オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

今は昔 寂れた坂の村 カーコア

北村元

25/06/13




 
















カーコアという村の名前を聞いたことがあるだろうか。NSW州の中心部にあるブレイニー・シャイアーの村だ。シドニーからは、バサーストを通過して、ミッド・ウェスタン・ハイウェイをいくと、二百六十キロのところにある。村人に聞くと、「人口の半分がシドニーへ行っちまった」と冗談をいうが、二〇〇六年に二百十八人だった村の人口は、六年後の今年で四割増の三百人近くになっているという。


 


マウント・マッコーリーの麓のみどり濃いラクラン渓谷の母なる村カーコアは、ベルブラ川の両岸にささやかに展開する。海抜七百二十メートルだから、冬は冷え込む。


 


ヨーロッパ人が最初にこの地に目をつけたのが、一八一五年と言われる。だが、カーコアがヨーロッパ人の定住地として確立したのは一八二八年。測量技師ジェームズ・リチャードが政府の家畜牧場と二つの貯水池のロケーション・ハンティングに出発した年である。二つの貯水池は、ブラックマンズ・スワンプとカークアンと名付けられ、カークアンが今日のカーコアになった。カーコアという言葉は原住民のクーリ語で、カエルとも窪地ともカワセミとも意味するという。まるで共通性のない意味だが、原住民同士は、聞いていればどちらを意味したか理解できたのだろうか。


 


そこから、この村の発展が始まる。ブルーマウンテンズ以西では、バーサースト、ウェリントンについで、三番目にできた村となる。今はその勢いもないが、カーコアは、かつてはNSW州西部の最も重要な行政機関の所在地になっていた。一九七四年には、村全体がナショナルトラストに指定され、十九世紀の建物がものの見事に原型をとどめて保存されている。この村で一番古いのは、一八四四年の建設になる旧商店で、一八六〇年に増築した旧肉屋と馬具商店である。


 


往時を偲ぶものは現存する建物で、村として現在も機能している。小高い所に、廃線となった旧駅舎がある。一八八八年築である。その麓に、一九七四年まで最後の駅長が住んでいた駅長公舎がある。これも一八八八年築である。今この駅長公舎は個人の家になっているが、ここに、世界で一番体重を減量した人がいる、と聞いた。二百九十六キロから六十八キロにまで落とした男性だという。


 


ブルーマウンテンズ西部の土地が開拓され、金が発見されると、法律の枠内で生活費を稼ごうと思わない人々が登場し、この村周辺が山賊、盗賊の狙い目となった。いまは、寂れたのどかな坂の村である。


 




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