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北村はじめの『ちょっと立ち読み』


オバマ大統領の広島演説を読む

31/08/2016

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北村はじめのちょっと立ち読み㊼ 2016年:「国際豆年」

 

 

 

アメリカのバラク・オバマ大統領は、現職の大統領として初めて、二〇一六年五月二十七日、被爆地・広島を訪問した。アメリカ大統領に広島・長崎への訪問を願ってきた被爆者にとって、これは歴史的訪問となった。また、アメリカの国内的には、現職の大統領広島訪問で、広島が経験した悲劇に、米国民がもう一度、目を向ける機会になったことは特筆に値するのではないだろうか。

大統領は平和記念公園で、十七分の演説を行った。

「七十一年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました。閃光と炎の壁がこの街を破壊し、人類が自らを破滅に導く手段を手にしたことがはっきりと示されたのです」で始まる冒頭のスピーチの情景描写には不意を突かれた。今回の特集は、オバマ演説を読み返しながら、いくつかの点に触れてみたいと思う。全体として、オバマ大統領らしい雄弁で哲学的含蓄のある演説であった。

  

 

訪問の目的①

 

オバマ大統領は、広島訪問の目的をいくつか述べた。原爆投下で犠牲となった日本人を初め、朝鮮半島の人、アメリカ人兵士らの慰霊と追悼のためである。

「なぜ私たちはここ、広島に来たのでしょうか? 私たちは、それほど遠くないある過去に恐ろしい力が解き放たれたことに思いをはせるため、ここにやって来ました。私たちは、十万人を超える日本の男性、女性、そして子供、数多くの朝鮮の人々、十二人のアメリカ人捕虜を含む死者を悼むため、ここにやって来ました。彼らの魂が、私たちに語りかけています。私たちに内省し、私たちが何者なのか、これからどのような存在になりえるのかをよく考えるように求めているのです」

「私たちは、この街の中心に立てば、原爆投下の瞬間を想像せずにはいられません。私たちは、目の当たりにしたものに、混乱した子供たちの恐怖を感じずにはいられません。私たちは、声なき叫び声に耳を傾けます。私たちは、あの悲惨な戦争が、それ以前に起きた戦争が、それ以後に起きた戦争で命を落としたすべての罪なき人々のことを忘れないためにここを訪れるのです」

  

 

訪問の目的②

 

二つ目の理由は、戦争が、普通に営まれていた家庭を壊し、人と人との絆を断ち切ってしまった認識を示すことを伝えるためだ。

「広島を訪れる理由は、愛する人、自分の子供たちの朝一番の笑顔、台所の食卓越しの夫や妻との優しい触れ合い、心安らぐ親からの抱擁といったことに思いをはせるためです。こうしたことに思いを寄せると、七十一年前にここで同じように大切なひとときがあったということがわかります。亡くなった方々は、私たちとまったく変わらない人たちです」

 

 

訪問の目的③

 

三つめの理由は、人間の心の内なる変革が必要だということを伝えるためだ。

「科学のおかげで私たちは海を越えて通信し、雲の上を飛び、病気を治し、宇宙を理解することが出来るようになりました。しかし、これらの同じ発見は、これまで以上に効率的な殺戮の道具に転用することができるのです。現代の戦争は私たちにこの真実を教えてくれます。広島がこの真実を教えてくれます」

「科学技術の進歩は、人間社会に同等の進歩が伴わなければ、人類を破滅させる可能性があります。原子の分裂を可能にした科学の革命には、道徳上の革命も求められます」


と述べ、人間社会のモラルの変革の必要性を訴えた。さらに、

「われわれは外交を通じて紛争を防ぎ、すでに始まった紛争を終わらせる努力をしなければなりません。相互依存の高まりが、暴力的な競争の原因になるのではなく、平和的な協力を生むものだと考えるのです。そして、私たちの国家を、破壊能力によってではなく、何を築き上げるかで定義づけるのです」

 

  

訪問の目的④

 

四番目は、歴史から正しい教訓を学び、差異を乗り越えて、未来の世代に繋いでいこうというメッセージの発信のためだ。

「単なる言葉だけでこれらの苦しみを表すことはできません。しかし、私たちには歴史を直視し、こうした苦しみを食い止めるために何をしなければならないかを自問する共通の責任があります」

「おそらく何にもまして、私たちはひとつの人類の仲間として、互いの関係をつくり直さなければいけません。なぜなら、そのことも人類を比類なき種にしているものだからです。私たちは遺伝子情報によって、過去の間違いを繰り返す運命を定められているわけではありません。私たちは学び、選択することができます。人類が共通の存在であることを描き、戦争をより遠いものにし、残虐な行為は受け入れられがたいような、別の道があるのだと私たちは子供たちに伝えることができます」

  

 

