オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

第155回 転機

辰井

24/05/10


連休前の4月末、小島聡が全日本プロレスを退団するという驚きのニュースが飛び込んできた。5月のシリーズをもって約8年間に渡り苦楽を共にしてきた「武藤全日本」と袂を分かつ。その理由は「左ヒジのケガと武藤全日本からの卒業」。もうすぐ40歳を迎える小島の次の進路は、まだ明らかになっていない。2月に行われた府立体育館での大会における小島。6人タッグマッチだったこともあり、どこか影の薄い印象だった。要所要所で試合を引き締めるも、メインイベントで「看板」を貼っている雰囲気ではなかった。多分にケガの影響もあったのだろう。一緒に観戦していた友人と「小島は華がなくなったな」と無責任な感想を交わしていたことを思い出したが、それもまた事実。肉体面、精神面ともに現状下では、観客に十分な感動を与えることができなくなっていたのかもしれない。彼が理想とするプロレスラーとしての務めを100%果たすためにも、今回の退団と今後の進路は必要不可欠なのだと思う。



小島はプロレスラーになる前にサラリーマンを経験しているという異色の経歴の持ち主。しかもこれといって格闘技の経験もないところからのスタート。91年に新日本プロレスでデビューしてからは若手有望株として、そして武藤・橋本・蝶野の「闘魂三銃士」の次代を担う選手として期待され、活躍していた。そして武藤が新日本を離脱し、馬場亡き後の全日本プロレスへ移籍すると、それに追随する格好で自らも全日本へと移籍した。そこからの小島は、武藤との二大看板のひとつを担い、新生全日本の躍進を大きく支えた。途中、ヒールに転向した頃には自身の新たな魅力を生み出し、憎まれ役を楽しんでいるようだった。今思えば、ヒール時代の小島はかなり輝いていたように思う。武藤が「グレート・ムタ」という超弩級のヒールの姿をもつように、小島も自分の中のヒールの要素を開花させたかったのかもしれない。ここにも武藤と小島の関係性を垣間見ることができる。そしてベビーフェースに戻り、「F4」というユニットを組んだ頃からは次代の育成にも見て取れる方向性へとシフトしていっていたが、このユニットの解散、そして今回の退団発表。おそらく彼の中では、プロレスラーとしての「自我」と、団体の看板という「役割」の中で葛藤があったのではないかと考えてしまう。



同じく全日本に所属する「諏訪魔」が小島退団について、自身のツイッターで「憤慨している。逆境から逃げた。無責任」等のコメントを残している。確かに武藤がケガで長期離脱している現在、武藤の分まで小島が支えないといけない、ということになるだろう。そんな中で十分な説明がないままに退団するとはどういうことだ、と。諏訪魔の言いたいこともよく分かる。しかしプロレスラーとは元来、そういう生き物であるということも知っておかなくてはいけない。組織のことを優先することも大切ではあるが、それにも増してプロレスラーとしての自分の道を選ぶことも大切であると。男、40歳。これが小島の人生の中で、最も大きな決断、転機であるのは間違いないだろう。プロレスラーとしての集大成を築くために、小島の今後に期待したい。

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