オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

その172 懐かしい声

北山時雨

01/11/11





今年の2月頃であっただろうか。この項にも一度出てきたタケちゃんが「これから友人と一緒に遊びにいっても良いですか?」と聞いてきたので、もちろんオーケーと言った。その日は、たまたまお客様が来ないという稀な休みの日であったが、予定を立てる前に電話が来てしまったので、じゃあ今日はのんびりしようと彼らが来るのを待っていたのである。昼少し過ぎにタケちゃんと和子さん、それから初顔のじゅんちゃんが現れた。昔々、タケちゃんが独身の頃のシドニーでのフラットメイトだったという。挨拶が終わると、暑さしのぎにと早速タケちゃんは持参のビールをポンポン空け始めたのである。もちろん、否やはあろうはずがなく、前の晩に作っておいたカレーとマカロニサラダで食事をしながら、話が弾んだのである。じゅんちゃんはシドニー在住でたまたま休みをとって、ブリスベンに遊びに来たのだという。音楽や旅の話、出身地の神戸の地震の話、アメリカでの話をしているうちに、いつの間にか暗くなり、それじゃあまた、と言って3人が帰っていったのはもう夜も大分更けてからであった。




それから3ヵ月が過ぎた5月のある夕方、じゅんちゃんから電話があって「昔々、東京でオヤジさんのことをよく知っている人が今ここに居ます。電話替わります」というではないか。誰だろうかと思いつつ受話器を握っていると、はりのある女性の声で「もしもし、昔、旅行会社で一緒だった伊東です。憶えていらっしゃいますか?」と言うのである。もちろん、まだまだボケてはいない。瞬時に顔が思い浮かび、次いで少しいかつい広い肩幅まで目に浮かんでくるのである。彼女は水泳部にいたからなー、というところまで思い出せるのである。そして、風の噂では、たしかギリシャ人と結婚し、アテネに住んでいたはずだが、またシドニーにはどうして、とも思うのである。久闊の言葉が済み、いろいろ聞いてみると、ギリシャ人の亭主とは離婚し、日本に帰って、しばらくは旅行関係の仕事をしていたがうまくいかなかったこと、娘がひとりいて現在アテネの大学で勉強しているということ、ご本人は再婚して東京近郊に住んでいること、旦那は趣味のバイク改造で飯が食えること、そして現在は海外旅行の添乗の仕事をしているというのである。だから今回は日本人グループを率いてオーストラリアのツアーに添乗で来ているということがわかったのである。最後に会ってからおおよそ30年が経っていることに気が付いた。しかしその声は全く変わらず、時間の壁を一気に飛び越えて、昔話ができるのであった。それからしばらくして、日本に無事帰国したというメールが届き、昔の会社仲間の何人かにこのオヤジのアカウントを連絡しておいたと知らせてくれた。彼女は人気の添乗員らしく、次の週にはトルコのツアーへ行くという。そして2~3日後、今度はパリから「お久しぶり」というメールが届いた。やはり同じ旅行会社にいたことがある宇佐美さんからであった。というよりもこのオヤジの部下であった。銀座の狭まっ苦しいオフィスで、来る日も来る日も、統計・原価計算・公告製作に明け暮れていたとき、どうしてもアシスタントが必要になりスタッフ募集をした。それに応募して面接に来てくれ、すぐ採用になったのだが、あのとき彼女はいくつぐらいだったのだろうか。しもぶくれ気味の和風美人で頬がうっすらとピンクであったのを思い出す。メールのやり取りでわったことは、何年か前に旦那を追い出したこと、20歳の娘と13歳の息子がいること、今はパリで個人案内の旅行手配をしていること、住んでいるのはモンパルナス界隈だという。おおなんと、そこら辺はこのオヤジが昔々、歩き回ったところではないか。夏の夕暮れを気持ちよく、真冬の昼下がりに焼き栗をポケットに入れ手を温めながら、春は浮き浮きと秋にはゆっくりと彷徨ったところではないか。街角を曲がると思いがけなく古い教会に出くわしたり、食料品の市場の喧騒が遠くから聞こえる広場があったり、歩道のキャフェの椅子から流れてくるパイプ煙草の匂いが素晴らしく甘かったり、目や耳や鼻がすべて楽しげに、生き生きとうごめいていた、その街なのである。その懐かしい街から彼女は色々な情報を送ってきてくれるのである。メールのやり取りは、まるで今までの空白を埋めるかのように続いている。話題は尽きるということがなく、翼をつけたようにあちこちに飛び回っている。おまけに彼女が自分のブログに書きこんでいることが全く自由奔放で、時に悪魔的で、時に良い子ぶりっ子で、知識の片鱗がキラリとしていたり、刺激もあり、新しい発見もある。まるで極上の酒のようなのである。それにしても思うことは、あの昔にこれほどの素養がありながら隠していたのだろうか、発露できなかったのだろうか、その後に蓄積していったのだろうか、はたまた上司が発見できないほどのバカボンであったのか、不思議な気持ちがするのである。まあ世の中は生きていて本当に良かったと思うことが段々少なくなっているような気がするのだが、今回の復活は何とも嬉しいことであった。それにしても女性は強い。ふたりとも離婚後、再出発して力強く生きているのである。そしてもうひとつ、女性の声というのはなぜ歳をとらないのだろう。誰か教えてくれないかね?


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