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Ricki-lee coulter

夢の大きさに限界はない どんなことでも成し遂げる

16/12/2009

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夢の大きさに限界はない どんなことでも成し遂げる

人気オーディション番組「オーストラリアン・アイドル」で惜しくも敗退するも、2005年にリリースしたデビューアルバムから3曲のシングルヒットを飛ばして大ブレイク。06年には、同番組に出演したほかの3人のシンガーとともに女性4人組の「ヤング・ディーバズ」を結成し、国内アルバムチャート4位、シングル2位と勢いに乗る。オーストラリア音楽シーンに彗星のごとく現れた歌姫に、成功の裏話を聞いた。

今をとときめくポップ・スターも、わずか数年前の高校時代は、ネットボール(注:バスケットボールのルールをベースに、女性向けに作られた室内スポーツ競技。オーストラリアやニュージーランドなど英連邦諸国で競技人口が多い)の豪州代表を目指すスポーツ少女だった。彼女の人生を変えたのは、ネットボールを断念せざるを得ないほどのダメージを与えたヒザのケガだった。失意の中で、どうやって歌の才能を開花させていったのか?

スポーツも勉強も万能であった少女、リッキー・リーが音楽に目覚めたのは7歳の頃。5年生から12生までスクールバンドでフルートやピッコロ、トランペット、サックスなどを演奏し、活発的に音楽活動をしてきたリッキー・リーも実は人前で歌うのは恥ずかしかったという。

「昔はどちらかというと音楽よりもスポーツの方に力を入れていました。私の夢は、ネットボールの豪州代表チームの一員。けれども実現しようとした時にケガをしてしまい、叶うことはありませんでした。でも私のもうひとつの夢は、有名なシンガーになること。だから(ネットボールの夢が叶わなかったことに)不満はありません。今でも信じられない!私の2つ目の夢が現実になったの!」

10代のリッキー・リーにとって、人生の全てであったネットボールを諦めるのは困難で残酷なことであった。

「当時の私にネットボールは、今の歌と同じくらい重要なことでした。ネットボールに生きて、毎日練習し、プレイしていました。オーストラリア代表になるという目標に向かって、完全に精神集中していたの。そんな時に、ヒザを負傷してしまい、全ての希望を失ってしまった。とても錯乱したわ。今でも、感傷なしにネットボールの試合を観戦することはできません。すぐにコートに出ていって、プレイしたいと思ってしまうの!」

歌を始めたのは、ケガをしてから間もない時期に、「REV」というゴールドコーストのローカルバンドに参加したのがきっかけだった。

「手術を待っている時期に開いたファミリーパーティで、彼らに演奏してもらいました。その時に、歌わせてくれたの。後で知ったんだけど、ママが彼らに私には歌の才能があるかも・・・っと話していたみたい」

ナーバスであったものの、3曲を歌いあげたリッキー・リーは、その直後「REV」からギグで歌ってほしいと誘いを受けた。

「答えはもちろんイエス! 手術と術後の回復に1年はかかるって言われていたから、回復するまでの間、バンドで歌い、治ったらネットボールに復帰しようと思っていました。でも、その瞬間、私のシンガーとしての新しい人生が始まった。それからは過去を振り向いたことはあリません」

ホイットニーとマライアが私の先生

歌のレッスンは受けなかったというリッキー・リーは、大好きなホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーの曲を大声で繰り返し歌い、細かいところまでマネし、独学で覚えていった。

「だからベストな教師に恵まれたってみんなに言っているの(笑)」

当時のリッキーは狂ったように学業やスポーツに打ち込み、いろんなことを両立していった。今と変わらないようなスケジュールをたんたんとこなしていった。

「私は昔から目的に向かって脇目を振らず集中するタイプで、何かを得たい、どこかに行きたいと思ったら力ずくで成し遂げていきました。自分の力を信じ、その力を思いっきり発揮すれば、不可能はありません。自分で自分を諦めることだけはしたくありませんでした。でも、ただ1つ不得意なのは数学。全然分からないの(笑)。大嫌い! 数字とか記号って、私の理解を超えているわ。数学だけは大の苦手!」

