オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

第168回 テレビと祖母

辰井

21/06/11


自宅のテレビが壊れた。突然、パチンと音をたて画面が消え、それから電源が入らない。色々と試行錯誤してみたが、どうやら故障であるのは間違いないようだ。修理が完了するまでは「テレビなし生活」が続きそうである。我が家の唯一のテレビが壊れたことで、部屋の中にはいつもとは違う空気、雰囲気が現れた。iPodをステレオに繋ぎ音楽を流してみるが、テレビの音とは当然違う。見ているのか見ていないのか、聞いているのか聞いていないのか、そうしたテレビの音と映像は僕の生活と身体に染みついていたのだと思った。娯楽やニュースという目的と分野だけに限らず、テレビは生活の中心に位置しているという現実。



一家に一台どころではなく、もしかすると一部屋に一台くらいの割合でテレビは存在している。僕はそろそろアラフォーなので、生まれた頃からテレビはあった。もちろんカラーテレビ。夕食後、居間では家族全員でテレビを囲み、一家団欒のひととき。テレビの前が家族が集う場所だった。亡くなった祖母の部屋にも小さなテレビがあり、祖母はなぜかプロレスが好きだったので、幼い頃によく「猪木×タイガー・ジェット・シン」の定番メニューを祖母と観ていたりした。祖母は血気盛んだったのか、タイガー・ジェット・シンのサーベルで猪木が流血すると、俄然、テンションが上がり、身振り手振りで「やっつけてしまえ!」と声を出したりもしていた。僕もつられて「猪木、がんばれ~!」である。



祖母は多くを語らなかったが、戦争中、そして戦後と苦労をした人だった。当時の人で苦労をしていない人のほうが珍しいだろうが、類にたがわず貧しさの中で家族を食わしてきた人である。よく自慢げに二の腕の力こぶを見せてくれたりもしたが、晩年に足腰を弱めるまでは、いつもシャキッと気を張った人だった。激動と言える時代の変化の中、敗戦から復興、そして高度経済成長まで。長いようで短かったであろう時間。そしてある日、自分の部屋にはカラーテレビがあり、週の決まった時間に自分の孫と一緒にプロレス中継を見ている。「猪木~!」と言えば、孫も真似をして「イノキ~!」と言う。孫は学校で流行っているプロレスごっこやタイガーマスクの話を一方的にする。関心のない試合が始まれば、すぐにガチャガチャとチャンネルを変え出す。そして今週のメインイベントの試合が終われば、まだ遊ぼうとする孫を言い聞かせて寝かせる。目の前の現実は、あの敗戦の焼け跡から始まり、そして繋がっている現実の積み重ねである。あの頃、祖母の胸の内にはどんな思いがあったのかは僕には分からないが、その事実だけは分かる。

今回の震災からすでに3ヵ月近く経ち、その現状と現実は被災地の方々を苦しめている。どれだけの時間がかかるのか。またどれだけのチカラが必要なのだろうか。



被災された方の心情を量ると決して軽はずみなことは言えない。しかし希望や期待を語ることはできる。

いつかきっと、リビングルームでテレビを囲み、みんなで楽しくテレビを観る日が戻ってくる。子や孫の成長、そして自分の人生や老いを感じながらも、今日という日に感謝できる日が、必ずやってくる。その時にはどんな番組が放送されているのかは分からない。



プロレスもまだまだこれから。テレビでの放送は今はないけど、これからもないとは限らない。プロレスの逆襲は、来るべき日までまだまだ続くのである。

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