オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

娯楽記事 > 北村はじめの『ちょっと立ち読み』

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長い鎖国の結果、大船の建造技術も操船能力も持たなかった日本人にとって、自国の乗組員を乗せて世界を雄飛する国産の商船隊を持つことは長い間の夢だった。氷川丸はその夢を叶えたシンボルであったわけだが、氷川丸が係留されている横浜市の山下公園も、関東大震災で出た瓦礫などを使って海を埋め立てた公園であり、瓦礫の中から立ち上がった横浜市民の不屈の精神のシンボルでもある。氷川丸が誕生する一ヵ月前の一九三〇年三月十五日に開園した、言わば“同期生”である。

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年始の酒の機会は世界各地で無限だ。メキシコのマルガリータとかペルーのピスコ・サワーといった有名なシグネチャー・ドリンクは、観光客のブランド体験の魅力となっており、おいしく飲めれば、人々の話題性が高くなり、口コミで広がっていく。例えばビッグ・アップルのマンハッタン、シンガポール・スリング、またキューバのハバナで飲むモジトーなど世界で不動の地位を確立したカクテルの人気は衰えず、コスモポリタン文化の一部を担う。 神だってアルコールと無縁ではない新年。「シグネチャー・ドリンク私の六選」だ。

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ジェフリー・ブレイニーの著書『距離の暴虐』(邦題)(The Tyranny of Distance:英語)の冒頭にこう書かれている。 スイスは山を特徴としてなすように、オーストラリアの特徴は距離である。海路によっても空路によっても、ヨーロッパからの距離は一万二千マイル(二万一千六百キロ)である。(中略)オーストラリアの一方の海岸から反対側の海岸までの距離、あるいは海岸から乾燥大陸の内陸までの距離は、オーストラリアが欧州から孤立しているのと同じくらい頑固な問題である。(前書きより) かつてクリッパールー

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新聞報道された天皇のお言葉から、これからの日本の文明開化の鍵は鉄道交通にありと確信したのが、二十七才の青年雨宮敬次郎であった。雨宮は初めて見る陸(おか)蒸気(汽車)に驚きの目を見張った。一八七六(明治九)年には、三十一才でアメリカ大陸横断の鉄道の旅に出て、日本の文明を開くのは鉄道であることを胸に秘め、鉄道起業に夢をかけた。

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1945年にドイツが無条件降伏をして、ヨーロッパにおける第二次世界大戦は終了した。しかし、この瞬間からドイツの分割統治が始まった。ドイツは東と西に分けられ、それぞれがソ連、アメリカによる統治のもとで再スタートを切ることになった。 しかし、首都のベルリンは、ドイツ民主共和国(以下東ドイツする)に入ったが、ここも東側と西側による共同管理となった。 ところが、1961年8月13日深夜2時、東ドイツの人民警察と人民軍が鉄条網とバリケードにより街を分断。何のため? ドイツ連邦共和国(以下西ドイツとする)への労働

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今回は、今年三月一日に退任したウルグアイのホセ・ムヒカ(Jose Mujica)前大統領をご紹介しよう。

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2014年9月、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議のため、イギリスを訪問したオバマ米大統領は、会議終了後の月日、南部ソールズベリーにある世界遺産の巨石遺跡群「ストーンヘンジ」を訪れました。なんでも、オバマ大統領のストーンヘンジ訪問は、「バケットリスト(棺桶に入るまでにやっておきたいことのリスト)」の項目の一つだったとか。実は、ストーンヘンジは、墓場の役目を果たしていたのです。

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これは、大東亜戦争末期、日本軍マニラ海軍防衛隊の絶体絶命のピンチに、自ら責任をとり、部下の台湾人日本兵を救った海軍警察隊大隊の長物語であり、命を救ってくれた報恩感謝に燃えて、一九七六年から慰霊祭を続けてきた台湾人元日本兵とそれを引き継いだ日本人の物語でもある。

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「私、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使いました根っからの江戸っ子。姓名の儀は車寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します。」新年特集は寅さんで、笑ってください。

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第三代将軍・徳川家光のもと、一国一城制を定め、武家諸法度を発し、江戸幕府の基盤を完成しつつあった矢先に起こった島原の乱は、江戸幕府を震撼させました。

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今も皇居の北桔橋門近くに残る天守台。そこに、一六五七年の明暦の大火で炎上した天守閣を、現存する「建地割図」(城の断面図)を基に、江戸城の天守閣を木造で再建しようという計画が進められている。 十万人以上の犠牲者を出した明暦の大火で江戸城が焼け落ちて、今年で約三百六十年。復興に待ったがかかった江戸城天守の再建はなるのか?