人間の持つ本然的な矛盾を突く

 

演説前半で、科学技術の革新は、人間がそれを制御できなければ、不幸の道を歩むことになると訴えかけた。 科学技術は善にも悪にもなり得る。演説は、人類が自ら破滅を招き寄せかねないという「人間の心の不合理」を捉えた発言だった。

「しかし、この空に立ち上ったキノコ雲の映像を見たとき、私たちは人間の中核に矛盾があることを非常にくっきりとした形で思い起こすのです。私たちの思考、想像力、言語、道具を作る能力、そして人間の本質と切り離して自分たちを定めたり、自分たちの意志に応じてそうした本質を曲げたりする能力といったものを私たちが人類として際立たせること――まさにそうしたことも類を見ない破滅をもたらすような能力を私たちに与えられることによって、どれだけ悲劇をもたらす誘発剤となってしまうか」

矛盾とは、《昔、中国の楚の国で、矛(ほこ)と盾(たて)とを売っていた者が、「この矛はどんなかたい盾をも突き通すことができ、この盾はどんな矛でも突き通すことができない」と誇ったが、客が「それではお前の矛でお前の盾を突けばどうなるか」と尋ねられて答えられなかったという「韓非子」の故事からきている》。

 

  

「アメリカ独立宣言」からの引用

 

演説の後半で、「アメリカ独立宣言(一七七六年)」を引用した感動もあった。

「私自身の国の物語も、簡単な言葉から始まりました。『すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている』(米独立宣言)。この理想の実現は決して容易ではありませんでした」

なぜ感動したかといえば、この人間の尊厳・生命の尊重の建国の精神を、差異を越えて全人類にまで広げた意義を感じるからだ。ある意味で、哲学の分野に踏み込んだといえる。

 

  

フィナーレ

 

「未来において広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られることでしょう」

広島演説をこう締めくくった。演説を締めくくるこの一文をどう読むかである。オバマ大統領ほど、現職大統領が核軍縮に積極的に取り組んだ例は稀だ。残念ながら、核軍縮は、軌道に乗っているとはいえない。

一九七〇年に核拡散防止条約(NPT)が発効してからも、核拡散は止んでいない。抜本的な核軍縮も進んでいない。八年前の演説後オバマはノーベル平和賞を受賞しているが、その後ウクライナをめぐる米ロ対立で核兵器削減は思うように進まず、北朝鮮への拡散など〝核危機〟はかえって増大している。原爆投下から七十年となった昨年のNPT再検討会議は、最終合意を得られないまま閉幕した。その一方で、核兵器の非人道性への懸念は国際社会に広く共有されるようになってき

史上初となる現職大統領の広島訪問・演説を受けて、何が大事かといえば、「道義的な目覚め」を呼び起こすための私たち民間の活動である。

ひとり一人が平和を叫び続ける中で、一万五千八百五十発もの核兵器の廃棄を、政治家、軍人に思い切らせる、強固で揺るぎない連帯を築かなくてはならない。それが未来に生きる人々へと確かに継承されていかなくてはならない。

 

  

「ゲティスバーグ演説」を想起させる!

 

「私の国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければなりません」

「私の生きている間に、この目標は実現できないかもしれません。しかし、たゆまぬ努力によって、悲劇が起きる可能性は減らすことができます。私たちは核の根絶につながる道筋を示すことができます。私たちは、ほかの国への核拡散を止め、狂信者たちから死をもたらす(核)物質を遠ざけることができます」


オバマ大統領が広島で、核廃絶という未完の事業に挑もうとこう呼び掛けたことは、リンカーン大統領の有名なゲティスバーグ演説(一八六三年)と重なるという評価の声が聞かれる。

一八六三年七月一日から三日にかけて、ペンシルベニア州ゲティスバーグで、南北戦争史上、最大の激戦が繰り広げられ、勝敗を分ける転換点になったといわれる。リンカーン大統領は、ゲティスバーグで「(自由と平等という信条に捧げられた新しい国家を築くという)未完の事業に、ここで身を捧げるべきは、むしろ生きているわれわれ自身であります」(『リンカーン演説集』高木八尺・斎藤光訳)と語り掛けました。リンカーン大統領は、内戦の終息と南北和解を想定し、歴史に残る演説を行った。
余談になるが、この日ゲティスバーグにはカメラマンもいたが、マイクロフォンのない時代、リンカーンの演説が始まってもカメラマンはそれに気づかず、ようやく気づいて写真を撮ろうとした頃にはもう演説が終わっていたという。そのためこの歴史的演説を行っているリンカーンの鮮明な写真は存在しない。また演説そのものはリンカーンが祈るような小さな声で述べ、だれも注目しなかったが、たまたま書き留めていた記者が記事にして後に有名になった。

  

 

プラハ演説から広島演説へ

 

ワシントン・ポストは、米政府高官の話として「プラハで核なき世界を訴えた時のような演説をする可能性がある」と伝え、オバマ演説はその通りになった。

さらに、ワシントン・ポストは「ホワイトハウスは、オバマ氏が大統領就任時に掲げた核軍縮の目標のシンボル的なことをするのは、就任最後の年となった今だと確信している」と解説。広島演説は、残り少ない任期となったオバマ大統領にとって、「核兵器のない世界」を謳い、ノーベル平和賞を受けた二〇〇九年四月の「プラハ演説」の完結編となった。

  

 

なぜ「謝罪無き」広島訪問が実現したか?

