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Cheers インタビュー


結成から祝20周年! 充電期間からノリノリEDMで復活を遂げた非凡な2MC&1DJ

27/02/2014


 

 

結成から祝20周年! 充電期間からノリノリEDMで復活を遂げた非凡な2MC&1DJ

 

聴覚を刺激する変幻自在なラップを放つポチョムキン(左)、固く踏まれた韻から展開される硬質ラップのYOSHI(右)という対照的な2MC。打ち込みとオリエンタルな音感がビートを基調とするトラックメーカーGP(中央)。2000年前半のヒップホップ・シーンに大きな足跡を残し、突然の活動停止から、飛躍的な進化を遂げて蘇った餓鬼レンジャーに迫る。

 

 

 

まず1994年に餓鬼レンジャーが結成されたわけですが、それ以前にミュージシャンとしての兆しはあったのでしょうか。それぞれ影響を受けたアーティストはいらっしゃいますか?

 

YOSHI(以下YO):中学では吹奏楽部でトロンボーンを吹き、高校ではBoøwyやユニコーンなどのロックバンドが好きな目立ちたがり屋でした。元気が出るテレビのダンス甲子園にハマってロッキングを踊ったり。スチャダラパーの「ゼルダの伝説」のCMを見て衝撃を受けたり。見たことのない動きや聴いたことのない音楽に影響を受けました。

ポチョムキン(以下ポチョ):きっかけは?と聞かれたら、DJジャジージェフ&ザフレッシュプリンスっていう、当時ウィル•スミスがラップをやっていたグループのパーティーソングが凄く好きで、クラブでよく聴いていました。

GP:僕もダンス甲子園がきっかけでヒップホップに興味を持って、その延長でDJを始めました。MPCを買って、そこから試行錯誤でオリジナルトラックを作ることを始めて、サンプリングするためにソウルとかファンクとかのネタを集めて。少しずつ色々なことに興味を持って今に至るって感じですかね。

 

 

餓鬼レンジャーの始まりはどのようなものだったのでしょうか。

 

YO:熊本の大学時代、地元のダンスレベルが高すぎて「ダンスは駄目だな」とダンスは諦め、韻を踏むラップ遊びから入りました。サークルを作ったタイミングでポチョ(ポチョムキン)が入学してきて、声をかけたのがすべての始まりです。そのサークルにはダンサーやDJも複数、MCもたくさんいて。チャラいマハラジャとかで歌っていたんですが(笑)、そのときのリーダーがあまりにも独裁者的でついて行けず…。ある日、「俺、辞めたいです」って言ったら、「僕も…」「僕も…」と続き、結局リーダー以外全員辞めまして(笑)。その後DJ3人、MC5人で再度集まりました。すぐさまクラブ熊本の主催者が「フライヤー作るから、グループ名変わるなら早く決めてよ」と即されて、アルバム『ラッキー・ボーイズ』のイントロにゲストで参加してくれたくりぃむしちゅーの上田さんのセリフの「辞書をパラパラめくり指をさしたところが餓鬼」で、できたのが「餓鬼レンジャー」です。


 

1998年、インディーズからミニアルバム『リップ・サービス』をリリースし、まだ東京が日本語ラップの中心だった時代に九州からその存在をアピールして注目を集めました。リップ・サービス・モンスターは今聴いても色あせないチューンのひとつですが、このときの手応えはどうでしたか?

