オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

その116 地震のあとに

北山時雨

20/04/11


ブリスベンに年の若い友人夫妻が住んでいる。シドニー以来の知り合いで、7年前我々がクィーンズランドに移り住んですぐのころ、彼らもこちらに移ってきた。たけちゃんとかずこさんという。2人で力を合わせて会社を経営している。飲んだり食べたりしながら話をしていると、時間があっという間に過ぎてしまうほど波長が合う仲である。話が合ううえに気が置けないのである。その2人が昨年、我が家に1泊しに来てくれ、「これはうちから送られて来たおすそ分けです」と渡してくれたのが、たいそう立派なスルメであった。大判で肉厚の、飴のような色艶で、とても美味しそうであった(実際、大変に美味であった)。こういうものが何よりなのである。かずこさんいわく「これは父が釣ってきて、母が干してつくったものです」と言っていた。そういえば2人とも実家は漁師なのである。それも青森県八戸(はちのへ)であった。だから3月12日の新聞(Courier Mail)に仙台や気仙沼の津波被害の写真が大きく載っているのを見てもまだピンとは来なかった。次のページに漁船が横倒しに、港の埠頭に乗り上げている写真を見、キャプションに「Hachinohe City, Aomori Prefecture」と書かれているのを読んでようやく、「あっ、そういえば、たけちゃん、かずこさんだ!」と気がついたのだった。





その日も次の日も、固定電話も携帯も繋がらなかった。ようやく話ができたのは1週間後の金曜日であった。その間、2人とも帰国したのだろうか、それにしてもビジネスを放りっぱなしにするわけはないし、と気を揉んではいた。仙台に住む友人のところは固定も携帯も全く繋がらなかった。白石(宮城)の友人は、たまたま札幌にいたので携帯ですぐ話ができた。ブリスベンのたけちゃんは帰国したわけではなく、ただ単に仕事で忙しかったそうだ。そしてその夜メールで、2月からかずこさんが里帰りしていて2日後に戻ってくること、2人の家族は全員無事で元気なこと、八戸では燃料が絶対的に不足し、真冬並みの寒さであること、それでも岩手・宮城・島の被災者に比べればはるかに恵まれていること、食料も不足しているが、あるもので何とかやりくりしていると伝えてくれたのである。





そしてそのあとに、何よりもたけちゃんらしいことが書かれていたのである。それは「(彼自身が)東北の出身だということを自分自身贔屓目に思いながら、娘さんと津波にさらわれて自身が助かった女性が、インタビューで〝娘が見つからないんです〟と、ぼそりと、人事のような淡々とした態度で話しているのをTVで見て、心が揺り動かされたような気がしました」と言うのである。そのNHKニュースはこのオヤジも見ていたが、本当にまるで人事のような言い方であった。それも表情は穏やかで、感情的なところはひとつも見られなかった。確かに心が揺り動かされ、その上息を呑む思いであった。図書館で娘と一緒にいたのが、津波であっという間に離れ離れになってしまったこのお母さんの心の中は、実は悔恨と焦燥でジリジリと炎を上げて燃え盛り、体の中の血液は煮えたぎっているのではないか、そう思うのである。その心を感情のままに面に出さず、ぼそりと言うところに息を忘れる思いがするのである。ただ単に口が重いというのではない。表現が足りないというのでもない。もし口に出してしまえばそれは止め処もなくなり、本当の気持ちとは裏腹に感情だけがひとり歩きをしてしまうのではないかという恐れがあるように見え、その上、この災厄は自分だけが受けたわけではないという気持ちが大きいのではないか。ひとり自分だけが感情的になるのは恥ずかしい、みっともないと思ってもいるのだろう。我々は西欧社会に住んでいる。だからこういった表し方を見ると息を呑む思いになるのである。





たけちゃんはその上こうも言うのである。「批評や同情は鼻紙にもなりません。今何よりも敬意を表しなければならないのは、福島原発の現場で最悪の状況を食い止めようと、文字通り命を削って尽力されている方々だと思います」という一行である。まさにそうである。批評や同情は何にもならない。しかしながら原発の件は地震・津波とはまた違う局面を持っているように思う。予想を上回る地震と、想定外の津波の力で原発はあえなく破壊された。それによってチェルノブイリ並み、あるいはそれ以上の放射能被害が起こりつつある。「誰のせいでもない、天災である」と果たして言い切れるであろうか。「クリーンで安全」な電力であったはずが「殺人的に危険な」ものに変わってしまったのである。どうしてこうなったのか。単純に考えれば、日本の原子力発電はとても安易な判断の上に成り立っていたとしか言いようがないのではないだろうか。「批評や同情は鼻紙にもならない」のだが、やはり需要と供給の原理を考えれば、それだけの電力をなぜ必要としているのだろうかと考えざるを得ない。





今回の災害を機に、日本は変わってゆかざるを得ないだろう。政治の形も、経済の仕組みも、社会のありようも、今までとは全く違った考え方で変わってゆかざるを得ないであろう。たけちゃんは「もう以前のような状況(80年代のあの世相や、高度成長時代)に戻ることはない。僕自身も右肩上がりを当り前のこととしていたと思う。でもそれは幻想だと。悲観的になっているわけではなく、現実を受け入れて生きていく時代なんだ、ということがとてもクリアになったような気がするのです」と言ってきた。特に一番大事なことはやはり価値観の見直しである。このオヤジはこの項で何回か言及したが、食料の問題は、究極は価値観そのものに行き着くはずである。食料は原則自分の国で生産しなければいけないと言うことである。日本は変わらねばならない。勇気をもって変えてゆかねばならない。そして犠牲となった方々には、心から神とともに平安に逝きたまえかしと念じずにはいられないのである。合掌。



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