北村元
25/06/13
毎年八月私が行なっているベトナムの枯れ葉剤被害者支援ツアーに、今年は、チアーズの大庭編集長が参加してくれました。全行事が終了した最終日、大庭編集長は世界遺産のハロン湾へ、私は、久しぶりにバクニン省の版画村、ドンホー村を訪ねました。ドンホーは、東胡と書きます。そこで、一五年ぶりに、人間国宝級のチェーさんと再会しました。
覚えていてくれました。ベトナムではこういう人間国宝級の人をゲーニャン「芸人」といい、普通の芸術家はゲーシー「芸士」と呼びます。
もともと、農閑期の副業で刷られていたこの版画は、旧正月の縁起物(写真はドンホー版画では有名なネズミの結婚式)として喜ばれ、かつてこの村には、たくさんの版画師がいました。しかし、一九四五年にベトナムがフランス植民地となると、ドンホー版画を作る人はいなくなってしまったそうです。
五百年の伝統版画の灯をたやさないようにしようとチェーさんは、一九九一年から作り始めたのです。その五年後に、私はチェーさんを自宅に訪ねました。
版画の材料はすべて自然のもの。版木は、比較的柔らかいティという豆の木。紙はゾーという木の皮からできています。絵の具は、各種の木、石、花、貝から作り、緑、白、赤、黄、黒の5色を基本に、組み合わせていろいろな色を作り出します。一日に一色しか刷らないので、五色になると最短でも五日かかります。図柄は、お正月に相応しいもの、願をかけたものなどが多く、四季の風物や農村の生活、歴史上の人物、民話などをモチーフとした、多版多色のドンホー版画を製作しています。
●ドンホー村の版画は、春を呼ぶ、幸せの版画と言われます。今では、たった二軒の家が五百年の伝統とベトナムの心を細々と守っています。チェーさんは、フランスに渡った版木も買い戻しています。
●ドンホー村のチェーさんと、もう一人サムさんのためだけに、和紙に似た紙を作りつづけるのが、バク・ニン省のドン・カオ村の紙漉き職人がグエン・ティ・フエさん。百年以上前から紙漉き一筋の家に育ちました。現在では、たった一人の女性です。朝から夕方まで、約千五百枚の紙を毎日漉き続けています。うまく紙が漉けるまでに最低数年はかかるという、まさに匠の技。紙わざ師です。
ドンホー版画用の紙は、色の乗りを良くするために、砕いた貝殻と、もち米で作る糊を混ぜ、表面に塗っている。普通の紙では得られない、独特の光沢を持っています。二人の男性ゲーニャンと一人の女性紙師…絶妙な正三角形がベトナムの伝統技術を支えています。
SNSで最新情報をゲット!
メールで最新情報をゲット!
メールを登録する