日本人カメラマン 岩本拓也 | Cheers インタビュー
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    やっぱり"モノ"を作るのが好きだから、
    どっちに転んでも一生何かを作っていきたい

    ▲岩本さんのお気に入りアイテム!ロシアのLOMO

    新しいことを始める時は、誰でも感じる不安や怖さ。それを乗り越えて進むのに必要な勇気とEasygoing。きっと苦労はしたけど見せない強さ。そしてそれを面白さに変えて。常に楽しいことを追いかけているから輝けること。成功したからといって、苦労だけではないことが私達の背中を押してくれる。オーストラリアの景色や季節、スポーツをカメラに収めて日本に送る。忙しさに追われ日本を出られない人達に、オーストラリアを知らない人達にオーストラリアを知ってもらうこと。見えたものを、感じたものを提供するその喜びと楽しさを。初めて会った時にイメージと違う姿に驚いた。その渋谷か原宿にいる人達みたいにおしゃれで奇抜な格好は、少年と大人の真ん中にいるような感じに私には写った。しかし挑戦を続け、確実に自分の道を作り歩いてきたからこそ、型にはまらない格好が似合うことを後で知る。日本とオーストラリアのメディアの掛け橋に。岩本拓也さん。

    新しいことを始める時は、誰でも感じる不安や怖さ。それを乗り越えて進むのに必要な勇気とEasygoing。きっと苦労はしたけど見せない強さ。そしてそれを面白さに変えて。常に楽しいことを追いかけているから輝けること。成功したからといって、苦労だけではないことが私達の背中を押してくれる。 オーストラリアの景色や季節、スポーツをカメラに収めて日本に送る。忙しさに追われ日本を出られない人達に、オーストラリアを知らない人達にオーストラリアを知ってもらうこと。見えたものを、感じたものを提供するその喜びと楽しさを。初めて会った時にイメージと違う姿に驚いた。その渋谷か原宿にいる人達みたいにおしゃれで奇抜な格好は、少年と大人の真ん中にいるような感じに私には写った。しかし挑戦を続け、確実に自分の道を作り歩いてきたからこそ、型にはまらない格好が似合うことを後で知る。日本とオーストラリアのメディアの掛け橋に。岩本拓也さん。

    始めに来た時はいつなのかを聞いた。

    「初めてオーストラリアに来たのはハタチの時にワーホリで。その時は英語もしゃべれなかったし、ブリスベンでずーっとぼーっとしてた(笑)。何がしたいとかなくて、漠然と何か探してたな。その後日本に帰っても何すればいいのか分からなくて、色々考えた時にやっぱり日本以外の所に出られる仕事がしたいと思ったの。で、日本を出られそうな仕事・・・じゃ写真家かな!ってそんな安易な考えで写真を勉強し始めたんだ(笑)」

    写真家から今の仕事に変わった経緯って?

    「写真初めて少ししたくらいに、PCでの画像処理とかが出だしたんだ、そう、その時マルチメディアなんてない時代でさ、今みたいにPCでDVDが見れたり、ビデオからPCに画像を移したりなんてないわけ。ビデオはビデオ、PCはPCってそれぞれ別の物とされてたのね。俺飽き性でさ(笑)写真よりも新しいものにも興味が出ちゃって、ドーンとMACを買って、動画を作ったりし始めたんだ。当時MACなんて100万近くしたんだよなぁ。で、気が付いたらそのグラフィックの画像世界にはまってたって感じ。でもね、がむしゃらにやってた時代を過ぎて、ある程度力もお金も溜まった27くらいの時に、"俺何でこの仕事してるんだろう?あ、海外に出たかったからだって!"思い出したんだよ。そしたらもう行きたい衝動にかられて(笑)」

    それでこっちに来たという。思ったら即行動、しかしあてはあったのか。

    「日本にいた時、オーストラリアでテレビ技術会社をやっている社長さんに出会って、連絡先を聞いておいたんだけど、その人にいきなりメールで"自腹で行くんで働かせて下さい"って入れたのね。そしたら"いいよー"見たいなノリで返信来て。おいおいおい、軽いなぁと(笑)。でもビザも下りるか分からなかったし、行ってみるまで分からない状態だったけど、それに対して怖いとは思わなかったな。それが28の時で、シドニーオリンピックの1年前」

    お金がなくて困ったことや、苦労はあったのだろうか。

    「苦労かぁ。お金がなかったのはワーホリで日本に着いた時、所持金が500円しかなくて友達に迎えにきてもらって牛丼おごってもらった時かな(笑)。そう じゃなくて?うーん日本で仕事してた時の方が今よりも苦労してたって言うか、大変だった。いつも情報に追われて、時間に追われて。お金がないときなんてホントなかったし家賃滞納もしたことある。でもやることやってるから、どうにかなるって思ってた。周りのサラリーマン連中はお金持ってて、いい車乗って遊びまわって。自分は今は遊べないけど長いスパンで見て人生遊びきろう!って。だから苦労と感じたことはないかな。色んなことに対して」

    今と、これからについては?

    「日本にいた時、"情報が1ヵ月で変わっていく、1ヵ月で知らない情報に入れ替わる"そんな仕事をして、そしてそれに付いて行かないといけない生活をしてて。だけどこっちに来てその情報に置いて行かれている自分が心地よくて、"日本ってすげぇなぁ"って浦島太郎みたいに思うのが気持ちいい。今は今の仕事を楽しんでるし、自然体でいれることが今幸せに感じてるし当分このままぼんやりいきたい。今までグラフィックだったり常に新しいものや進化していくものを扱って、デジタルで"キレイなものをよりキレイに!"の世界で生きてきたからかな、今は何かアナログな物にも興味があるんだよね。今ハマってるのはロシアのLOMOっていう超アナログカメラ。ボケるし、ブレるし、色も変に出るけど面白いんだ。やっぱり"モノ"を作るのが好きだから、どっちに転んでも一生何かを作っていきたい」

    最後にシドニーの若い人達に一言お願いします。

    「何か探したくて来ている人達だからこそ、思いっきり遊んで、その中で何かを見つければいいと思う。若い人も日本で出会う人より、こっちで出会う人のほう が断然面白いもの持ってるし。たぶん何か見つけたいと思ってるからだよね。きっとその"何か"はいつか見つかるから、今は何でも経験して好きなものを見つけて欲しい」

    地味な時代にも、行き詰まった時にも、前を見据えて楽しみながら挑戦し続ける人が自分の道を作れる、と思わせてくれた。常に自然体で、形にとらわれないモノを追い続け、進化も後退も楽しむ。岩本さんはそんな人だった。そして型にはまらない格好が内面から似合う人だった。

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