いで旨味、臭みを判断しながら、水を加えたり、火加減を調節したりと手間はかかります。骨はただ煮込めばいいというわけではないですから。新しい骨を加えて、古い骨は取り出す。という作業をずっと繰り返すわけですから、5分と座っている暇はないですよ。大変ですけど、いいスープを作るにはそれが大事なんです。でもそれを実際にやっているのは、日本全国探しても数十件くらいしかないんじゃないですかね。

    とんこつラーメンが一杯8.5ドルとかなり低い値段設定になっているように思えますが?

    ぶっちゃけ、原価計算はしてないです。金儲けのためにやっていることではないですから。実際、コストはかかりますが、何よりもワーキングホリデーメーカーや学生の方が無理せず食べに来ることのできる値段を基準にしています。学生さんが親御さんとかに感謝しながら、美味しく食べて、元気になってくれたら何よりだと思っています。

    開店準備中に海外ならではの難しさを感じることはありましたか?

    骨から醤油まで、日本では使うものが決まっていたので楽でしたけれど、こっちではすべて未知数だったので大変でしたね。オーストラリアの骨は日本のものより臭みがあるぶん手がかかりました。試行錯誤を繰り返して、納得のいく味を出せるようになりましたけど。醤油にしても、色々試しました。日本から取り寄せるのは簡単なのですが、それをするとコストが上がり、値段を上げることになってしまう。やはり値段を上げずに、いいものを提供したいですからね。地元のものを使って、地元の人に食べてほしいと思っています。

    逆にシドニー店ならではのアドバンテージみたいなものはありますか?

    オーストラリアの骨は臭みが強いと言いましたけど、同時に甘み、旨味も強くて、それは日本のトップクラスの骨に匹敵する質だと思います。あるいは上回るかもしれない。それは師匠も言っていました。臭みへの対処をしっかりとやれば、あとはいいところばかりです。オージーポークが美味しいので、チャーシュもいいものができる。麺に使う小麦も上質のものを容易に入手することができるなど好条件は多いです。

    がむしゃらのシドニー進出に合わせて、日本テレビの取材クルーも訪れていたということですが、それぐらい日本からの注目も高いと言えるのでしょうか?

    そうですね。新店を出すこと自体がニュースになる、それが無鉄砲ですから。僕もテレビに出るのはもう3回目くらいです。注目が高い分、ネットに味のことを色々と書き込まれたりと大変ではありましたけど。叩かれて、落ち込んだこともありましたし。注目されている分、評価は厳しくなりますけど、毎日が勝負という感じでそのほうが面白いですね。

    シドニーのラーメン業界の現状をどう思われますか? 可能性のある市場と感じていますか?

    可能性はめちゃくちゃあると思います。アジア人はヌードルが好きですしね。でも中国のヌードルだとトッピング重視なところが多くて、スープはないがしろにされている気がします。だから自然の素材だけを使ってこだわったうちの味は絶対に受け入れられると思っています。いいものを食べてもらい、ラーメン好きを増やすことで、市場自体が大きくなっていくはずです。そうしてシドニーのラーメン屋の数が今の10倍とかになってほしいですね。そうしたら、切磋琢磨して、全体のレベルが上がっていくはず。是非、そうなってほしいですね。

    ラーメン屋を経営する上で、東田さんが最も大事にしていることは何ですか?

    仕事で疲れていても、美味しいラーメンを食べて、ほっとしてもらえるようなそんな存在でいたいなと心掛けてやっています。そして日々さらに味を向上させたいです。通ってくれる常連さんの舌を満足させるにはそれくらいの意識が必要ですから。ただ味にはとことんこだわってやっていますが、「これがうちの味だから、気に入らないなら食うな」みたいな考えはまったくないです。何でも言って頂けたら、対応しますし。何よりも喜んで頂きたいというのがあるので、お客様がどう感じているのかは常に考えるようにしています。それは無鉄砲で叩き込まれたことでもあります。お客様の好みに合わせてスープの濃度や味の濃い薄いはいくらでも調整します。

    シドニーと日本を行き来し様々な経験を積まれてきた人間として、東田さんから現在シドにーで頑張っている読者の方々にメッセージを頂けますか?

    本当にやりたいと思ったことなら、ぜひやってみるべきだと思います。夢は叶うものだと思いますから。そのためには自分でゴールを決めたら、そこに向かうプロセスで言い訳はしないでほしい。それ相応の我慢は何をするにしても必ず必要なわけですから。そこにどんな障害があっても、それを乗り越えれば、夢は叶うはずです。それと個人的にはお金のためとかよりも、人に幸せになってもらうために何かをしてほしいなと思います。結局は、そっちのほうがうまくいくんじゃないかなと思うのです。

    東田守弘

    1959年生まれ。兵庫県出身。1985年に新婚旅行を兼ね、ワーキングホリデーメーカーとして来豪。オーストラリアの有名宝石会社に入社し、ビジネスビザ、次いで永住ビザを獲得し、役員として勤める。その後、無鉄砲のラーメンとの出会いが契機となり、48歳にして日本に戻り、無鉄砲に弟子入り。修行と屋台・がむしゃらの運営を経験し、2009年2月にオーストラリアで「がむしゃらシドニー店」を開店させる。



    シドニーがむしゃら
    住所:Shop 209 Harbour Plaza Food Court(食通天)
    25-29 Dixon Street Sydney NSW
    開店:2009年2月20日(金)
    営業:11:30~21:00 (売り切れ次第終了)
    定休:月曜日


    CHEERS 2009年4月号掲載

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