 

ポチョ:ローカルを飛び出たって印象はありました。その当時では僕たちのようなグループはまだ珍しくて早かったんだと思います。アイデアが斬新でよかったのか、ライブが増えましたね。とは言え、今聴くとあのアルバムそんなによかったかな?と思いますが。

 

  

 

フロウのアイデアやライミングはどのようにして憶えたのでしょうか。ラッパーと言えば普段からメモ書きをしたりして貯めたりするイメージですが。

 

YO:キングキドラのアルバム『空からの力』と、ライムスターの『口からでまかせ』。この2枚を教科書のように扱い、一小節ごとに歌詞に斜め線を引き、韻を踏む場所にハイライターでラインを引いて、受験生のように勉強しました(笑)。ラッパ我リヤの変則的な硬いラップの踏み方も参考にしてみたり。今でもアイデア帳、リリック帳、ライム帳の3冊を駆使しています。韻に関してはまさに言葉の科学、パズルとして考えていますね。

ポチョ:僕の場合はスマホとかで貯めてたネタって意外とロクなものがなくて、実際使えるものがほとんどなかったですね。

 


GPさんは曲のインスピレーションはどのようなときに受けたりするものなのでしょうか。

 

GP:ジャンル問わず聴いてて「これいいな」て思うポイントは、メロディーや音色とかですかね。人がやってないようなものや、リズムのいいドラムにも反応しますね。ラッパーの2人と違うのは、僕の場合、全体の音として楽曲を先に聴く癖があるかな。

 

餓鬼レンジャーの最初のレコーディングがポニーキャニオンからデビューした女性シンガーTeeとの曲でしたが、GPさんは、当時その曲をラジオで聴いて、彼らの才能をどのように感じましたか?

 

GP:衝撃でしたね。正直、Teeの曲はほとんど覚えてないんですけど(笑)。当時まだジャパニーズヒップホップで、自分たちのオリジナル音源を世に出すっていうのが難しかった時代ですから、単純に凄いなと思いました。

 

 

餓鬼レンジャーから見てGPさんが所属していたチルプロダクションをどのように思っていましたか?

 

ポチョ:トラックを作ることがまだ珍しかった時代に、DJとしての活動だけではなく、曲をどんどん制作していけるクルーで、楽曲制作に対する意識が高かったという印象を持っていました。2001年1月に「火の国SKILL」をリリース。さらに同年5月には「火ノ粉ヲ散ラス昇龍」でビクターよりメジャーデビューを果たします。この頃にGPさんとDJ High Switchさんが正式加入ということでしたが。

YO:実はふたりが入る以前にDJ KOGAというオリジナルのDJがいたんですが…忘れもしない名古屋でのライブ直前に、彼から「話がある」と呼び出されて。そこで「俺、今日でDJやめるから…」と突然の告白をされました。決意は固いということで引き止めることなく、そのままDJを失いまして(笑)。そこでかねてから「作る音もカッコイイし、人柄もいい」とポチョと話していたチルプロダクションのGPを福岡のイベント会場にあったファンキーカフェ2階のVIPルームに招きました。そのときの誘い文句は今でも覚えていますが、「力を貸してほしい。完全に餓鬼レンジャー側に集中してほしい。もしかしたら餓鬼レンジャーのDJになることによって、プラスだけでなくマイナスな面も出てくるかもしれない。それでも決断して我々に力を貸してくれるなら、ぜひ協力してくれ」と、頭を下げました。

GP:当時は10人体制のクルーでリーダーをやってたのですごく悩みましたが、単純に餓鬼レンジャーが好きだったし、なにより音を求められるっていうのは嬉しかったです。僕自身も勝負したいという気持ちがあったので。また違う形で、もとのメンバーともフックアップできればという思いもありました。

 

 

2001年にメジャーファーストアルバム『UPPER JAM』をリリース。オリコン16位を記録した同アルバムは、KEN-1-RAW、M.O.S.A.D.、ラッパ我リヤ、RYO the SKYWALKERと豪華ゲストを迎えて、21曲と濃い内容に仕上がっています。日本のヒップホップの頂が見え始めた頃だと思いますが、当時の心境は?

