オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

その159 もっと旅を(6)

北山時雨

22/09/10


マイアミから戻り、オーストラリアへ帰る前に成田と品川に一泊ずつ滞在した。やはり長時間のフライト、特に西向きの時差はこたえるようになったのと、親しい友人達が一杯やろうということであったのでこれは断れないのである。成田のホテルでは、水泳と温泉で時差と体調の調整をした。そして品川のホテルで友人たち3人に会った。酒盛りは明るいうちからホテルのバーで始まり、大崎の何たらかんたらという勿体ぶった名前のホルモン焼き屋で煙に巻かれ、品川へ戻って昔ながらの裏町居酒屋で仕上げをした。洒落て気取った飲み屋が増えているというが、我々はなんと言っても居酒屋が好みである。酒飲みの王道ではないかと思うのだ。





翌日、我々が成田に向かうまで時間があるのでどこかへ行こうということになった。泉岳寺が近いというのだが、四十七士の墓を見ても始まらない。誰かが「靖国神社ッ!」と力を入れて言ったので引きずられてそれに決まった。このオヤジも含めてみんな行ったことがないというではないか。少し驚きではある。地下鉄で九段下まで行き、地上に出て坂を上ると大きな鳥居が見えてきた。その鳥居をくぐると高い塔の上に武士の銅像が建っていた。誰やらが「あれは誰?」と言うので、このオヤジが大村益次郎と答えると「何をした人?」と重ねて聞くので、長州出身で滴塾の塾頭で、医者で、日本陸軍を創設し、東京招魂社(靖国神社の前身)を提唱した云々と縷々説明をした。みな驚いて何でそんなことを知っているの?





オーストラリアに住んでいる人が、というので、それは何だね、教養と栄養の違いさと答えておいた。

二ノ鳥居と神門をくぐると拝殿の前に出る。この建物は曲線が何となく落ち着きがなく気品を感じさせないのはなぜだろう。もちろん神社建築には瓦が用いられないということもあるのだろうが、ちぐはぐな感じがする。うしろに本殿があるのだが拝殿に隠れてよく見えないのが残念である。妻が高々と伸びているのがやはり神社らしくて良い。さてここまで来たら当然のことながら「遊就館」を訪れなければならないだろう。最近建て増し部分が完成したそうで、これが入り口および広いホールになっている。そこに傷だらけの大砲や航空機などが陳列されている。切符を買って展示が始まる2階に上がる。まず始めに日本陸軍歴代の元帥達の一覧表と写真が展示されていた。これは何のためだろうか疑問であった。そして次から次に展示室を見て廻ったが、説明文は詳しく読み込んだりはしなかった。あまりにもたくさんの展示があり、その上何らかの意思が仄見えたりするといけないのでそれも避けたかったからだ。ただし、なぜ日本が太平洋戦争を始めたかについての説明はしっかりと読んだのだが、経年的に出来事が述べられているだけで、全くの失望であった。その時代の空気、ABCD四カ国の経済的な圧迫、国民の意識、それまでの大陸進出がどのように進められてきたかなどが全く欠落しているのである。毒にも薬にもならないとはこういうものなのであろう。中学生の教科書でさえもう少しましなのではないだろうか。





そして最後の展示は階下に降りてゆくのであるが、そこに遺族から送られてきた、亡くなった兵たちの顔写真が張り出されていた。数千枚ほどもあろうか、壁という壁にびっしりと貼られているのである。その膨大なモノクロームの日本兵の顔写真。昔の日本人の顔である。彼らの強い視線が見つめている。これが一番説得力があった。そして誰かが「感動した」と言ったのだが、このオヤジに言わせると感動とは全くかけ離れた、むしろ感動とは正反対の気分に包まれていたのであった。早く言えば腹立たしい想いの方が強いのである。その腹立ちはどこから来ているか。第一に日本という国家は先の大戦に限らず、戦没者を慰霊する公的な施設をまだ持っていないということである(東京、千鳥が淵にある戦没者墓苑は第二次世界大戦の際に海外で亡くなった軍人、軍属、一般人のうち身元がわからない遺骨を安置している「無名戦士の墓」なのである。念のため)。靖国神社はただ単なる一宗教法人であって国が運営しているものではないのである。国のために命を落した国民をきちんと遇していないのである。神道という一宗教法人に押し付けている形になっているのである。本当に情けない状況ではないか。





次に、ただこれだけのこと(靖国神社という一宗教法人に合祀されているということ)になぜ中国、韓国、北朝鮮にとやかく言われ続けられなければならないのか、ということだ。確かに東京裁判で刑が確定し死刑執行されたA級戦犯をも昭和殉難者としてここに合祀している。だから彼らは、その神社に国家首班たるものや国務大臣が参拝するということは戦犯をも容認しているのではないか(=先の戦争を容認している)と難癖をつけてきているのである。全くの内政干渉である(このオヤジは「東京裁判」そのものを検証し直す必要があると考えている)。日本は八百万(やおよろず)の神の国である。戦争で亡くなった者は戦犯であろうとなかろうと神として祀るのである、それが古くからの慣例であるとなぜ言わないのか(靖国神社に祀ると言うことはそういうことである)。そしてなぜキャンベラの戦争記念館の様な公的施設を作らないのであろうか。宗教にとらわれない、冷静で論理的で公明正大な施設を。

靖国神社を後にして我々は再び地下鉄に乗り築地へ行った。ときあたかも昼下がりで場外の寿司屋はお客で一杯であったが、席を見つけ、良く冷えたビールで乾杯をした。誰かが「精進落し」と言った。しかし頭の中にはまだあの壁に貼られたたくさんの写真の強い視線が残っていた。今年の我々の旅も最終章であるが、東京で見たものはまた格別であった。腹立ちであろうと感動であろうと、毎日のルーティンからは得られない別種の響きが旅には流れている。この「響き」を聞きたいがために旅をするのである。

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