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Cheers インタビュー


笑福亭笑子 ボンダイ・フィーストに登場!

22/07/2018

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笑福亭笑子

ボンダイ・フィーストに登場!

 

メルボルンを拠点に世界で活躍するコメディアンで落語家、腹話術師の笑福亭笑子さんが、ボンダイで7月26日に開催される芸術祭『ボンダイ・フィースト』に出演することが決まった。会場では先ごろメルボルンで行われたコメディ・フェステイバルにてオージーを唸らせた「Absolutely Normal」を披露する予定。パペット落語や英語落語、腹話術を使った彼女の笑いをぜひ堪能してほしい。芸術祭直前の彼女にインタビュー!

 

『Bondi Feast』
日時:    7月26日(木)8:30pm-9:30pm
会場:    Parlour Tent Bondi Pavilion 
    1 Queen Elizabeth Drive, Bondi Beach
チケット:    $30
https://www.bondifeast.com.au/event/showko-absolutely-normal/

 

 

シドニーは以前にもいらしたことがありますか?

芸人になる前の1995年に一度プライベートで来たことはあったのですが、仕事では2年前に、ジャパン・ファンデーションさんに呼んでいただいて2回講演をさせていただときが初めてでした。昨年には豪華客船でのショーの仕事でも立ち寄りましたので、仕事では3回目のシドニーになります。

どのような経緯で今回ボンダイ・フィーストに参加することになったのでしょうか?

メルボルン・コメディフェスティバルに出場したときに好評だったので、その噂を聞きつけてボンダイ・フィーストのイベント・プロデューサーから招待を受けて、今回出演させていただくという形になりました。

もともとは神戸市で婦人交通指導員として警察に勤務していたそうですね。

警察の制服を着て腹話術のお姉さんで交通安全を教えていました。他県では恐らくそういった部署はないと思うんでけど。そこで腹話術や話術、マジックなど芸人のようなことを朝から晩までやっていたのが腹話術を始めたきっかけです。

小さい時からお笑いには興味があったんでしょうか?

もともと子供のときから、正月の親戚の集まりになると、仕切って芸をしたり、安来節を踊ったり、司会をしたり。「今年は何をしようかな」とネタを考えている子でした。とにかく子供のときから人前で人を喜ばせることが好きでした。学校では目立って人を笑わすという感じではなかったんですが。実はコメディアンて結構暗い人が多いんですよ。舞台に立つと、ワーとうるさいけど普段は繊細で真面目という人が多いんです。私も普段はおとなしかった方でしたが、人前に立つと力がみなぎるという感じでした。

英語で演芸をするようになったきっかけは?

カナダにワーキングホリデーで一年滞在したさいに英語は勉強しました。あることがきっかけで帰国後は日本で芸人ではなく、ラジオのアナウンサーを目指しました。おかげさまで関西エリアで『ラジオ大阪』や『FM宇治』、そして読売テレビの『24時間テレビ 愛は地球を救う』では大阪会場の司会を務めさせていただきました。しかし、せっかく英語を覚えたのでいつか海外でやりたいという思いがずっとあったんですね。そんなときに芸能事務所の社長から「シンガポールでラジオを開局するからオーディション受けてみたら?」と勧めていただいて、シンガポールに移住したんです。ですから海外へは芸人としてではなく、アナウンサーとして飛び出たんです。

なるほど。師匠である落語家の笑福亭鶴笑さんとシンガポールで出会ったそうですね?

シンガポールでラジオのアナウンサーをしているときに、師匠の笑福亭鶴笑が番組に来てくれたさいに師匠の生の英語での演芸を観て、私も目の前のお客を生で笑わしたいなと感動を覚えました。ラジオはラジオでリスナーとのやり取りもあって楽しいですけど、演芸は反応が直に伝わってきます。それを英語と腹話術を用いて世界中の子供から大人まで笑わしたい! 絶対やりたい!という思いに駆られました。私の師匠も人形を使って落語をするのですが、私も腹話術をやっていた経験があったので。

では、シンガポールで弟子入りを果たしたわけですね。

師匠が文化庁文化交流使として、今後ロンドンを活動拠点にすると聞いて、旅立つ前に弟子入りを志願したのですが、「女性は落語家として難しいし、それに年も年やし結婚した方が幸せなんじゃないですか?」と言われてしまって。それでもやる気をみせたいと思い、仕事もやめて恋人とも別れ、ロンドンに1日先回りをして、ロンドンのヒースロー空港で師匠を迎えました。そこでやる気を買われて、晴れて弟子入りの許可をいただきました。

ロンドンではどのような生活を送っていましたか?

