「パ・リーグ最多セーブ王」 マイケル中村 | Cheers インタビュー

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勝ちたいという気持ちはどんな試合でも変わらない

パ・リーグ完全制覇、日本シリーズ優勝、アジア杯優勝と三冠を果した北海道日本ハムファイターズ。44年ぶりの優勝を果したファイターズに不可欠な人物がいる。守護神マイケル中村投手。今シーズン64試合に登板し、5勝1敗39セーブという見事な成績でパ・リーグ記録を塗り替えたリリーフ投手。マイケルが投げれば勝つ。"勝利の方程式"と言われ、日本中を沸かせたマイケルが実家のあるメルボルンに帰国したところをキャッチ。日米豪と3カ国で活躍してきたマイケル選手に彼の歩むベースボールライフを語っていただいた。

パ・リーグ完全制覇、日本シリーズ優勝、アジア杯優勝、そして個人としてはリーグ最多セーブ王のタイトル獲得など、すばらしいシーズンをおくられましたが、まずは率直な感想からお願いします。

一言でいえば「ドリーム・シーズン」でした。夢のようだ。チームとしても個人としても、とても充実した1年だった。今年の日ハムには勢いがあって、とにかくチームの"絆"がグレイトだったよ。そして個人的にも"クローザー"という初のポジションを任せられ、一投手としてエスタブリッシュできた年だと思う。

2006年、一番印象に残ったゲーム、またはエピソードを教えて下さい。

そうだね・・・素晴らしい年だったから、ひとつに絞るのはなかなか難しい。新庄の逆転ホームランでプレーオフが決まった瞬間、福岡ソフトバンクを抑えてパ・リーグ優勝を果した瞬間、そして中日ドラゴンズを破り日本シリーズを獲得した瞬間。どれも譲れないほど素晴らしいゲームだったよ。

3回ものビールかけを経験したのですよね。

3度目のビールかけはやはり1回目より意気込みがなかったね(笑)。

そして忘れてはいけないアジアシリーズ制覇。マイケル選手にとっては2000年のシドニー五輪以来の国際試合となりましたが、どうでしたか?

日本一を勝ち得た後の試合だったので、メンタル面ではかなり難しかった。フィジカル面はトレーニングを欠かさないことでキープできたけど(選手としてのあたりまえだけどね、笑)、一度あげた テンションを再度あげる、これは容易でないことを今回実感させられたよ。アジアの王者を決める大会だけど、やはり日本シリーズに替えられるものはないと思う。

マイケル選手はクローザーとして想像しがたいプレッシャーを毎ゲーム受けていると思いますが、どんなピンチにも動じないその精神力はどうやって維持しているのですか?

10対1も、1対1も、僕にとっては単なる数字で、勝ちたいという気持ちはどんな試合でも変わらない。1点差でも8点差でも、1球1球を集中して投げることを心がけている。ストッパーに失敗は許されない。Can't have a bad day! プレッシャーは常にあるもので、それをどうするかがポイントだと思う。僕の場合、試合の30分前から集中モードに入る。ヘッドフォンをつけて音楽を聴く。ベンチ入りしたら誰とも口をきかないでとにかくゲームに集中。チームメイトもそれを承知してくれているからみんな僕をそっとしておいてくれるんだ。自分のやり方を一貫することでプレッシャーを跳ね除けているといったらいいのかな

どんな曲を聴かれるのですか?

スポーツ選手ってヘヴィーメタルやラップなどを聴いて"パンプアップ"すると思われがちだけど、少なくとも僕はメローな曲を聴いている。ラブソングじゃないよ(笑)。クリードやサードデーなど、クリスチャン的音楽で精神を統一して、冷静で安定した状態でスタンバイしている。

日ハムはグラウンドでのパフォーマンスが話題となりましたが、これについてどう思われましたか?

最高だね。僕自身、今話したように試合中は自分の世界に入り込んでいるから残念ながらパフォーマンスに参加することはできなかったけど、チームと観客を盛り上げることは本当に重要。新庄は本当に最高な選手だった。ある意味、彼は各メディアによる重荷を背負ってくれたんだ。新庄の場合ベースボールプレイヤーが野球をしているというよりも、「エンターテイナーが野球をしている」と言ったほうが正しいかもしれない(笑)。彼は選手としてまだまだやっていけると思うし、引退はもったいないと正直に思う。でも彼はこれからも華やかな道を歩むと思うよ。

11月18日には札幌で日ハム優勝パレードが行われましたが、その時点でマイケル選手はオーストラリアに帰国されていたのですよね?

