22/01/2015
日本では、新成人は新しい服を着て成人を祝います。蝉の幼虫は古い殻を脱いで、成虫になります。シドニー周辺の今年は、蝉の大豊作。「蝉の大発生は、シドニー周辺とブルーマウンテンでは二〇〇六年以来最大だ。おそらく二〇〇七~二〇〇九年の発育状況が良かったせいだろう。春の十月は異常に暑かったので、蝉の全種類が地上に出てしまったようだ。通常クリスマス時期に鳴くダブル・ドラマーまでもそうだった」(オーストラリア博物館の博士、デイブ・ブリトン昆虫収集部長)。
ところが、大発生したにもかかわらず、蝉は都会ではあまり見られません。変ですね。マックス・モールズ博士(オーストラリア博物館)は、「木とほこりがコンクリートとアスファルト道路にとって代わられたので、新しく孵化する幼虫が潜る場所がなくなり、また成虫が地下で窮地に陥っている。蝉は、シドニーの周辺部に移動せざるを得なくなり、多くはローワー・ノースショーに行ってしまった」という見方をしています。
そこで、私は、目を付けていたシドニー北部のチャーチ・ポイントに急ぎました。大量の抜け殻をリサイクルできないものかと思うくらい、その量に腰を抜かしました。蝉たちのメガ成人式は粛々と行われていたのです。
蝉は、不完全変態といって、卵→幼虫→成虫というように、さなぎの時代がなく、幼虫が直接成虫に変る虫です。蝉、カマキリ、トンボ、バッタ、ゴキブリなどが代表です。
メスは交尾してから卵を作るのではありません。成虫になった時には既に卵は体の中にできていて、あとは交尾によって卵を受精するだけです。
交尾が終わったメス蝉は、産卵管をさし込んで木の枯れ枝や樹皮に卵を産み付けます。土の中じゃありません。枯れ木の上を移動しながら次々と産卵するため、蝉が産卵した枯れ木は表面がでこぼこになります。
産み付けられた卵はその最初の秋か、次の初夏に孵化(ふか)します。蝉の種類によって孵化するまでに二ヵ月~一年かかります。
孵化した幼虫は半透明の白色で、薄い皮をかぶっていて、いったん土の中に潜ぐり、木の根っこの樹液を吸って成長します。枯れ木の表面まで出た後に最初の脱皮を行なった幼虫は土の中に潜りこみ、長い地下生活に入ります。
幼虫として地下生活する期間は、三~十七年(日本のアブラゼミは六年)で、短命どころか昆虫類でも上位に入る寿命の長さです。アメリカには十七年も土の中で幼虫生活をする蝉がいるようです。
幼虫は、太く、鎌の形に似た前脚で木の根に沿って穴を掘り、長い口吻(くちさき)を木の根にさしこみ、導管から樹液をすって成長します。長い地下生活のうちに数回(アブラゼミは四回)脱皮します。地下なら安全かというと、モグラ、ケラ、ゴミムシなどの天敵がいて、中には菌類(「冬虫夏草」と言って、生き物の脳を支配し、乗っ取るきのこ)にやられて死ぬ幼虫もいるんです。
若い幼虫は全身が白く、目も退化していますが、終齢幼虫になると体が褐色になり、大きな白い複眼ができます。孵化を控えた幼虫は皮下に成虫の体ができて、複眼が成虫と同じ色になります。この頃には地表近くまで竪穴を掘って地上の様子を窺うようになるそうです。
蝉はこのように、幼虫として大部分の生活を地下で過し、夏の夕方に地上に出てきて、木に登り、脱皮して成虫になります。最後の数週間、あたふたと交尾します。成虫期間は、野外では通常三週間~一ヵ月ほどと言われています。
蝉の名前を見てみましょう。暗黒街の悪人を思わせる名前がついているのがありますよ。Masked Devil(変装の悪魔 ※私が勝手に訳をつけました)、Razor Grinder(カミソリ砥石)、Black Prince(漆黒の王子)。この三種は、今シーズンは早目に鳴き始めていました。この他にFloury Baker(粉まみれのパン屋)、Cherry Nose(サクランボの赤鼻)、Green Grocer(緑の雑貨商)=別名Yellow Monday(黄色の月曜日)などです。オーストラリアには二百二十種に及ぶ蝉がいるんですって。
蝉で鳴くのはオスだけ。メスに訴えるために、大きな声で鳴いて「ボクはここにいるぞぉ~」って知らせているんです。
鳴く時間帯は種類によって異なるため、種類を調べるのに役立ちます。たとえば日本産のセミ類ではクマゼミは午前中、アブラゼミやツクツクボウシは午後、ヒグラシは朝夕、ニイニイゼミは早朝から夕暮れまでなど、鳴く時間が分かれています。オーストラリアにも、日没近くにだけ、雌に訴える蝉がいます。