海外では、日本みたいに師匠についていけば顔が売れるとか、師匠の前座が自動的に用意されるわけではないので、ストリート・パフォーマーの時代もありましたし、スタンダップ・コメディもしていました。アナウンサーをしていたのでもともと人前で堂々と喋ることはできたのですが、芸人としての喋りはまた違うので、芸人として英語での話芸を磨くという意味でそういったところから始めましたね。最終的には師匠と一緒に劇場に出たり、エディンバラ・フェスティバルに出演したり、ヨーロッパ各地の大きな会場で演目をさせていただきました。

初めて芸人として舞台に立ったときはどうでしたか?

フィリピンの芸術祭に招かれたときが初舞台だったのですが、そのときはなぜか大爆笑で手応えバッチリでした。その後、テレビ・ロンドンでやってみたら、あれ?みたいな…。噺家として海外で修行をしたのは唯一私だけだと思うんですが、厳しい環境のロンドンで4年間鍛え抜いたその努力がいまに生きているんだなと思っています。初めからみんなが何でも笑ってくれてる生ぬるい状況にいたら、今の私はなかったし成長してなかったなと。辛いこともあったけど、いま振り返ればすごくよかったですね。

先ほど世界三大コメディーフェスティバルのひとつ『エディンバラ・フェスティバル』にも出演されたとおっしゃっていましたね。

エディンバラ・フェスティバルには、2度出演させていただきました。メルボルン、エディンバラ、モントリオールが世界三大コメディーフェスティバルで、モントリオール・フェスティバルにはまだ出演していません。モントリオールは高き門というか、世界中でも超売れっ子のトップスターが招待されるフェスティバルなので、いつか声がかかればありがたいですね。

その後、日本でも落語の修行をされていますね。

2008年から関西に戻って、大阪で古典落語の基礎をしっかり勉強しました。落語家の先輩方や師匠方に怒られながら、いろいろなことを勉強させていただいて。天満天神繁昌亭を中心に活動していたのですが、とにかく毎日朝から晩まで仕事詰め。東京でもやっていましたし、ほとんど家に帰る間もないほどでした。

売れっ子ですね。

落語家の仕事はその当時、小規模のもから大規模のものまで山ほどありましたので、売れっ子というわけではないのですが。日本できっちり活動して、古典の基礎を学ぶことができてよかったです。

噺家として忙しい生活から一転、2010年から再びシンガポールへ戻られた理由をお聞かせください。

日本語を喋れない夫に家事や育児をすべて任せて、私は芸に集中させていただいたんですけど、いつも午前様だったので子供が毎晩「ママと一緒にいたい!」「ママといたい!」とよく夜泣きをしていたんです。それを近所の人が「ママ痛い! ママ痛い!」と聞き間違えて…。ある日、幼児虐待の容疑で警察が実際に家へ来たことがあったんですよ。ちょうど夏の暑いときで、子供が「ベランダでご飯を食べたい」って言いだして。「しゃあないなあ、たまのことやからええか」とベランダで食べさせてたんですよ。私は冷房のガンガン効いたところで食べてたところに警察がやって来て。「違うんです! 幼児虐待なんてしてません」って弁明したんですが、警察もなかなか理解してくれなくて。「そんなんしてません。何かの間違いです。ほら見てください。息子あんなにピンピンしてます!」と指を刺した方向には、炎天下の中、ベランダに裸でご飯を食べている息子の姿が…。「お母さん! あれは何ですか! やっぱり虐待してますね!」と勘違いされまして。「息子がしたいっていうから」と必死に弁解して、慌てて息子の手をひっぱってこっち来なさいって言ったら「痛い痛い!」って泣き出して。「またお母さんそんなことして。ほら、お尻にアザがあるじゃないですか?」「これ蒙古斑なんですぅー」というやり取りがありまして。そのときにふと、私が芸に集中したお陰で、日本語のできない夫と子供をどれだけほったらかして来ていたんだろうということにやっと気がついたんです。その後、英語の話せる国だったら私どこでもいくから、夫の仕事のある場所に移ろうと話し合いました。すぐに夫はシンガポールで仕事を見つけることができまして。シンガポールなら以前に私も住んでいたし、仕事の面もいろいろ活動できるいうことで一家で動くことになりました。

笑子さんにとっては2度目のシンガポール移住ですね。

シンガポールでは再びラジオのレギュラーをいただいたり、シンガポール航空やキャセイパシフィック航空の機内音楽の番組を担当させていただき、また、英語落語のイベントなど多岐にわたって活動していました。日本も近いのでよく帰国もできて、とてもいい環境だったのですが、自分の中で沸々と「ちょっと待てよ」という思いもありました。環境が良すぎたんですね。このまま居心地がいい場所に住んでいていいのだろうか。芸人として芸が磨ける場所に住みたい、ここは自分が成長する場所じゃないと感じたんです。そこで再び話し合いまして、コメディ・フェスティバルを開催するメルボルンはコメディが盛んだし、芸人もたくさんいるということと、夫の故郷がメルボルンという理由から、メルボルンへ移ることを決めました。結果的にせっかく仕事が決まった夫をまた振り回してしまって、今思えば申し訳なかったなと思います。

メルボルンはどんな印象でしたか?