毎週オーディションを繰り返して候補者が脱落していき、最後に残った者が栄冠を勝ち取る「オーストラリアン・アイドル」に2年連続応募。1年目は予選落ちであったものの、2年目にはトップ12まで登りつめる。が、人気を集めながらも優勝を逃した。しかし、その後、ショックレコードと契約。2005年10月にリリースされたデビューアルバム「リッキー・リー」は、シングルカットされた「ヘル・ノー!」が国内チャート5位を記録するなど、いきなり成功を収め、新しい時代のディーバ(歌姫)として、華やかなショービズの表舞台に躍り出た。

「オーストラリアン・アイドルに応募したのも、1つのチャンスと捕らえたからです。無名の人に成功のチャンスを与えるオーディション番組は前から大好きで、「ポップスターズ」などをよく観ていました。大きくなったら、いつか私にも叶う。そうずっと願っていたからオーディションがあると知った時点で、私の意志はもう決まっていました、とにかくトライしてみよう!って」

1年目は残念ながら予選落ちしたリッキー・リーだが、「次もある」と、決して諦めることはなかった。諦めるどころか、ガイ・セバスチャンが優勝した1年目のショーを観て、『オーストラリアン・アイドル』という番組に深く愛着を感じるようになり、目標も固まった。2年目はトップ12まで登りつめたリッキー・リー。彼女の歌唱力、そしてシンガーとしてのオーラに国民の多くは彼女を優勝候補と信じていた。しかし国民からの投票こそが優勝の鍵を握る同番組。リッキー・リーは予想外の7位で脱落。予期せぬハプニングに審査員が国民に向けて「投票の重要さ」を訴えた光景が記憶に真新しい。

「オーストラリアン・アイドルでの経験は、まさにジェットコースターに乗っているような感覚でした。生まれて初めて道端で見知らぬ人に声をかけられたり、テレビを通して何百万人もの前でパフォーマンスをしたり――。これが最後の週になるかもしれないと思ったらベスト以外のパフォーマンスはありえませんでした。そして毎週月曜日の夜が怖かった。私が落ちるかもしれない、仲良くなった友達が去っていくかもしれない。短期間にこれほどクレイジーなハプニングがあるとは思ってもいませんでした。とても辛かったけど、エキサイティングな体験でした。機会があればもう一度経験してみたいですね」

私のジャンルは「リッキ-・リー」

番組を通し、一夜で人気アイドルとしての道が開いたリッキー・リー。だが、すぐに契約の話が舞い込んできたのではなかった。

「私にはこだわりがありました。この道を真剣に歩むのであれば、ただ自分を受け入れてくれるレコード会社と契約するのではなく、自分にとって一番条件の良いところを探す必要がありました」

地道に小さなギグやプロモーション活動を重ね、オーストラリアン・アイドルのトップ12との全豪ツアーにも参加。その後マネージャーを雇い、レコード会社を探していった。最終的に、ショックレコードのパブリック・オピニオン・ミュージックというインディー・レーベルと契約。

「デビューできたことは今でも信じられないわ!」

ソウル、RnB、モータウンなどブラック系の音楽に影響を受けながら育ったリッキー・リーだが、パール・ジャムやウルフマザーなどのロック系や、ブリトニー・スピアーズ、ビヨンセなどのポップスなども聴いてきた。デビューアルバムは彼女が幅広いパフォーマンスに対応でき、様々なスタイルで歌えることを反映したものに創りあげていった。

「ポップやRnB、ロックなど、特定のジャンルのシンガーとして枠にはめられたくありませんでした。私のジャンルは、どんな曲も歌える『リッキー・リー』」。

アルバムの中で一番好きな曲はないというリッキー・リーが、あえて最も思い入れが強いと語る曲は「ダン・ウィズ・イット」。これは、彼女のフィアンセに向け書かれた曲だ。

「これはフィアンセとの離れ離れの生活を語ったものです。スポットライトを浴び、サインを求められるような夢のような生活も、彼と共有できなければ意味がない、そんなメッセージが込められた曲です。そしてもし、音楽か彼を選択しなければならないとすれば、今すぐに音楽は手放す、『ダン・ウィズ・イット』。それほど、彼の存在は私にとって大きいの。とても個人的な曲で、彼への愛のメッセージみたいなもの」

