オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

もっと旅を(2)

北山時雨

24/05/10


マイアミにはクルーズの前後2泊ずつ計4泊した。
始めと終わりは空港に近いモーテルで、そこはレストランもコーヒーショップもない全く実用一点張りのところであった。それはそれで選ぶ側、すなわち我々が納得づくで予約したわけで何も問題はない。が、やはり一抹の寂しさは感じる。もうひとつはマイアミビーチに近いアールデコの建物が建ち並んでいる地域で、ここはなかなか風情がありとても良かった。ホテルのスタッフもそれなりに愛想があり、親切とはいえないまでもしっかりと対応してくれた。宿泊施設としては我々の予算では言うこともなく、特に問題はなかった。清潔なタオルやシーツ類、よく掃除の行き届いた気持ちのよい部屋、セキュリティの目が感じられる安全性。予算的に考えればこれで充分なのである。

さてマイアミといえば、アメリカ随一の避暑地であり、リタイアする理想の地であると聞かされてきた。そしてアメリカ産のアクション映画やテレビの格好の撮影地でもあり、その上、中南米からの不法・合法移民と麻薬の上陸地であるとも聞いてきた。確かにラテン系の人たちが随分と目立った。というよりも、誰でもスペイン語を少しは話せるという感じである。ホテルやレストランで働いているスタッフを見るとほとんどがラテン系で、白人系はむしろ少ない。アフリカ系はまた別の分野で活躍しているようで、例えばバスやタクシーの運転手はほとんどがこの人たちであった。ところがもう一方のリタイアした人々というのはあまりお目にかかれなかった。まあそれはそうなのであろう。どこかの施設とか特別な地域に行けばたくさんの老人たちがいるのであろうが、我々の様な「一見の客」には見えないのである。なぜ「老人」に興味があるかといえば、昔読んだ本の中に、ここ(マイアミ)の年寄りたちはさすがにアメリカ人で、皆ステーキを食べたがる。しかし健康のことを考え、なおかつ歯の状況が思い通りに行かないので、口の中でクチャクチャやり、飲み込まずに皿の上に吐き出すのである。その食べかすのステーキが灰色をした何とも言えない廃墟のようで…と書かれていた。この記憶がとても強烈なのでマイアミといえば「廃墟の様なステーキの食べ滓」が頭の中を占めているのである。だから頭の中の映像は、上天気のパラソルの下で年寄りがステーキを食べている風景がマイアミなのである。それにしても町を歩いていると「ピッツァ」と「ハンバーガー」の店がやけに目に付く。ステーキ屋は一体どこにあるのだろう。



マイアミビーチにオーシャン・ドライブという通りがある。一方は海岸に面した公園で、通りの片側だけに建物が並ぶ。それも4ブロックほどはアールデコ建築が軒並み続く。1930年代から建てられたホテル群である。通りをはさんで公園の側から眺めるとまるで建築雑誌のアールデコのページがそのまま写されたようでとても面白い。アールヌーボーと違って曲線よりも直線主体の建物は当時のモダンリビングを彷彿とさせる。それらホテルの一階(地上階)が皆カフェ・レストランになっているのだ。それも建物の中にあるのではなく、道路に椅子・テーブルと大きなパラソルがそれこそ隙間なく続き、一大レストラン街になっている。それもほとんどがシーフードを売りにしている。そしてどの店でもちょっときれいなお姉ちゃん(当然ラテン系である)を立たせ、通る人々を勧誘しているのである。その日はちょうど日曜で、我々は朝早くにクルーズ船から降り、ホテルにチェックインした後、ぶらぶらと出かけてきたところであった。時刻はあたかも昼少し前で人通りが多く、どのレストランもほとんど満席であった。この局部的な人混みの流れの中を押されるように歩いていると、いやでも席について飲んだり食べたりしている人たちを見てしまう。もちろん、きれいなお姉ちゃんも見てしまうのだが、それにしてもみんな巨大なカクテルグラスでなにやら美味しそうな液体を飲んでいるではないか。日曜のブランチである。この様子を見れば当然のことながら我々のお腹も、何か入れてちょうだいと訴えてくるのである。



店先には蝋製ではない本物のサンプルが並んでいて、それに値段が付いている。一目瞭然というのはこういうことなのであろう。蟹の足や海老の茹でたのが山盛りになっていたり、具たくさんのパエリアがあったり、真っ赤な色をしたシーフード・スパゲティがあったり、ハンバーガーにサラダとチップスもあったりして、何やらマルチカルチュラルである。呼び込みのお姉ちゃんに声をかけられながら歩いているだけで楽しいのだが、ひとつ思い出して冷やかしがてら聞いてみた。「なぜこの蟹の足は片側だけなのか知ってるかい?」「えーッ、あら本当だわ。なぜかしら?」「それは漁師が片側の足だけを取って、海に返してやるのさ。そうするとまた足が生えてくるから今度は反対側を取るんだ」「ウソッ」「ウソじゃないさ、だってみんな片側ばかりじゃないか」。彼女は苦笑いしながら我々にメニューをくれた。その片隅に12時前にオーダーすると一杯分の値段でカクテルが2杯飲めると書かれている。目ざとく見つけて早速名物のモヒートを頼む。カクテルをさっと飲んでそれからワインかな、と思っていたところへやってきたのは洗面器とまでは行かないがフィンガーボールほどの大きさである。ラムとガム白、炭酸水、ミント、それにライムの組み合わせは、なかなかおつなものである。しかし強い。空腹であったせいか、あっという間にまわって来る。暖かい陽射し、心地よい風、楽しそうな喧騒、グラスの触れ合う涼やかな音、スタッフたちのスペイン語の話し声…。酔いが急速にまわってくる。メニューを見ると片隅に小さく「ステーキ」と書かれていた。肩身の狭い思いをしながら、灰色の廃墟の様なステーキが申し訳なさそうにしていた。やあ、君はこんなところにいたのか。マイアミにステーキはもう時代遅れなのかもしれない。(この項続く)

    User comments
    Comment1    ※10文字以下
    Comment4    ※8文字以下
    Comment2    ※30文字以下
    ・コメントは全角で500文字まで。
    ・書き込みはライターの判断で削除される可能性があります。
    ・詳細はチアーズ利用規約をご覧ください。

    関連記事

    もっと旅を(2)

    24/05/2010

    北山時雨

    マイアミにはクルーズの前後2泊ずつ計4泊した。 始めと終わりは空港に近いモーテルで、...

    学ぶ・留学する

    教育ということ(後)

    22/03/2010

    北山時雨

    映画『カウラ捕虜収容所からの大脱走』は、戦陣訓を守ろうとしながらも、...

    学ぶ・留学する
    Banner3
    Side girl 20200116
    Side 2

    FOLLOW US

    SNSで最新情報をゲット!

    NEWSLETTER

    メールで最新情報をゲット!

    メールを登録する

    COUPON

    オトクなクーポンをゲット!

    全てのクーポンを表示