オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

第6回 高杉 晋作

先人たちの後姿

28/07/10












1839-1867(27歳没)。武士。長州藩士。18歳で同郷の吉田松陰に師事し、大きな影響を受ける。幕府に師である吉田の命を奪われ、さらに上海で植民地の実態を知った高杉は、国を挙げての大変革が必要であると悟り、その後の人生を倒幕のために捧げることになる。"下関戦争""薩長同盟""長州征討"などの歴史的事変に対峙し、烈火の如き激しさで人生を駆け抜けた倒幕の志士は、日本の体制が確実に変わり始めていた1867年、"大政奉還"が果たされるその半年前に27歳という若さで病により息を引き取った。高杉こそ新時代への道標を示した張本人であった。









偉業

高杉が上海で見たもの

1862年、藩命により上海を訪れた高杉は、そこで西欧列強の植民地状態になっている中国の実情を目の当たりにする。衝撃を受けると同時に日本の改革を心に誓った高杉は帰国後、"倒幕"

"富国強兵"の必要性を訴え、強力に推し進めていく。長州藩とイギリス・フランス・オランダ・アメリカ連合軍の間で起きた下関戦争の講和にあたった高杉は、連合軍の提示する条件を概ね受け入れたが、"彦島の租借"という要求は頑なに突っぱねたという。上海視察で得た教訓をもとにしたこの判断がその後の日本の独立維持に大きく影響したとされる。



維新への道標

下関戦争により欧米諸国の軍事力の強大さを思い知った高杉は、武士はもとより、農民、町民から当時の賤民層までが入隊する、階級差別のない軍隊"奇兵隊"を創設。長州藩内の守旧派を打倒して倒幕派政権を成立させ、第二次長州征討では幕府軍を撃退した。これによって徳川幕府は急速に求心力を失い、崩壊への道を辿る。明治維新において大きな役割を担うこととなった長州藩。その方向性を決定付けたのは、討幕派の急先鋒・高杉晋作であったと言えるだろう。





辞世の句

闇雲に突き進みながら、27年という短い人生を終えた高杉はその最期において『おもしろき こともなき世に おもしろく』という言葉を残した。看病をしていた女流歌人・野村望東尼が、この句に『すみなすものは心なりけり』と続けたと言われる。








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