 

YO:『UPPER JAM』を作っているときはメジャーという環境で、すべての経験が新鮮でした。スタジオ設備がしっかりしているし、マネージャーさんがいつもお菓子とか大量に買ってきてくれるし。「スゲーな!毎回弁当出るのスゲーな!」みたいな。売れる売れないは度外視でただ純粋にかっこいいものを作りたいという意識のもと4人が集まって、宿泊先とスタジオを往復しました。これが歴史的な一枚になるとかいう思いはなく、餓鬼レンジャーにとっての貴重なファーストアルバムを作りたいという気持ちだけが強かったです。

ポチョ:『UPPER JAM』と『DA-PONG』でブラスト(ヒップホップ専門音楽雑誌 2007年3月休刊)の表紙をやらせてもらったんですけど、もともとそんな王道な感じじゃない餓鬼レンジャーがこんなことになって…ブラスト大丈夫かな?って思いましたね。「いいの〜?」っていう(笑)。やっていることに自信はあったけど、シーンの真ん中にいるイメージはなかったので、そういう評価を受けることに驚きはありました。きっとここから勘違いし始めたんでしょうね。

GP:加入して間もない頃でしたので、その当時はすべてが新鮮で刺激的でした。「これが全国のみんなに届くんだな。シーンに凄いものを届けたい」と思いながら作ることが幸せでした。もともと地方でやっていたから、そんな気持ちになることはなかったので。当時、新宿御苑のバズーカスタジオって、キングキドラやライムスターが使っている聖地だったので、そこにいることに興奮していました。

 

 
ヨシさんが格闘技(特にプロレス)好きということは有名な話ですが、「ラップ・グラップラー餓鬼」は、その気持ちから実現したのでしょうか。板垣恵介先生とは実際にお会いしました?

 

YO:30分枠になった今でも新日本プロレスは録画してかかさず見ていますが、ある日ポチョからちょっと興奮気味に「凄いアイデア思いついた」って電話がかかってきて。「グラップラー餓鬼ってどう思う?」という言葉を耳にした瞬間、頭の中のいろんなパズルがハマって「これはヤバい」となりました。早速格闘技ネタに、自分たちの心境を上手く絡めて曲を作りました。そしてジャケットを書いて頂くために、板垣先生のアトリエにお邪魔しました。入口では2メートルくらいの熊の剥製が出迎えてくれ、待ち合い室には世界中の武器が飾ってあったり、世界中の格闘技の本や医学書などがずらりと並んでて驚きました。板垣先生に「どの格闘技が一番強いと思う?」って質問されて「相撲…」って答えた記憶があります。そこから突然先生のシャドウボクシングが始まったり。ジャケットにそれぞれのキャラクターを書いて頂いたんですが、High Switchのイラストだけが「これただの妖怪やん」ていう感じでした(笑)。

 

 

 

「MONKEY 4」でインリンオブジョイトイとの絡みがありますが、このPVにはどのような目論見があったのでしょうか。

 

YO:これもポチョの先を見通す優れた感覚で、その頃ちょうどインリンがブレイク寸前で、ポチョに「インリンを今使わなくて、いつ使うの?」って言われて…。

ポチョ:あの、好きだったんですよね。グラビアでインリンが好きで、レコード会社の人に「出てもらったりできないですかね?」って言ったら話が通って。「会いたかった」とかそういうレベルの話だったんですけどね。

 

 

餓鬼レンジャーのトラックといえば、シリアス系から陽気なものまで、いろんな引き出しを持っているイメージですが、GPさんはどの楽曲のトラックメイキングが特に思い出深いでしょうか。

 

GP:やっぱり最初に絡んだ「クチコミ5000」と「火ノ国SKILL」のリミックスですかね。一発目だったし、あれに関してはすごい悩みました。当時はサンプリングメインのヒップホップが当たり前だった時代に対して、シンセを使って新しいことできないかなっていうオケだったので。オリエンタル要素を入れてできたのが「クチコミ5000」でした。そういう意味ではひとつのキーワードになったし、すべての始まりになったと思います。


 

2005年の『GO 4 BROKE』以降、餓鬼レンジャーでの活動がストップしたように思いますが、この時期から再活動までの7年間はそれぞれ何をされていましたか?