そうなんだ。もちろん参加したかったけど。オーストラリア行きの飛行機が19日から27日まで満席で・・・。2週間も札幌で何をしていいのか・・・(笑)。早く帰国したかったからね。

シーズンオフはメルボルンで過ごされるのですか?

そうだね。地元でリラックスしようと思ってる。やっぱりここが一番落ち着くよ。

トレーニングは?

もちろん、今は週3回。でも年末に向けて週末を除く週5回に切り替えるよ。5時に起きてまずはジョギング。ストレッチをしてから6時にジム入り。ケガ防止のためにもバック・エクササイズやヨガ、ピラティスなども欠かさずやっているよ。

オーストラリアのどんなところが恋しくなりますか?

家・車・ゴルフ(笑)。やっぱり広々とした家がいいね。

日本での生活には慣れましたか?

そうだね。父が日本人だからさほど驚くことは無かったよ。家に上がる時は靴を脱ぐ、礼をするときにはおじぎする。ちゃんとマスターしているよ(笑)。日本語は「メチャメチャ」だけどね(笑)。通訳さんもいるし、チームメイトも僕が言いたいことをちゃんと理解してくれるからコミュニケーションには問題ないよ。

今お父さんの話がでましたが、聞いた話ではお父さんがグローブとボールを買ったことからマイケル選手のベースボールライフが始まったと・・・?

そう、今でも憶えているよ。あれは10歳の頃。父とのキャッチボールがすべての始まり。

いつ頃、プロ野球選手になりたいと思ったのですか?

14歳くらいの頃かな・・・。他の子よりもスキルが上であることに気づいたのもその頃。ちょうど一緒にプレーしていた16とか17歳の先輩達がプロ契約を交わし始めた頃で、プロ選手に凄く憧れたよ。

それでアメリカに?

そうだね。でも実はアメリカよりも父の祖国、日本でのプロ入りをしたかったんだ。でも"オーストラリアの野球選手"だとなかなか認識されなく・・・。で、父にも「大学だけは出ておけ、野球で食べていけるとは限らない」って言われたので、まずは大学へ。でも野球が目的だけどね(笑)。でも最終的にはよかったよ。こうして日ハムに入れたし。

日、米、豪と3カ国でのプレーの経験がありますが、そのプレースタイルの違いを教えてください。

まずはオーストラリアの野球スタイル。コピースタイルって言ったらいいのかな(笑)。悪く言うわけではないけど、まだ独自のスタイルがない。アメリカや日本のスタイルを真似しているのがオージーの野球スタイル。アメリカはパワースポーツ。でかくて、マッチョな彼らが打てばもちろんホームランになるでしょ(笑)。とにかく打ってホームランを狙う、それがアメリカンスタイルだね。そして日本。日本はディフェンスがしっかりしていて、基礎もしっかりできている。打者に関しては、パワーではなく"狙い"かな。常にランナーがベースに出ている、それが日本スタイルだね。でも野球のレベルで言えば、日本もアメリカも同レベルだと思うよ。

04年のアテネ五輪ではオーストラリアが日本を倒しましたが、予想外でしたよね?

そうだね。でも日本対オーストラリアの試合が10回あったとすれば、日本はきっと9回は勝つと思うよ。それだけ日本の野球はすごい。それに野球はスポーツだから何が起きるか分からない。それに最近では野球がマイナーであったオーストラリアからぞくぞく有望選手がでてきている。阪神タイガーズのリリーフを務めるトリオ、"JFK"の"J"を務めるジェフ・ウィリアムズなどダウンアンダーもこれからだよ。

最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。

いつも応援・サポートありがとうございます。オーストラリアからもたくさんのメールやメッセージが届きました。そして、野球選手を夢みるお子さんを持つ方、ありとあらゆるチャンスを与え、夢を追わせて下さい。

プロフィール: 1976年生まれ。日本人の父とオーストラリア人の母を持つ。奈良県出身。3歳で渡豪。プロ選手を目指し、サウスアラバマ大に入学。ミネソタ・ツインズ、トロント・ブルージェイズのメジャー2球団を経て04年ドラフト4位で北海道日本ハムファイターズに入団。変則的なサイドスローと"魔球カーブ"を武器に06年パ・リーグシーズン最多セーブ新記録を達成した。

公式WEB

www.ballplayers.jp/micheal/


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