「デビューアルバムの制作は、ものすごく有意義な体験でした。オーストラリアの音楽業界を代表する才能のある人たちといっしょに仕事をさせてもらい、たいへん多くのことを学ばせてもらいました。彼らと仕事ができてとても幸せに思うし、感謝の気持ちも決して忘れません。作詞・作曲から、選曲、ボーカルのアレンジ、楽器やサウンド効果など、全行程に関与させてもらいました。非常に満足でき、誇りを持って世に出せる作品だと信じています。そして、それを聴いてくれた人たちが私と同じように満足してくれれば、それ以上の喜びはありません」

2006年に4人組「ヤング・ディーバズ」を結成し、同名のアルバムをリリース。1989年のドナ・サマーのヒット曲をカバーした『ディス・タイム・アイ・ノウ・イッツ・フォー・リアル』は、国内チャート2位の大ヒットとなり、リッキー・リーの名声は不動のものに。

「私たち4人にとってこの企画はとても素晴らしいチャンスで、アルバム制作もすぐとりかかりました。ポテンシャルのある仕事だと当初から思っていましたが、正直、こんなに成功するとは思ってもいませんでした。4人が会った初日にたった4時間で作りあげたデモがすべての始まり。それがチャート最高2位のプラチナヒットになるとは今でも信じられません」

ソロ・シンガーの「リッキー・リー」と、ヤング・ディーバズの4分の1の「リッキー・リー」。歌の分担はもちろん、パフォーマンスの方法も変えなくてはならないことに当初は戸惑い、そしてチャレンジを感じたと語る。

「でも4人で力を合わせて助け合えるというのは今までになかったステキなことだと思います。病気などで歌えなくなってしまったときに頼れるメンバーの存在はとても大きいし、歌詞を忘れてしまったり、ダンスを間違っても、ほかの女の子たちが補ってくれます(笑)」

私たちは本当の姉妹みたいなの

「私には今、1年前にはいなかった、3人の素晴らしいガールフレンドが身近にいます。世間はゴシップが好きだから、グループ内のいざこざを詮索するけれど、私たち4人は本当の姉妹みたいな親密な関係です。みんな個性が強くて、機嫌のいい日も悪い日もあるけれど、ツアーやギグなどで膨大な時間をいっしょに過ごしていると、お互いに助け合う連帯感みたいなものが生まれてくるの。彼女たちの愛情やユーモアがなければ、ここまでやってこられなかったと思う。いつも、バカなことを言い合って、笑い転げているのよ」

4人のソロ・アーティストが新しい体験を見出すというコンセプトのもと結成されたヤング・ディーバズ。リッキー・リーもグループの一員として活動していくと同時に、ソロ活動も平行して続けてきた。インタビュー後、海外へ飛んだリッキー・リーは現在、イギリスやアメリカで、海外のプロデューサーと組み、セカンドアルバムの製作をすすめている。

「帰国したらヤング・ディーバズのツアーのリハにすぐ飛んでいくわ。とても待ち遠しい! 次のツアーはより大きく、より完成度の高いものになるから、期待してね!」

AC/DC、インエクセス、カイリー・ミノーグなど、古くから、オーストラリア国内で成功したシンガーやミュージシャンが、イギリスやアメリカというより大きな英語圏の市場に進出していく例は数多い。ニュージーランドで生まれ、ゴールドコーストで育ったリッキー・リーも、海外での成功を夢見ている。

「私は人生で起きるすべてのことに理由があると信じていて、それが人生の美しさだと思っています。良い時もあれば、葛藤もあるし、気持ちの浮き沈みもある。でも基本的に楽天的な性格なので毎日に感謝しながら楽しく過ごしているの。そんなことを私の歌を通して感じてもらえたらと思っています」

デビューアルバムでは全14曲中7曲の作詞・作曲を手がけ、現在もセカンドアルバムの曲創りに励むリッキー・リーは、子供のころから書くことが好きで、日記や作文を書いてきた。

