オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

第七回 ジョン万次郎

先人たちの後姿

25/08/10












1827-1898(72歳没)。教師、通訳士。本名は中濱 萬次郎。土佐国の貧しい漁師の家に生まれる。14才のとき、出漁中遭難に遭い、鳥島に漂着。約5ヵ月後にアメリカの捕鯨船に救助された万次郎は、自らの意志で同行を願い出て、日本人として初めてアメリカに渡る。現地で学問に熱中して、英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学び、10年後に帰国。日本人初の欧米での海外留学生として得た多くの知識や技術を、明治前夜の変革に揺れる日本に伝えた。

 









偉業

日本に世界の姿を伝える

当時ほとんど存在しなかった、本当の"西洋"の姿を知るものとして、英語や民主主義、資本主義などを紹介し、明治維新に進む当時の人々に大きな影響を与えた。特に同郷の坂本龍馬や板垣退助、三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎などにとっては、新進的な思想や人生観を形成するもととなった。日米和親条約、日米修好通商条約の締結においては、表立って名が出てはいないものの、実際には翻訳や実経験を活かした助言などにより、陰で大きな役割を担っていたといわれる。





努力をもとに立身

貧しい生まれの上、幼くして父親を亡くしたことから読み書きを覚えることも叶わなかったが、アメリカに渡って機会を得ると誰よりも熱心に勉学に励んだといわれる。アメリカの学校で主席になるほどの成績を残して帰国すると鹿児島で英語教師になり、東京に渡ってからは軍艦教授所や開成学校(東京大学)の教授に就任。また、アメリカとヨーロッパへの派遣使節として西洋との橋渡し役となった。決して恵まれた環境に生まれたわけではなかったが、意志と努力により、自己実現を果たした人物であった。











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