 

YO:大阪に住んでいました。なぜ餓鬼レンジャーをやっていなかったのか今でもよく覚えていないんですが…(笑)。ポチョがドスモッコスをやっていたり、GPは他の色々なアーティストのサウンド作っていたり、僕もやらなきゃってことで、大阪でULTRA NANIWATIC MC’Sをやっていました。

 

 

ULTRA NANIWATIC MC’Sはヨシさんが結成されたんですか?

 

YO:WORD SWINGAZというグループのMC MISTA O.K.Iと僕が地元が一緒で、グループで何かやりたくて。彼がSHINGO☆西成を、僕が446(よしろう)ってアーティストをそれぞれ誘って結成しました。その後、音楽自体に前向きになれなかった時期もありました。レコード会社を立ち上げて完全に裏方側に回りたいと動いたり、自分の中でアーティストとしての限界を感じ、音楽とは離れた世界で生きようと考えたりもしました。子供が生まれ結婚して普通に働いて。アイデア帳も歌詞を書くために揃えていた本も資料も、日本語ラップのCDも一度全部捨てました。今むちゃくちゃ後悔してますけど(笑)。そんなときでも、ちょくちょくポチョが連絡くれて、「仕事の調子どう?」「こういうことやってみない?」と誘ってくれてたことを覚えています。ただ僕の方がそのテンションになれなくて。その頃はメンバーにもファンにも迷惑かけたと今でも感じています。


 

GPさんは遊助さんの楽曲プロデュースなど、ポップ・フィールドでも活躍されていますよね?

 

GP:その前までは結構ギリギリな生活していましたね。色々プロデュースはしましたけど、自分も「この先どうしようか」と考えているときではありました。ポップをやったのは遊助さんが初めてですね。

 

 

ポチョムキンさんは、ソロアルバム『赤マスク』を出したり、作詞家活動をされたり多角的な活動を展開していましたね。

 

ポチョ:『赤マスク』までは「DOSMOCCOS」だったり「随喜と真田2・0」だったりで活動してました。あと、ヨシ君の作ったレーベルで自分がトラックを作って、ラッパー集めてアルバム作ったりとか。なんだかんだでライブとリリースはずっと続けていましたね。


 

各地方都市のラッパーをフューチャーするという企画で始まった「大阪UP」のリミックス「熊本UP」を見ると、非凡なスキルの高さを感じます。これには自発的に参加されたのでしょうか。

 

ポチョ:最初は昭和レコードさんから餓鬼レンジャーにオファーがありましたが、結局熊本はポチョムキンがやってくれってことになり、昭和レコードのSHINGO☆西成さんのトラックをやってるDJのFUKUちゃんのスタジオで収録しました。


 

ヨシさんの2バース目が聴きたいという声がありますが、作る予定はありますか?

 

YO:ポチョが言うとおり、もともとは餓鬼レンジャーでラップしてほしいと話しが来てたんですが、自分の出身地や現在の住んでいる環境を考えたときに、熊本の素晴らしさを自分が伝えるとリアリティーのない歌詞になるかも?と感じてしまったんですね。なので自分は「728UP」っていう別バージョンで大阪の北摂地区のことを歌っています。ただ、餓鬼レンジャーで考えれば、熊本が誕生の聖地ですので、熊本に対する想いは強いですし、楽曲などは何かの形で発表できたらいいですね。


 

2010年に「Japanese Chin ~貝より犬より椅子になりたい~」が配信限定でリリースされました。7年越しで戻ってきた待望のリリースであえて、女王様のシャウトが響くエロエロチューンを持ってくる辺りが餓鬼レンジャーらしいなと思いましたが。

 