「曲を書くということは自分の内に秘めた感情を表現する素晴らしい方法だと思うわ。 もちろん、海外でデビューすることは私の夢よ。(オーストラリアの)どんなシンガーも国際的な成功を目指していると思います。イギリスやアメリカでデビューができたら最高だけど、どうなるかは分からない。でもとりあえず国外でのリリースを目標にしているわ」

彼はいつも私を引っ張ってくれる

そんな多忙な日々を過ごしているリッキー・リーもオフの時はゴールドコーストに帰り、リラックスする。

「携帯の電源を切って、大好きな料理をしたり、ジムへ行ったり、家族やフィアンセ、友達と過ごしたり。過去2年間、尋常なスケジュールじゃなかったから、リラックスできる時間はあまりなかったけど、時間がある時は、できるだけ『全く何もしない』ことに徹しているの」

リッキー・リーは去年、旅行先のニュージーランドで5年間交際した彼氏からプロポーズを受け、現在結婚式の準備を着々と進めている。

「彼は一言では表せない素晴らしい人です。ほかの誰ともいっしょにいることは想像できないし、私たちのことを知っている周囲の人もみんなそう言ってくれるの。若い時に彼のような存在に出会うことができ、幸せに思っています。彼は私の人生に大きな大きな影響を与えてくれました。音楽面では特にそう。曲の多くは間接的でも、彼について語ることが多いかしら。彼がいなかったら、今の生活はできませんでした。辛抱強く、誠実で、正直。私を心から安心させてくれます。辛くて道を踏み外しそうになった時も、彼はいつも私の尻を叩いてくれる。私の人生を引っ張っていってくれる存在なの」

憧れのスターとコラボもしたい

「これからの5年後、私がどうなっているかって? 2枚目と3枚目のアルバムをリリースして、海外でもデビューできていたら、と思っています。もしチャンスがあればベイビーフェイス、スティービー・ワンダー、ホイットニー・ヒューストン、ビヨンセ、ベン・ハーパーなど昔から憧れていたアーティストとコラボもしてみたいです。テレビ番組のプレゼンターの仕事もしたいし、子供も欲しい! 未来のことは分からないけど、5年前の私は、今の私を想像することもできなかった。『何でも起こる』っていう言葉を信じ、毎朝やってくる日々を精一杯生きていくだけ。そう生きてきたこれまでの人生はとても素晴らしかったから。夢の大きさに限界はないわ。何でも成し遂げることができるの。限界があるとすれば、それは自分自身に限界を設けているだけだわ」

21歳の若さを感じさせない意思の強さ。自分の可能性を信じて突き進む大物の素質を感じさせる。市場の小さいオーストラリアを飛び出して、世界規模での大ブレイクを夢見るリッキー・リー。その力強いボイスが全米チャートを席巻する日も、そう遠くはないかも知れない。

Ricki-lee coulter

1985年10月10日、ニュージーランド・オークランド生まれ。 21歳。
誕生後2週間でオーストラリア・クイーンズランド州へ移住。
高校時代にケガでネットボールを断念したが、「オーストラリアン・アイドル」にエントリー。脚光を集め、2005年にアルバム「リッキー・リー」でデビュー。
4人組ユニット「ヤング・ディーバズ」でも大ヒット「ディス・タイム・アイ・ノウ・イッツ・フォー・リアル」を飛ばす。
好きなアーティストは、スティービー・ワンダー、ホイットニー・ヒューストン、マイケル・ジャクソン、マライア・キャリー、アレサ・フランクリン、セリーヌ・ディオン、テンプテーションズなど。
好きなスポーツ・チームは「オール・ブラックス」(ラグビーユニオンのニュージーランド代表)。
夢のクルマは「BMW X5」

www.rickie-lee.com

▲3曲のヒットシングル収録のデビューアルバム 『Ricki-Lee』(2005年Shock Records)

▲国内アルバムチャート4位を記録したヤング・ディーバズ、デビューアルバム『Young-Divas』(2006年 SONY BGM) 『Ricki-Lee』(2005年Shock Records)

March 2007 RHYTHM 掲載

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