 

二〇〇九年、首相・鳩山由紀夫との会談後の記者会見で、「将来、(広島、長崎)両市を訪問することは当然光栄なことであり、非常に意義深いことだ」と語った。そのオバマ自身の広島、長崎への「思い」に道を開いてきたのは、駐日大使のキャロライン・ケネディである。ケネディ大使は自ら「原爆の日」の平和記念式典に出席、オバマの広島訪問をアドバイスしてきた。

だが、そこでネックになるのは「謝罪」だ。民主党寄りのニューヨークタイムズも「大統領が日本への謝罪を示す言動は大きな政治問題となる」と〝忠告〟してい た。国務長官ケリーが注目していたのは「謝罪」の要求が国民の間にどれほどあるかであった。アメリカの謝罪は困難である。米国の世論は、未だに「日本への原爆投下は正当だった」が半数を超えている状況があるからだ。だから、某国のように「謝罪」要求のシュプレヒコールでは実現するものも実現しない。大きな度量が必要だ。加害者・被害者の「恩讐の論理」を超越するのは、当面、今しかない。そして、核兵器の非人道性を直視してもらうのだ。

G7外相会合で国務長官・ケリーが、G7サミットで大統領オバマが原爆死没者慰霊碑に献花をすれば、それが謝罪でなくて何であろうか。平和記念公園で被爆者の森重昭さんを抱きしめたのも、無言の謝罪である。

G7外相会合での国務長官ケリーの発言は、言外に謝罪の意味を含んだものといえた。資料館の感想で「衝撃的な展示で胸をえぐられる思いだ」と述べた。ぎりぎりの表現で日本国民に分かってもらおうとしている。芳名録には、「世界中の人々がこの資料館を見て、その力を感じるべきだ」と記した。記者会見では「いつか大統領もそのひとりとなってほしい」と発言し、国務長官ケリーも、大統領オバマ訪問への道を開いたといえる。

日本政府も、これまで主張してきた「核兵器の非人道性」の表現を「広島宣言」から取り下げた。また核廃絶に関しても広島宣言は「現実的で漸進的なやり方でなければ達成できない」と主張した。これは米、英、仏など核保有国の主張に添って、且つ未来志向をにじませた。

皮肉にも、オバマ大統領の広島訪問に、ある意味で道を開いたのはあのトランプ氏だった。ホワイトハウスは、大統領選の年に広島を訪問することで外交上の批判が生ずる可能性を十分認識していた。折から共和党候補のトランプが、北朝鮮の脅威に対抗して日韓両国の核保有論を唱えて、核問題が大統領選の争点として浮上している最中に、ホワイトハウスは、トランプ発言を逆手に取れば、大統領オバマの訪問は世界的な注目を集め、逆攻勢となりうると判断した。

トランプ発言に対しては既にホワイトハウスは大統領副補佐官ローズが「戦後七〇年堅持してきた核の分野における外交政策の前提は、核兵器の拡散防止だ。どの政党が政権を握ってもこの立場に変わりはなかった」と説明、「既存保有国以外への拡散容認は悲惨な結果をもたらす」と痛烈に批判した。

イギリスのフィナンシャル・タイムズは日米関係の専門家・ジェニファー・リンド氏の話として、共和党がオバマ大統領の広島訪問を批判することは困難だとの見方を伝えた。アジア地域で中国の軍事力を強化していることがその理由で、共和党も、同盟国との関係強化の必要性を認識しているのだという。

以上述べてきた関係者の努力や諸条件が融合し、大統領オバマの広島訪問への道は大きく開かれた。

 

  

最後に

 

もう一度、オバマ演説の一節を繰り返しておきたい。

「私たちには歴史を直視し、こうした苦しみを食い止めるために何をしなければならないかを自問する共通の責任がある」

私たちは未完の事業に参加しようではないか。市民社会のあらゆる人々や組織が「核兵器のない世界」に賛同するのだ。「核廃絶」の正義の声は、実現して初めて本物の正義となることを忘れまい。(おわり)

  

 

参考・引用文献:オバマ大統領演説全文訳(時事通信社 朝日新聞社)

 

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