シドニーが生んだタイの国民的歌姫 パーミー | Cheers インタビュー
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    シドニーが生んだタイの国民的歌姫

    タイで絶大な人気を誇る国民的歌姫、パーミー。圧倒的な歌唱力とエキゾチックなルックス、そして独特の魅力をもつ笑顔がタイの若者の心を奪い、今や誰もが彼女の存在を知るようになった。タイを拠点にアジア各国で活動するインターナショナル・ディーバーが、多忙なスケジュールの合間を縫って来豪。中・高時代を過ごし、彼女のシンガーとしての道を切り開いた土地、シドニーでの初ライブを前に、これまでの道のりを語っていただいた。

    「大好きな音楽のため努力は惜しまない」

    シンガーとしての道を切り開いたシドニー

    1981年8月7日。タイ人の母とベルギー人の父のもと、将来タイのトップシンガーとなるべく女の子、パーミーが産声とともに誕生した。物心がついた頃から歌を口ずさみ、幼くして歌うことに情熱を持つようになったパーミーは12歳で来豪。英語環境に触れてほしいという親の強い希望で、母が働くシドニーへと移住した。学校では美術を専攻し、展覧会や博物館、画廊を訪れることが日課となり、タイには無い新しい刺激を毎日のように受けた。

    「オーストラリアのアートはタイのものとはまったく違い、驚かされました。私のアートに対する感受性が高まったと思いますし、この国で耳にした音楽は私がそれまでに知るリズムや歌い方に多大な影響を与え、今に生かされていると思います」

    友達と毎日のようにカラオケやCDショップに通いつめ、あらゆるジャンルの音楽に入り浸る中、歌手の道へ進むことを決意。その日から1人での猛練習が始まった。夜が更けるまで歌い続ける中、パーミーは「(歌の)タレントだけが成功の鍵ではない」ということに気づかされ、さらなる努力を重ねる。

    「とにかくたくさんの音楽を聴くように心がけました。ジャンルを問わず様々な音楽を聴くことは今では日課となっています。ある特定の音を出す練習を繰り返し、自分が心地よく発声できるテクニックを見つけ出すことに没頭していました。タイの音楽も、洋楽も聴きました。しかし当時は『クランベリーズ』(アイルランドのロックバンド)が大好きだったのでどちらかというと、ロックやオルターナティブ・ポップに偏っていたかもしれませんね」

    自分の力を信じ努力を惜しまない

    来豪して5年が経過する頃、家庭の事情でタイへ帰国することとなったパーミーは、自作自演のテープを手に、タイの最大手レコード会社「GMM Grammy PCL」に乗り込んだ。洋楽的エッセンスを取り入れたオリジナリティ溢れる音楽は好印象を与え、傘下レーベル「RPG」の所属が決定。ファーストアルバム『パーミー』の製作に打ち込んだ。

    「初めは決して華やかな道ではありませんでした。生活していくため様々なバイトを掛け持ちし、苦闘する日々が続きました。また、それまでは単独で行動し、練習をしてきましたが、アルバム製作にあたり、チームとしての仕事スタイルや進め方にも慣れる必要がありました」

    自分の力を信じることを母親から教わったパーミーがあきらめることは決してなく、歌手としての夢を実現させるため、全てをこの1枚のデビューアルバムに託した。 アルバム1曲目の「ヤートゥ・ロン・ダン・ダン(大声で歌いたい)」がパイロット曲としてラジオから流れ始めると同時に、思いもよらぬほどの問い合せが殺到。これまでタイにはなかったアコースティック・テイストあふれるポップなサウンドには、オーストラリアで得た洋楽感覚が入り混じり、またバンドをバックに淡々と歌を披露する彼女のステージは、アイドル性と歌謡ショー的な要素が重視されるタイではとても新鮮だった。裸足でステージを駆け巡り、体全体で歌を自由に表現する独特のパーミースタイルと、 70年代を彷彿させるボヘミアンでヒッピーな個性的なファッションセンスも人気の秘訣となった。今やタイのカリスマ的ファッションリーダーとして若者を引っ張る存在となり、2004年に日本デビューを果たした際には各メディアより「タイの浜崎あゆみ」と謳われた。

    「正直、ここまで私の音楽が受け入れられるとは思ってもなく、圧倒されてしまいました。私は名声と富のためではなく、自分が愛する音楽を追求し、より多くの方と分かち合いたくこの業界に入りました。その音楽が受け入れられたのは光栄だと思います」

    デビューアルバムで空前のヒットを記録し、瞬く間にタイ音楽界の頂点へと登りつめたパーミーだが、決して派手な生活を送るわけでもなく、公共の場では特に、自らの発言や行動に気をつけているという。

    「大切な家族や友達を傷つけないため、そしてファンの良きお手本であるため、これは私に与えられた義務だと考えています。もちろんそうしたいという個人的な思い入れや経験もあります。近年メディアというものは多くの人々と社会のあらゆる面に大きな影響を与えています。ある意味諸刃の剣だと思います」

    そんな彼女が本誌インタビューを受け入れてくれたことは喜ばしいと同時に、言葉ひとつ一つに気をくばりながら質問に答えるパーミーの視線は、ただの歌手ではなく、プロとしての論理をしっかりと踏まえた女性であることをうかがわせた。

