オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

もっと旅を(4)

北山時雨

28/07/10


さて船旅の楽しみのひとつが音楽である。前回のQMⅡでは劇場での演奏会が幾つかあって、ピアノのソロが3回あった。ひとつはクラシック曲の演奏。あとはコミカルなクラシック系とポピュラー系。ひとりで演奏しながらかつトークも入れて盛り上げるにはやはりコミカルのほうが受けやすいようであった。その他はボールルームのオーケストラがダンス曲を演奏していたり、フォイヤーでピアノがバックグラウンド的に演奏していたり、バーではピアノトリオがジャズをやっていた。



あれは2日目の夜であっただろうか。夕食に出かけようとグランド・フォイヤーを上がると、妙なる音色が聞こえてきた。それは吹き抜けを背にし、コーヒーショップとバーに挟まれた空間で、15席ほどの座席を前に弦楽四重奏が演奏しているのであった。曲は「ウィーンの森の物語」であった。言わずと知れたウィンナ・ワルツである。もともとはオーケストラ用の曲であるが、当然のことながらストリング・クァルテット用に編曲してある。それでも2台のヴァイオリン、1台のヴィオラ、そして1台のチェロが奏でる音色は重なり合い、追いかけ合い、輻輳し、重厚でありながら軽快に音が弾んでいるのである。この演奏は極めて体に快い振動でもあった。それは何よりも弦の響きがそのまま体に響いてくるのである。時に単独の弦が透き通るような鋭い響きを出すかと思えば、時には十数本の弦が一時に響いて和音を駆け下りたり、駆け上がったりするのである。我々は食事に行くことも忘れて聴き入ってしまった。椅子に座りワインを片手に3~4メートル先で演奏される音を聴いていると、昔のサロンに居るようであった。曲はシュトラウスからモーツァルト、シューベルト、ビバルディへと続いた。体の中に弦の振動が入り込み、頭蓋骨から始まって体中の空洞が一種の共鳴箱のようになるのである。どの曲もCDで聴いたことのあるものばかりであるが、この快感はやはり生演奏でないと出てこないのである。



その後、我々は毎晩のごとくクァルテットの演奏を聴いた。アルビノーニ、ビバルディ、バッハから始まりモーツァルトはもちろん、ベートーベン、シューベルト、ブラームスまでのヨーロッパの名曲や、チャイコフスキーやボロディン、ドボルザークの心に沁みるメロディーを堪能した。毎晩顔を合わせるのでとうとうこの4人とはとても親しくなってしまった。リーダーは第1ヴァイオリンの男性でヴァレンタインといい、第2ヴァイオリンも男性、ヴィオラとチェロが女性で、チェロの女性がヴァレンタインの奥さんであった。彼らはウクライナ出身で、このクルーズには6ヵ月間の契約で乗船しているという。毎晩45分ほどの演奏を2回やる。ヴァレンタインの趣味なのか幕開けはいつもモーツァルトであった。しかし実質12回の夜の演奏を聴いていて、同じ曲はほんの数曲、それも特にリクエストされたもので、そのレパートリーの多さには驚いた。確かにクァルテット用に編曲されてはいるものの、技術的にも、体力的にも半端なことではない。



しかしこれだけまとめて聴いてみると、言ってみれば西洋音楽史を生(ナマ)で聴いているようなもので、こんな贅沢なことはない。そこで気がついたのは、やはりモーツァルトはビヴァルディやバッハの子であり、ベートーベンはモーツァルトの子であり、シューベルトやブラームスはベートーベンの子であることだ。音楽という分野は何といっても歴史が培うものなのであるなと感心したのであった。



またもうひとつ気がついたのは、楽器というものの完成度にあわせて、すぐさまその分野で天才が現われ、たちまちそれらの楽器の名作を作ってしまうということだ。ピアノという楽器ができる前はチェンバロやハープシコードであったが、それでさえバッハやモーツァルトが完成度の高い曲を作ってしまった。ピアノではそれこそ古今の名曲があっという間にできあがってしまった。これは他の分野でもあてはまりそうで、例えば推理小説ではポーやコナン・ドイルがかなり早い時期に完成度の高い作品を作ってしまっているし、SF小説ではアシモフやウェルズがやはり早い時期に完成度の高いものを発表している。昔からこれはどういうわけなのか不思議でならなかったのだが、まだその理由は分からない。それとも天才が現われたからこそ、その分野で完成度の高いものができたのだろうか。もうひとつ気がついたこと。それは名曲といわれるものは、ことごとくポピュラー曲であること。まれに難解で晦渋な名曲というものもあるが、それらはほとんど現代音楽の分野で、字義通りのクラシックの分野では名曲はポピュラー曲でもある。というよりも名曲であるからこそ人気があるということなのであろう。



そして忘れられない1曲があった。我々以外にも何人かが常連で、彼らがあれこれとリクエストすると、クァルテットは快く演奏をしてくれるのである。このオヤジはグリーグのペール・ギュントの中の「ソルウェイの歌」をお願いした。ヴァレンタインは「今晩はその楽譜を持ってきていないので明日の晩やりましょう」といってくれた。翌晩、それも遅い時刻の一番最後に演奏してくれた。小さな部屋の中で、遠くでグラスの触れ合う音が聞こえる中で、その哀しみを帯びた、まるで北国の秋を思わせるような透明度の高い澄んだ音で始まる曲が始まった。そしてヴィオラとチェロの通低音が響きあうのである。20人ほどの聴衆は固唾を飲んで聴いていたようであった。このオヤジは体の中に音楽そのものが入り込んでくる感覚を覚えた。同時にまるで淡彩の名画を見るような、華麗な音のハーモニーに酔いしれた。諸兄諸姉、生演奏というのはまるで違いますぞ。(この項続く)



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