GP:この頃は餓鬼レンジャーとしての活動もなく、ブログも更新しない状況で、グループとして方向性をいよいよ考えていた時期でした。ただ「解散します」って終わるより、最後なんか1曲作って終わろうかっていう気持ちで作りました。だけど内容に関しては解散する感じにまったくならなかったっていう(笑)。

YO:ポチョと曲の内容について喋ってて「いいか。みんなが変態的に見ているSMは、本当は高貴な遊び方なんだよ! 選ばれた人しか味わえないんだよ!」となぜか力説しているときにできた楽曲のような覚えがありますね(笑)。

ポチョ:ようは7年ぶりに曲を出すということで、餓鬼レンジャーが困らず書けるのは、これしかないだろっていう感じで作りましたね。


 

 

続いてスペースシャワーTV内のコーナー「ナンダコーレ」にて「COFFEE SHOP」が話題になりました。ここでも純粋にエロを表現していますね。

 

YO:「Japanese Chin」以降で、復活への意識が固まりまして、凄く前向きな気持ちでいた矢先のナンダコーレでした。撮影前にポチョの家で朝まで飲んで語り合い、寝ないで撮影にいった状態で、完全に理性が潰れ、本能的にあの演技ができました。自分の顔芸を見て「こんな新しい才能があったんだ」って気づかせてもらいましたね。

 


2013年5月にキャリア初となるベストアルバム『Weapon G』をリリースし、餓鬼レンジャーの正式な活動が再開しました。新曲の「まずは空手チョップ」や「SHORT PANTS」はとても乗りやすいトラックに仕上がっていますね。

ポチョ:「まずは空手チョップ」というタイトルと、こういうフックでっていうのをGPに伝えたらあのトラックをあげてくれました。バースは働いていた職場の上司のディス。ミクロがマクロに伝わればいいなっていう、みんながすっきりできるようなバースになればという思いで作りました。そのときの上司に空手チョップ。正確には○島っていう眼鏡の上司がいて、後に120万円横領して店を首になったという悪い奴の話ですね。


 

そして15周年を期して登場した『ULTIMATE 4 TRACKS EP to KIDS RETURN - EP』ですが、今回のインタビューの動機ともなった「TACO DANCE」が収録されています。陽気でボリウッドなイメージを受けましたが?

 

ポチョ:頭を空っぽにして踊れる曲をやりたくて、餓鬼レンジャーにはレゲトンとかラテンのテイストが合うなと思って提案しました。そしたら今っぽいサウンドにバージョンアップしたというか、何とも言えない独特なサウンドをGPがあげてくれて。ボリウッドを連想させる言葉も入っていますが、PVの印象が強いですね。これはスタジオ石から「インド映画っぽいのやりましょう」という提案でした。
 

GP:もともとタコ踊りっていうテーマでずっとやっていたので、それをまとめた形ですね。やっぱり日本人はタコ踊りが好きじゃないですか。ヤンキーも車でやるしお祭りでもやるし。馬鹿騒ぎ感を表現してみました。  

YO:ユーチューブのコメントで、他の曲に比べると、なぜか外国の方からのコメントが多いんです。意味がわからなくてもサウンドやビジュアルで伝わるのかなと嬉しく思って、英語のコメントを和訳で調べたら「そういえば俺、昔タコ飼ってたよ」というどうでもいいコメントも中にはありました(笑)。

 


 

国内で下から出てくる気になるアーティストはいますか?

 

GP:チェリーブラウンとか好きですけどね。

ポチョ:フラッシュバックスのFEBBとか。あと、ライブ凄いなって思うのは鎮座ドープネスとか。下からっていう意識はまったくないですけどね。

YO:僕は自分のことで精一杯ですね(笑)。


 

韓国のKヒップホップがオーストラリアのテレビでも流れていて、アジアを代表とするような立ち居地で紹介されています。Kヒップホップをどのように捕らえていますか?  

