ワーキングホリデーメーカーから世界へ羽ばたくデザイナーへ 五十川 明 氏 | ワーホリ特集
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  • オーストラリアで彼の名前を知らない人はいない、といわれる五十川明氏。オーストラリアを代表する世界屈指のファッション・デザイナーとして活躍する同氏のルーツは、意外にも「ワーキングホリデー」にあった。ごく普通のWHの青年から世界のakiraへ。その成功への道のりの出発点となった「WH」とは同氏にとってどんなものだったのだろうか。
     
    1986年、WHで来豪された五十川氏。今後世界に名を馳せることになる青年は、当初からしっかりとビジョンを持っていたのだろうか。
     
    実は、特にはっきりしたビションがあったわけではありませんでした。日本を離れるのは初めてで、経験できることは何でもやろう、経験は貴重なものとして、何が起こるかまったくわからないけど、精一杯頑張ってみようと意気込んでいました。
     
    来豪当初はホームステイをしていたと聞き、WH時代に最も苦労なさったことをうかがってみた。
     
    やっぱり最初は言葉ですね。ホームステイ先でやさしくしてもらっても、100パーセント理解できない不安が常にありました。ただ、友達を作っていくうえでは、言葉が100パーセントわからなくてもどんどん自分から話しかけることを心がけていました。知らない人にも積極的に話すことで、自然と輪は広がっていきました。通じているかわからない心配や不安に迷わされずに、自分のパーソナリティを相手に伝えることが大事ですね。
     
    積極的に動くことで輪を広げすっかりオーストラリアに馴染んだWH終了後、一時帰国をするも「英語をマスターしたい」という思いから再びオーストラリアの地を踏むこととなった五十川氏。しかし、ここまでに現在の同氏につながる『服飾』ワードが見当たらない。なぜ服飾の道を選んだのか。
     
    もともと服は好きで高校時代はよく服を買っていました。しかしこちらで探してみても、あまりいいものがなくて。滞在期間が長くなるにつれて現地の友達が増えてきて、どこで服を買っているのか聞いてみると、自分で作っているという人もいました。だったら自分もできるんじゃないか、と思ったのがきっかけです。
     
    服飾関係の仕事を、WH時代や学生時代のアルバイトでも経験されていたのだろうか。
     
    WHのときは日本食レストランでウェイターをしていました。まかないがあるときはそれを食べていましたが、お休みの日は家で料理をしようという気にならなくて、生野菜をかじったりしたこともありますよ。他にはツアーガイドや日本語教師、ローカルレストランで皿洗い、などいろんなことをしていました。あとは、学校を卒業する頃にはこちらのデザイナーのところで働いたことがあります。
     
    一般のWHメーカーと同じようなアルバイト経験の羅列に親近感が沸く。WH時代は語学学校に通っていたが、振り返ればそのときは「甘え」があったという五十川氏。クラスには日本人がいて、授業の合間は日本語で話していたという。しかし、TAFEに入ると日本人はいなかった。オーストラリア人に混ざり勉強する厳しい環境に身をおき学んできたなかで、自身のターニングポイントとなった出来事はなんだったのだろうか。
     
    自分用のミシンを買ったことです。学校に通い始めの頃は何ももっていなかったんですよ。学校の授業では使っていましたが、自分の好みの生地を買って学校以外で作り始めたのがターニングポイントです。その後周りの人からのプライベートオーダーが増えたことで自信がつきました。
     
    現在世界12ヵ国でコレクションを販売するも、「パリに年に2回、各2週間ほど行くくらいで、ベースはオーストラリアにおいておきたい」という同氏。今後の展開や、さらなる夢や目標を教えてもらった。
     
    実はあまり欲張った目標はありません。この先、自分のやることは服作りなので、10年後、20年後もいい洋服を作り続けたいです。着ていただける方に、刺激のあるデザイン性のある洋服をいつまでも提供し続けることができれば本望です。欲張ってあれもこれもとなると日本のことわざにもあるように「二頭追うものは一頭も得ず」ということになりかねませんしね。
     
    謙虚だがあくまで初心を忘れず、かといって立ち止まらないことが、世界のトップを走り続ける秘訣なのだろうか。その出発点になったともいえるWH時にやってよかったこと、やっておけばよかったことを聞いてみた。
     
    よかったことは、飛行機ではなく車やヒッチハイクを使って1ヵ月以上かけてオーストラリアを旅行したことです。地に足をつけて、ゆっくりオーストラリアを見たのは文化の勉強になりました。お金はそんなにいらないんです。バジェット少なめに冒険心をもって、クリエイティブに物事を考えることが大事ですよ。逆に、やり残したことはないですね。あとで、これをやっておけばよかったと思わなくていいようにやりたいと思ったことはなんでもやりました。
     
    最後に、現在WHで頑張るWHメーカーの方々にメッセージをお願いした。
     
    まずひとつは、滞在中に「自分のビジョンを見つめ直すこと」。成功のビジョンは個々に違うと思います。最初は自分が何をしたいのかわからなかったりするかもしれません。でも、長期でこちらにいると、何をしたいのか見えてくると思うんです。そういうときに成功した自分の姿が何であるかを見つめ直すことが大事です。もうひとつは、最初のうちは「プランがないこともプランのひとつ」ということ。プランを立てすぎると起こるべきことを抹消してしまう可能性もあるので、プランを立てずに起こるべきことを受け入れるように過ごす方が、いろんな可能性が起こりやすいとも言えます。そのスタンスだと最終的に自分を見失うことになりかねないので、「マイルストーン」、3ヵ月ごとなど、いま自分がどの位置にいるのか、定期的に自分を見つめ直すことが重要です。プランを立てすぎずに、でもしっかり地に足をつけておく、そのバランスが大切ですね。
     
     
     
     
    プロフィール
    1964年生まれ。京都市出身。佛教大学卒。オーストラリアを拠点に世界的に活躍する日本人ファッションデザイナー。1999年のデビュー以来、パリ・コレの常連で常に新しいファッションを発信し続ける。第1回オーストラリア・ファッション大賞受賞など、各種の受賞歴があり、現在、オーストラリア国内に4店の直営ブティックを持つほか、世界12ヵ国でコレクションを販売している。さらにオーケストラやバレエ団のコスチューム制作も手掛けるなど、その活躍の場は幅広い。2013年5月初旬に新しいライン、ソファやクッションカバーのデザイン「ファーニシング」を発表。現在は9月末のパリ・コレクションに向けて準備を進めている。また、1号店のウラーラ店が20周年を迎える。
     
     
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