夏といっても真昼の暑い時間に鳴く蝉は少なく、比較的涼しい朝夕の方が多くの種類の鳴き声が聞かれます。それでも、蝉の大発生で、オーストラリアの一部の国立公園のパトロール隊員は耳栓をつけるほどの圧倒的な音量なのだそうです。
発音器はお腹にある発振膜と鳴筋と共鳴室からできています。鳴く時は鳴筋がちぢみ、発振膜が中へ引っぱられ音が出ます。続いて鳴筋が元に戻り、発振膜がまた元に戻り弱い音が出て、これを繰り返して連続音が出て、共鳴室で拡大されてセミの鳴き声になります。
この発振膜や鳴筋の振動は、アブラゼミで一秒間に百回、発音器は腹部の両側にあるので両方で二百回起こります。
中西悟堂さんという有名な野鳥研究家で歌人・詩人がいました。悟堂さんの本にこう説明されています。 『(発音器は)種類によって形も大きさも違うために、それぞれ違った鳴きかたになります。この発音器の大きさは、身体の四分の一を占めていますから、つまり腹全体が楽器のわけで、それだからこそ大声が出せるのです。蝉が昆虫のなかで、いちばん大音を出すのも、どんな動物にもないような、こんな道具がそろっているためです』。
(出典:「昆虫界のふしぎ」少年博物館② 中西悟堂著 昭和三十年四月二十五日 四版 ポプラ社発行)
蝉の鳴き声は、昆虫界の自動車盗難防止装置と言われ、オス蝉はメスを引きつけようと、一二〇デシベルの音の強さ出すことができます。音の大きさや、電波の強さをデシベル(dB)で示します。ちなみに、一二〇デシベルって、どんなもんでしょうか。あくまで目安ですが。
もし人間の大きさの蝉が墨田区のスカイツリーにくっついて鳴くと、その声は鹿児島まで届くんだ、とあるオタクが言いました。ホントでしょうか?
「音量があまり大きいと、多くの鳥は蝉を食べるのを諦めて、どこかへ飛び去って行くと思われる。鳥には、蝉の大音量の鳴き声を止めさせる手段はない。それに蝉には、聴力を失わないよう、聞こえなくする特殊の機能を持っている」と、ブリトン博士は言いました。 すごいですね、耳栓の機能があるんですって。
話しは脱線しますが、セミ愛好家に聞くと、セミの鳴き声は、一九七三年にシドニーで結成されたオーストラリアのハードロックバンド、AC/DCコンサートと同じくらいロマンチックだそうです。バンド名は、電化製品の裏側に書かれていた「AC/DC」に由来しており、ヤング兄弟のお姉さんが大音量で演奏していた彼らを、掃除機の音に例えて名付けたって聞きました。ここでは、AC/DCを「アッカ・ダッカ」と呼んでいます。
昆虫は大きな声を出せば出すほど、恋人や潜在的な恋人だけでなく、天敵すらも良い気分にさせ、引きつけます。 「仲間を呼び出しながら、木の上で上体を起こすことは、かなり危険な仕事だ」(オーストラリア博物館昆虫学者デイブ・ブリトンさんの説明)そうです。
蝉は昆虫界では、死を惜しまない虫のようです。数週間の恋歌と交尾のためなら、死んでも構わないのです。「多くの動物のように、オス蝉は、強くて、男らしくて、生殖力があることを自己宣伝し、たくさんの子供を作る可能性を表わすために、危険なふるまいをする。逆を言えば、蝉は、鳥とスズメバチのような一団の天敵たちを基本的に鍛え上げているようなもので、その行為はかなり自殺に近い」(ブリトン博士)のだそうです。
北アメリカの一部の蝉は、高等数学を使って天敵にフェイントをかけるそうです。短い命ゆえに天敵をかわすために、蝉は、素数間隔の周期で、七年ごと、十三年ごと十七年ごとに出てくるように進化していったのです。
難しいですが、ちょっと説明します。素数とは、一と自分自身以外に正の約数を持たない、一でない自然数(正の整数)のことです。百までの素数一覧は、2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、59、61、67、71、73、79、83、89、97である。この素数との相性が、2、3、4または6年というライフサイクルでいけば、天敵から比較的守られる蝉になるというわけです。そういうDNAが、くみこまれているのでしょうか。
「蝉は、実は、樹液の流れと温度の変化から、何年地下にいるかを検出することができる。ところが、オーストラリアの蝉は、恋人と組むことになると、我慢力がなくなって、グリーン・グローサー、フローリー・ベーカーやレイザー・グラインダーのような蝉は、四~六年おきに出てきてしまうと考えられる」とは、ブリトン博士のお説です。