シンガポールは伝手がありましたし、ロンドンでは師匠と一緒だったのですが、メルボルンでは伝手もないのでゼロからのスタートでした。自分で小規模な会をして、そこに観に来てくれたエージェントがスカウトしてくれて。学校公演から始まり、次第にコメディ・フェスティバルに出演したり、スタンダップ・コメディに出演したり。そうするとようやくテレビやラジオの関係者から声が掛かるようになり、どんどん広がってきたという感じでしょうか。

オーストラリアズ・ゴット・タレントに出演されていますね。

もう2年前になりますが準決勝まで行かせていただきました。今年の8月にはトンガ公演も決定しているんですよ。現在は英語での落語を頑張っているんですけど、鶴瓶師匠にも「日本語も英語も両方したらええねん」と言われまして、わたしの師匠にも「たった2ヵ国語やん」と助言をいただきましたので、日本語での落語もこれから定期的に、小さな規模のほのぼのした会をしていこうと思っています。

チルドレンズ・ホスピタルなどでのチャリティーショーなども精力的にされていますね。

ロンドンでチルドレンズ・ホスピタルでショーをさせていただいたときに、すごく感動して逆に病気を持つ子供たちから元気をもらった経験がありました。いつかまたやりたいなとずっと思っていたところに、病気を持つ子のお母さんが私のことを知ってくれていて、推薦してくださいました。病気で動けなくてチューブがたくさんついている、自分の子供と同じくらいの子供たちを見て、はじめは辛かったです。でもそんな弱気ではだめだと思って。強い気持ちで笑わせに行きました。子供たちと対話するような感じで楽しんで、その場の雰囲気で、当初決めてた内容と全然違う方向に流れて行ったりもするのですが、アドリブを効かせて、その子たちが喜ぶことを一番大事にショーをしました。今後も、子供たちがたくさん笑ってくれて、少しでも免疫力が上がって元気になってくれるように続けていきたいですね。子供たちはしんどいと思いますけど本当によく頑張っています。普通の生活ができるということに改めて感謝しますね。

今回で3回目の出場を数えるメルボルン・コメディ・フェスティバルの手応えはどうでしたか?

今年は一番良かったですね。今年は初めて、ランディという紫色のパペットを操るパペティアで、ニューヨークでも売れっ子のヒース・マッキバー監督と、ジャネット・マクラウド・プロデューサーとともに何度もリハーサルを重ね、モルトハウス・シアターという有名な劇場でさせていただきました。ほとんど毎晩満席で、いままでで一番いい手応えでした。


オーストラリア人向けにネタは変えたりするのでしょうか。

ネタをやっていくうちにいいアイデアがあればどんどん変えていきますね。コメディ・フェスティバルでは大幅に変更はしませんが、メルボルン・フリンジやコメディクラブなどではいい意味で実験的なショーがでますので、お客さんと一緒に改良していくというのはあります。毎回改良して月曜と土曜日が全然違うものになったりして。ぜったい満足することはないので、もっと良く、もっと良く、という思いで毎回やってます。

その完成されたネタがシドニーで見れるというわけですね? 


シドニー向けにネタを少し変えて、完成したネタをお見せできると思います。今回ボンダイ・フィーストで行う予定の『Absolutely Normal』は、古典落語「あたま山」をベースに、スタンダップコメディと腹話術、そしてパペット落語がちりばめられた感じです。私なりに古典の良さも残しつつ、こちらの人にもわかりやすいように、寄席の音楽やはめものも、三味線や太鼓などの日本的なものだけではなくて洋楽も入れています。歌や音楽、落語、人形などの小道具もあり、普通の落語というよりもエンターテイメント性の強いユニークなショーに仕上がっています。

とても楽しみです。ところで、普段エピソード・トークなどを面白く話すときに重要視していることはありますか?

その状況で異なりますので、これと言うことは言えませんが、修行中に私が楽屋などで学んだことで一番大切にしているのは、空気を読むというか相手のこと読む、『先繰り機転』ではないでしょうか。師匠を見て、「師匠は次に何がほしいんだろう? お茶が飲みたいのかな」と、言われる前にできるように常に心がけています。その心がけが芸人として舞台でいかされますので、先繰り機転は落語家としてとても大事ですね。いまはこういう空気だからこのネタを言ったらいいとか、これは今言ってはいけないとか、状況に応じて機転を利かせるように心がけています。

