オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

「Ramones(邦題:ラモーンズの激情)/1976年発表」

柴田カンジ

01/03/10











今回紹介するのはラモーンズの1stアルバム、「Ramones(邦題:ラモーンズの激情)/1976年発表」。 "パンクを作ったのは誰か?"という質問に答えるのは容易なことではないが、もしも"3秒で答えろ"と言われたなら、「ロンドンのセックス・ピストルズ、そしてニューヨークのラモーンズ」と返すだろう。いや、むしろラモーンズの名を先に挙げるべきであろうか。ピストルズのパンクがより概念的なものであったことを考えれば、その後の"パンクロック"という音楽ジャンルを作ったのはラモーンズの方だといえる。



シンプルで、キャッチーで、速くて、2分足らずで終了するラモーンズの曲は、いわゆるパンクソングの型を作った。そして彼らがした最大の発明は、"ギターソロを一切排除したこと"だと僕は思っている。

いくらパンクといっても、いまどきのバンドはギターソロくらいこなすが、ラモーンズのこの1stアルバムには本当にそれが一切見つからないのである。というか彼らの全キャリアを見ても、それらしいものはほとんどないと言っていい。つまりは、ギターのジョニーは単純にガチでギターソロが弾けないのである。歌のない間奏の部分でも延々とコードをかき鳴らしているだけなのである。パンクが市民権を得た現在でも恥ずかしいそんな行為を彼は、まだパンクが存在せず、ロックがテクニック志向の絶頂を迎えていた70年代中盤にやってしまった。しかし、その誰にでもできそうで誰もやりたがらなかった発明に、当時の大げさなロックに辟易していた若者たちは熱狂した。そんな彼らの姿はなぜか、かっこよく映った。そんな彼らをかっこ悪いとは誰も思わなかった。彼らを見て、多くの音楽ファンがギターを手にし、自分でバンドをやり出した。ロックの価値観そのものを、汚い格好をしたこの4人が変えてしまったのだ。



しかし、彼らを熱狂とともに迎え入れたのは、パンク・センセーション勃発前夜のイギリスであり、地元アメリカではほとんど誰も見向きもしなかった。クズなはずなのになぜかかっこよく映った彼らの演奏は、アメリカに帰るとやはりただのクズでしかなかった。ホームであるアメリカにパンクを受け入れる土壌はなかったのである。その後、長い時間を経て、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ニルヴァーナ、グリーン・デイ、ストロークスなどが時代とともに現れ、アメリカのロックシーンを築いてきた。これら最重要バンドたちのすべてが、申し合わせたかのようにラモーンズからの影響を公言しているというのは何とも面白い。今そこにあるメインストリームは、社会から受け入れられなかったはみ出し者たち4人が、超低予算で作ったこの1枚のアルバムから始まっている。



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