    世界を視野に活動する

    冬ソナ関連のK-POP(韓国ポップ)や女子十二楽坊(中国の古楽器演奏女性音楽グループ)の大ヒットに続き、T-POP(タイポップ)の人気が急上昇している日本。女性ポップシンガー、タタヤンやブラオイ二ーをはじめ、タイ・ヒップホップグループ、マフなど、T-POPアーティストがぞくぞくとデビューしていく中、パーミーも2004年に日本デビュー。上陸ライブではアップテンポな曲から、ドラマティックでハードなロックナンバー、そして切ないスローナンバーまで幅広く披露し、さらには大好きである宇多田ヒカルの『SAKURAドロップス』やクランベリーズの『ゾンビー』、エヴァネッセンスの『ブリング・ミー・トゥ・ライフ』を熱唱。ジャンルや言語を問わないパーミーワールドに、観客は釘付けになると同時に彼女の計り知れない歌唱力を目の当たりした。訪れた多くのプレスも大絶賛、彼女の知名度と人気はもはや不動のものとなった。

    「日本の方たちは、たとえタイ語が分からなくても私をとても温かく受け入れてくれました。その感謝の気持ちも込めて日本盤のリリースを決意しました」

    タイでリリースされた2枚のアルバムから選りすぐったベストな選曲で製作された日本独自のアルバム、『パーミー』(ユニバーサルインターナショナル)。彼女の音楽をより一層理解してもらうために、ローマ字による歌詞カードと対訳も添えられた。

    「将来は日本のプロデューサーとコラボレートし、日本人ファンのため、日本語の曲がリリースできたらと考えています。熱狂なファンも多く、ファンレターはもとより、昨年タイでリリースした3枚目のアルバム『ビューティフル・ライド』のリリース・コンサートには遥々日本から駆けつけてくれたファンの姿もありました。日本ではチャンスがある限り活動を続けたいと思っていますし、日本に限らず世界を視野に歌い続けたいですね」

    3年ぶりとなるアルバム『ビューティフル・ライド』を引っさげて来豪したパーミー。シンガーとして開花したシドニーでの初ライブが待ちどおしいと言う。

    「3枚目のアルバムをリリースしてからは、プロモツアーでタイの各地を駆け巡るハードなスケジュールが続きましたが、ツアーも無事終わり、4枚目のアルバム製作の合間を縫って海外ライブが実現することとなりました。シドニーでタイレストランを営む知人からの熱いお誘いを受け、今回のライブが決定したのですが、母も友達もいるこの土地で歌えることは私にとってボーナスです。愛する人たちと過ごすことは、私にとって電池を充電するようなもので、ハードなスケジュールに向けての準備期間でもあります」

    年に一度は母親や友達に会うため来豪するパーミーだが、毎回欠かさず訪れるのがシドニーの‘ファッション・セントラル’と言われるニュータウンやパディントン。ヴィンテージ物が特に好みで、雑誌やストリート・ファッションからアイディアを得て自分のキャラクターに合った、そして着心地が良いものを選ぶという。普通の女の子のように「友達と出かけ、大好きである博物館や動物園を訪れたい」。しかし、ここまで頂点に登りつめると常に時間に追われてしまうのが現実。

    「私がこれまで得た最大の教訓は、『どのキャリアを選んでも、同等に厳しく、常に不測の事態を予測しなければならない』ということです。デビューしたての私の経験と能力はとても限られたものでしたが、多くの方に支えられながら、幸運にもたくさんのチャンスもいただき、この業界で6年目を向かえることができました。これまで得た貴重な経験は、私が選んだ道、愛する音楽を続けることを可能にしてくれると思います。そして日本のファンの皆さん、いつも温かいサポートをありがとうございます。アルバム『ビューティフル・ライド』は私たちチームが精を出して努力した自信作ですので是非聴いてくださいね!」

    (文中敬称略)

    ロング・ヘア、ブレスレットに鼻ピアス。穏やかな美しさに満ちた25歳が歌手の道を決意した土地、シドニーでその成功を披露する。たとえタイ語が分からなくても、彼女が奏で出すメロディーと洗練された笑顔に吸い込まれることは間違いないだろう。

    Palmy
    First Live in Sydney (終了しました)
    8月19日(日) 9PM~ The Metro Theatre 624 George St., Sydney 前売$49、当日$69 前売券購入先:Eden Education & Migration Centre Shop19 / 477 Pitt St., Haymarket Tel:02 9212 4891 info@eden-education.com

    Palmy

    1981年8月7日生まれ。タイ人とベルギー人のハーフ。12歳で来豪し、タイにはない新しい刺激を受けながら、愛すパーミーる音楽の道を進むことを決意。その後自作自演のテープとともにタイへ帰国し、最大手レコード会社「GMM Grammy PCL」に乗り込む。2002年12月にアルバム『』でデビュー。「ヤートゥ・ロン・ダン・ダン(大声で歌いたい)」が空前のヒットとなり一夜で大スターとなる。2003年7月にはセカンドアルバム『ステイ』を発表。2004年、日本デビュー。2度の来日公演を果たし、日本語盤アルバム『パーミー』もリリース。2006年、3枚目のアルバム『ビューティフル・ライド』をリリース。好きなアーティストはべス・オートン(英国)、ビック・ルンガ(ニュージランド)、クランベリーズ(アイルランド)


    August 2007 RHYTHM8月1日号 掲載

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