今後の予定、これからの目標をお聞かせください。

今年の9月、笑福亭松鶴大師匠の生誕100周年記念のお祝い興行がありまして、笑福亭一門が全員勢揃いするという、いままでも、これからも二度とないであろうという前代未聞の興行に出席させていただくために一時帰国します。笑福亭鶴光師匠や鶴瓶師匠などびっくりするようなメンバーが終結するのですが、そこで私も古典落語をさせていただく予定です。また、ニューヨークのエージェントからオファーをいただいていて、これからアメリカでも頑張ってやっていきたいと思っています。家庭も大切ですけど、芸人としてやるからにはどんどんビッグになって成功して上を目指したいので、家庭が疎かになるかもしれないですけどそれでもガンガンやっていきたいですね。

在豪中の日本人の若者に海外生活の先輩からアドバイスを。

やりたいことをとにかく何でもやりまくること。私がカナダに行ったときの目的は英語を学ぶことたっだので、あえて日本人のいないところばかりで働いて、一言も日本語を話さない環境を作りました。ホームシックになり、寂しいときにラジオを聴いていて、ラジオっていいなって思ったことから、日本に帰国してからアナウンサーを目指しました。そして、アナウンサーとしてシンガポールに行ったことで、師匠と出会うことができて、落語家に転身できました。何か目の前にあることを一生懸命やっていたら、そのやりたいことができるようになったときに、実は違う道が開けているものです。先のことを考えすぎたら動けなくなるので、とにかくどんな仕事をしててもどんな状況においても、いまやりたいことをがむしゃらにやってほしいですね。失敗してもそれは肥やしになるので。やっていればどんどん予想しない良い道、いい人生が待っていると思います。と自分にも言い聞かせています(笑)。

笑子さんにとってずばり笑いとは? 

人生になくてはならないもの。笑いがないなんて想像できないですよね。私にとって笑いは空気と同じくらい大事なもの。とかいいながら一生懸命ネタを考えて、笑いを作っている本人が悩んで笑えない日々もあるんですけどね。ときには落ち込むこともありますし、いろいろ大変なこともあります。海外ですのでびっくりすることも多いかもしれませんが、そんなときは手を止めて、世界中にも素晴らしいコメディアンの方がたくさんいるので、気分転換に自分が面白いと思うものを観たりして、心を軽くしてみたらいいんじゃないでしょうか。心が晴れたらいい考えも浮かぶはずです。

最後に、ボンダイ・フィーストに興味のある読者にコメントをお願いします。

実体験を面白おかしくスタンダップにしてまして、手作り人形を使った腹話術独特の笑子ワールドと、「こんなことになっているの?」と変化した独特の落語を、どうやって英語で笑わしているのかというのをぜひ見に来ていただけたら嬉しいです。これからもオーストラリアを拠点に頑張って大きくなっていきますので、皆様応援よろしくお願いします。

 

 

プロフィール:笑福亭笑子 上方落語協会所属


2004年 笑福亭鶴笑入門 海外を拠点にして活動する唯一の落語家。ロンドン、東京、大阪、シンガポールに住み、現在はメルボルンを拠点に、テレビ、ラジオ、劇場、企業イベント、フェスティバル、講演会、豪華客船などオーストラリアを中心に世界を舞台に活動。腹話術落語、スタンダップ落語、古典落語をバイリンガルで高座にかける。難関テレビオーディション 「オーストラリアゴットタレント」で準決勝まで進んだ。 
兵庫県警にて腹話術を使った交通安全指導の仕事に携わったのが腹話術をはじめるきっかけとなった。のち、1年間カナダで語学留学し、留学中寂しい時にいつも聴いていたラジオに影響を受け、帰国後はアナウンススクールに通いフリーアナウンサーとして、関西を中心に、ラジオ大阪、FM宇治など各局でラジオアナウン サー、司会を務める。1998年、シンガポールの国営放送局メディコープでバイリンガル局アナウンサーとして就職するためシンガポールに単身で移住。5年間勤め、そのときに師匠、笑福亭鶴笑の パ ペット落語に出会う。老若男女国籍を問わない芸に感動し、弟子入りを志願。何もかも捨てて、ロンドンに移住する師匠より1日先回りをし、師匠をヒースロー空港で迎え、やる気をかわれ、2004年3月、弟子入り。コメディーのメッカ、ロンドンでの4年間の修行中は、イギリス中の学校、病院、施設、ストリート、コメディクラブ、劇場など幅広く活動し芸を磨くことに専念。その後は大阪に戻り2年間、上方落語の伝統的な噺家のしきたり、古典落語を改めて勉強し、上方落語の定席天満天神繁昌亭など、日本を中心に活動。その後はまたシンガポールに移住し、テレビ、ラジオ、シンガポール航空機内番組などを務め、日本文化を紹介するイベント、英語での落語、腹話術に力を入れる。現在は、オーストラリア人の夫と息子とメルボルン在住。パペット落語、腹話術落語、スタンダップ落語でオーストラリアを中心に世界を回る。笑芸 一筋、精力的に活動中。

 

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