オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

人生の名優が逝く

北村元

27/05/13




 








俳優の長門裕之さんが亡くなられた五月二十一日から三日後、私が自分の資料を整理していた時です。資料の中から出て来た数枚の写真に、私の目は点になりました。

 

私がテレビ朝日ボーリング番組担当のアナウンサーとして出演していた頃の、一九七〇年暮れの写真でした。翌年の正月放送用の収録番組でしたので、私は羽織袴姿です。「嫁さんに逃げられた男みたい」と仲間から陰口を叩かれましたが、私は未婚でした。

 

人気急上昇の女子プロボーリングの番組に出てくださったコント55号と長門裕之さん・南田洋子さんご夫妻たち。東西に分かれての対抗戦でした。写真に向かって右側に関西勢…左手に関東勢が並びました。

 

人生九十年時代に入り、私の右のお三人が、こんなに早くお亡くなりになるとは思ってもいませんでした。欽ちゃんたち東軍が勝ち、二郎さんの西軍が負けました。すると、罰をひとりで背負うようにパンツひとつになって、あの笑顔でコンコースの上を走りまわる二郎さんに、会場は大喜び。暖房が入っているとはいえ、十二月です。コント55号のアドリブの迫力を垣間見ました。「芸道の極みとは〝空気を笑わす〟―それを唯一やった男がいる」と、萩本欽一さんに言わしめた〝坂上二郎さん〟は、一九三四年生まれ。歌手を目指して上京。六十六年に萩本欽一氏とコント55号を結成、テレビを中心に大活躍。二〇〇三年九月、ゴルフ中に脳梗塞で倒れるも、苦しいリハビリの末、翌年六月の舞台で見事復活。医師からも「よくここまで回復しましたね」と言わせたその努力を支えた原動力を知りたいと思っていました。

 

長門さんご夫妻。素晴らしいご夫婦でしたね。長門さんも一九三四年に京都府で生まれ、六歳の時に子役として映画デビュー。南田さんとは六十一年に結婚し、二人は日活の看板スターとして多くの映画やテレビドラマ、舞台で活躍しました。

なのに、なんでこんなに謙虚になれるんだろう…つくづく感心しました。すばらしいご夫婦の一言に尽きます。頂点に向かいつつあったボーリングをお二人で楽しんでくださいました。

晩年は、南田さんを献身的に介護し、その日々を綴った手記は大きな反響を呼んだことはつとに有名です。五年の闘病の末、南田さんは〇九年に先立ちましたが、長門さんは講演などを通じて介護や認知症問題に取り組まれました。その社会貢献の姿勢も多くの人に感銘を与えました。

 

「あんなに仲のいい夫婦は見たことがない。兄貴は南田洋子を愛して、死にました」。津川雅彦さんの言葉を紹介したある新聞が、〝本物の夫婦愛貫いた芝居人生〟と書いていました。間違いなくそうだと思います。

お三人とも早く生まれかわって、お茶の間を楽しませてください。心よりご冥福をお祈り申し上げます。



    User comments
    Comment1    ※10文字以下
    Comment4    ※8文字以下
    Comment2    ※30文字以下
    ・コメントは全角で500文字まで。
    ・書き込みはライターの判断で削除される可能性があります。
    ・詳細はチアーズ利用規約をご覧ください。

    関連記事

    イタリアはローマの裏道

    19/08/2013

    北村元

    初冬のローマの日没はつるべ落とし。日没が近づくと、寒気が空から降ってくる感じだ。...

    インターン・ボランティア

    秋の「火」 希望の「陽」

    26/06/2013

    北村元

    「秋」という字には、火がついている。昔昔の大昔、秋という字は、左上は、禾(のぎへん)。右側に「亀」という字。...

    インターン・ボランティア
    Banner3
    Side girl 20200116
    Side 2

    FOLLOW US

    SNSで最新情報をゲット!

    NEWSLETTER

    メールで最新情報をゲット!

    メールを登録する

    COUPON

    オトクなクーポンをゲット!

    全てのクーポンを表示