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熊本県にある熊本城の「武者返しの石垣」。一見、容易に登れそうですが、上に行くほど反り返るため現実には困難でしょう。その石垣は、加藤清正が近江国から連れてきた石工集団に造らせたとされます。 約六年かけた〝難攻不落の名城〟の完成から二百七十年を経た一八七七年の西南戦争。官軍が立てこもる熊本城を薩摩軍が三日にわたって総攻撃するも、一兵たりとも入ることができず、籠城戦は官軍の勝利で終わります。 今回ご紹介するのは、難攻不落のはずだったが、たった半日で落城。しかも、即、廃城となった静岡県三島市の箱根山の山中城を

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数世紀を超えて、今も日本人の心に勇気や教訓を与える城郭。今回から四回にわたり、日本の城をご紹介しようと思います。できる限り自分の写真でご紹介したいので、回数は限られます。

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人間の宇宙探査の歴史の中で、一九六九年の人類史上初の月面着陸は素晴らしい偉業だった。だが、その陰に隠れて、太陽の影響圏を脱し、昨年、史上初めて星間空間を旅する人工物となった宇宙探査機ボイジャー一号の活躍は、決して見落としてはならない。一九七七年に打ち上げられて以来三十六年。木星や土星を観測し、木星の衛星イオに地球外初の火山活動も発見した。ボイジャー一号は今、地球から光速でも十七時間以上というかなたを飛行中だ。宇宙のすべてを分かりたいという、私たち人間本能の知的欲求を駆り立ててくれたボイジャー一号を誕生させ

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日本では、新成人は新しい服を着て成人を祝います。蝉の幼虫は古い殻を脱いで、成虫になります。シドニー周辺の今年は、蝉の大豊作。「蝉の大発生は、シドニー周辺とブルーマウンテンでは二〇〇六年以来最大だ。おそらく二〇〇七二〇〇九年の発育状況が良かったせいだろう。春の十月は異常に暑かったので、蝉の全種類が地上に出てしまったようだ。通常クリスマス時期に鳴くダブル・ドラマーまでもそうだった」(オーストラリア博物館の博士、デイブ・ブリトン昆虫収集部長)。

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ヨーロッパからの第一船団がシドニー湾に入ってきた時、シドニー湾には十四島が浮かんでいた。年を経て、コカトゥー・アイランドに一番近いスペクタクル・アイランドはふたつがひとつになり、他に五島が本土と地続きなって吸収合併され、現在は七島である。

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悪名高い泰緬鉄道とは、太平洋戦争中に日本軍鉄道隊が一九四二年の秋から一年をかけて建設したタイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ全長四百十五キロの鉄道のことだ。

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2013年の1年間も、小生の記事を読んでくださり、厚くお礼を申し上げます。秋田県角館生まれの歌人遠藤桂風は、若山牧水に師事し、「山には山のいのちあるかも 抱かれて朝夕あるに心足る」と詠みました。山懐の自然で角館の人々は伝統を受け継ぎ、心を磨き、文化を育んできました。年末年始、日本の故郷に帰る方。故郷はあるけど、帰らない方。故郷はあるけど、もう迎えてくれる人もいなくなってしまった…という方もいらっしゃるに違いないです。この特集は、故郷に帰らずオーストラリアで2014年を迎える方々のための、さわやかな「笑いの

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大正五年(一九一六年)七月二十六日、作家、田山花袋(本名、録弥(ろくや))が高遠町内の蓮花寺の裏山で、桜の老樹の下に小さな墓を発見し、こう詠んだ。そこに葬られているのは、江戸時代、権力争いの中に翻弄された末に遠流(おんる)に処された悲劇の絵島だった。 町人文化が華開く江戸で起きた大騒動も、絵島の死によって終わりを告げ、以来二世紀近く、田山花袋によって絵島の墓が発見されるまでは、世間からはまったく葬り去られていた。その絵島事件をほんの少し掘り起こしてみよう。

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今年もまた、終戦記念日が近づいてきた。一九四五年という年。三月十日東京大空襲をはじめとする地方都市へのアメリカ軍の執拗な焼夷弾爆撃による焼土壊滅作戦。そのうえ、八月六日と九日のアメリカ軍による原爆投下。それも一個ならず二個までも。そして迎えた八月十五日の敗戦。一九四五年(昭和二十年)八月十五日の天皇の詔勅により、多くの人は、ここですべての戦争が終わったと今でも思っている。 事実はそうではない。〝終戦後〟に日本の固有領土の一番北端の北千島の占守(シュムシュ)島で激戦が始まったのだ。

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