蝉のメガ成人式の背景には、二〇〇七~二〇〇九年に発育状況が良かったのではないかと書きましたが、少なくとも、その年が素数の年でなくても、安全な年だったと想像されます。蝉の集団が出す大騒音で、天敵を寄せ付けなくできるのです。
そういう集団防衛力がなければ、蝉の大量発生は、最も空腹の天敵の食欲を満たすだけになります。「鳥は蝉を食べると別のものを食べられなくなるくらいうんざりする。だから、多くのセミは結局生き残ることになる。蝉が大挙して出てくることは、天敵から守ることになる。昆虫はずっと進化した生物で、本当に奇妙な昆虫だ」(ブリトン博士)。
昨年十月のブルーマウンテンズの山火事で、Masked Devilの一世代が絶滅した可能性があります。オーストラリア博物館博士のマックス・モールズ上級研究員は、「山火事の被災地には、六年間は蝉が出てこないだろう。蝉の回復には、長い間がかかる」と話しましたが、地球温暖化になって、最大の天敵は山火事かもしれませんね。
昔、クロガネモチの大きな枝の皮をナイフで削り、はいだ皮を金槌で叩いて、トリモチを作った方はいませんか。これを竹竿の先に塗ります。この国で、トリモチで蝉をとったら、捕鯨と同じように、文句を言われそうですね。いよいよ蝉の背中をねらって、竹竿を素早く動かしますが、蝉を捕えられなくて、逃げざまに「おしっこ」をされます。私も子供の時にやられました。
蝉のおしっこは、飛ぶ時に体を軽くするためとか、膀胱が弱いからと言われています。体内のあまった水や消化吸収中の樹液を外に出しているだけで、外敵を狙っているわけではありません。そのため飛ぶ時だけでなく樹液を吸っている時にもよくおしっこをします。また、蝉のおしっこはほとんど水で、有害物質は含まれないようですよ。
このトリモチは鳥もつかまえることができるので、トリモチと言います。
植物のジャカランダ、昆虫の蝉は、いずれも夏の到来を告げるものです。ですが、蝉は、実は暑さに弱いのです。蝉の鳴く時間は、早朝や夕方が多く、昼間はあまり鳴き声を聞きませんよね? これは、昼間は暑すぎて蝉もバテているんです。つまり、暑い年には蝉は早死にします。特に一番暑い月に成虫になった蝉は早死にする可能性が高くなります。 逆に、真夏を過ぎて成虫になった蝉の寿命は長くなると言えます。長寿の蝉になると、二ヵ月ほど生きる蝉もいるそうです。というように、環境や時期によって蝉の寿命は変化します。また、天敵の多いところで生まれた蝉は当然寿命が短くなるし、少ないところで生まれた蝉は寿命が長くなります。
「蝉は、〝夏告げ虫〟と言って、まったく貴重な昆虫だった。私の父の世代の子供たちは、お金ほしさに、〝ブラック・プリンス〟を1ペニーで売ったものだ」と、昔を懐かしむ人もいます。一時期の日本のカブト虫みたいですね。今年のような大発生になったら、蝉の値段は暴落したでしょうね。
ローワー・ノースショーのチャーチポイントで出会った抜け殻に、私は圧倒されましたが、いろいろ勉強になりました。(終わり)
【注意】地中での蝉の生態について十分に調査がされているとは言えません。したがって、ここに書かれていることも含めて、検証が不十分なことがあります。
●「昆虫界のふしぎ」少年博物館② 中西悟堂 著昭和 三十年四月二十五日 四版(ポプラ社刊)206頁
●Introducing cicadas - Cicadas - Te Ara Encyclopedia of New Zealand
●Jump up Flindt, R. (2006). Amazing Numbers in Biology, p. 10. ISBN 978-3540301462
●"THE CICADA.". The Sydney Morning Herald (NSW : 1842 - 1954)(NSW: National Library of Australia). 21 January 1928. p. 21. Retrieved 7 June 2013.
●"The Cicadas Are Coming, The Cicadas Are Coming", The New York Times (Ohio State University), 27 April 2004.
●沼田英治・初宿成彦 『都会にすむセミたち - 温暖化の影響?』 海游舎、2007年
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