 

GP:韓国は海外を意識するのが早かったですね。例えばBIG BANGもアメリカのプロデューサーのテディー•ライリーとかウィル•アイアムと組んだり、ソロでミッシー•エリオットとやったり。日本もスキルの高い若いアーティストは多いです。なので素晴らしいアーティストには国も含めてバックアップしてほしいですね。そういう意味では色々と意識がまだ低いのかな。オーストラリアはチャレンジしてみたいですね。春くらいに出すアルバムは言語を超えて聴いてもらいやすい作品になる予定です。「SHORT PANTS」とか、「TACO DANCE」路線のEDMなサウンドでノリノリなものが多いので、そっちでも試してみたいですね。


 

では日本の枠組みを越えて世界にチャレンジする意識はありますか? 例えば、オーストラリアでライブする機会があれば来ていただけますか? 

 

全員:もちろんです! ぜひ!

GP:オーストラリアの日系コミュニティやローカルの前でライブして、肌で感じてまた成長したいですね。意識も変わるだろうし。餓鬼レンジャーはまだ海外でライブしたことないのでそういう場所にどんどん行きたいですね。世界展開を考えながらこれから曲作りをしていかなきゃいけないですね。

YO:自分自身が音楽をもう一度やるって決めたときに、成功するか失敗するかっていう結果には、あまり意味がない、今は自分がもう一度チャレンジして次の景色を見にいくっていうことに意味があるって考えたんです。だから、チャンスを頂けるのなら、オーストラリアでライブももちろんやりたいです。まず何事も経験したいっす。やらないことで後悔はしたくないですから。なので、前もって言っていただければ、大至急、パスポートを取りにいきます(笑)!


 

必ず実現できるようにします。最後にオーストラリアに住む日本人にメッセージをお願いします。 

 

ポチョ:いつかオーストラリアで、日本語丸出しのラップをやりたいなと思っています。なのでお会いすることがあれば、そのときは宜しくお願いします。

GP:早くみんなに会いたいし一緒に乾杯しましょう。僕らも日本で、世界に届けられるような音楽を作るので、どうぞ応援宜しくお願いいたします。

YO:まず、福岡のLinQっていうグループとフューチャリングで、九州を盛り上げる曲「YOKA YOKA BABY」が2月19日に配信されますので、ぜひチェックしてみてください。そして次期に発表されるであろう「餓鬼レンジャーライブ オーストラリアツアー」のさいには、例え次の日仕事があったとしても、その日は嫌なことも全部忘れて、みんなでドンちゃん騒ぎしましょう!

 

 

 

 

餓鬼レンジャー


 

ポチョムキン、YOSHIとトラックメーカーGPの2MC1DJ。2000年代前中盤から現在にいたるまで日本のヒップホップ・シーンに大きな影響を与えるグループ。1994年にポチョムキンとYOSHIが中心となり結成。1998年にインディから『リップ・サービス』をリリース。2001年にGPとDJ High Switchが正式加入(現在はDJ High Switchが脱退し3人体制)し、『火ノ粉ヲ散ラス昇龍』をリリースしてビクターよりメジャーデビューを果たす。2001年に『UPPER JAM』、2002年には『DA-PONG』をリリース。2004年のアルバム『ラッキー・ボーイズ』にくりぃむしちゅーが参加し話題を呼ぶ。2005年にリリースした『GO 4 BROKE』以降、一時期はAV作品を監督するなど、餓鬼レンジャーにしかできない活動を展開し、徐々に個々での活動が活発になる。2010年に「Japanese Chin ~貝より犬より椅子になりたい~」を配信リリースし再び活動再開。2012年にはSPACE SHOWER TV「ナンダコーレ」にて「COFFEE SHOP<GAKI>」を公開し、衰えぬスキルの高さと下ネタの好きさをアピール。そして、2013年にはキャリア初となるベストアルバム「WeaponG」をリリース。続いて15周年を期して『ULTIMATE 4 TRACKS EP to KIDS RETURN - EP』をリリース。
 

   
   
   
   
   
   
   

 

 


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