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AUを代表するファッション・デザイナー

五十川明

カリスマ・ファッション・デザイナーが初めて明かすワーホリ時代

16/12/2009

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カリスマ・ファッション・デザイナーが初めて明かすワーホリ時代

オーストラリアを代表するファッション・デザイナー、五十川明。パリ・コレの常連として活躍するセレブも、21年前は普通のワーホリだった。来豪時のエピソードや、現在の創作に影響を与えた学生時代のバックグラウンド、日本人としてのアイデンティティーなど、これまで語られることのなかった素顔に迫った。

「アイデンティティーは古典的な日本」

真っ青な空が眩しすぎた

1986年2月、京都の佛教大学を卒業して間もない五十川は、シンガポール経由で真夏のシドニー空港に降り立ち、迎えの車でバルメインのホームステイ先へ向かった。航空券もホームステイも英語学校も日本で手配していた。どこにでもいる、ごくありふれたワーキングホリデーの若者だった。当時は、ファッション・デザイナーを目指すことなど、夢にも考えていなかったという。
若い夫婦が住むホームステイ先に滞在しながら、4週間、ボンダイ・ジャンクションの英語学校に通った。簡単なテイクアウェイやピザの夕食が多いホームステイはもの足りなさを感じたし、街の雰囲気もどこか明るすぎる感じがしたという。だが、「気に入る、気に入らないを抜きにして、あるがままを受け入れる」というスタンスが、五十川をシドニーの街に溶け込ませていったようだ。

「オーストラリアは全く未知の世界でした。ただ漠然と、海外に住んでみたいという理由で、どんな所かもよく知らないまま来てしまいました。とりあえずお金がなかったから、ワーホリで働けるオーストラリアを選んだだけ。着いた日のシドニーは、人があまりいなくて、空が真っ青で、目に付くものの輪郭がすべてクッキリしていたのを覚えています。グレイっぽくて、どんよりとしている京都の街とはとても対照的でした」
「1カ月のホームステイ生活の後、地元の新聞『シドニーモーニングヘラルド』でシェアを探したんです。3軒下見して、はじめはベルビューヒルのフラットに住みました。田舎から出てきたばかりのオージーのシェアメイトが1日中テレビを見ていて、鬱陶しかったのを覚えています。英語も全く分からないし、番組もバラエティーが少なくて非常につまらなかったですよ(笑)」
「そこを2ヶ月で出て、次はレッドファーンのフラットにシェアで入りました。ここは古いテラスハウスで、街の雰囲気も自分に合っていて気に入りました。最初の仕事は日本食レストランのウェイター。暇な時は、ただ目的もなく街のいろんな所をただ歩き回っていましたね。ビーチでサーフィンしたりとか、ワーホリの目的みたいなものが全くなかったですから(笑)。ラジオを付けてもかかる曲はとにかく明るい西海岸のロックみたいなのが多くて、そういう音はあんまり好きではなかったですね」

80年代の京都が原点

そうして数ヶ月、シドニーの街で暮らしているうちに、英語の先生やフラットメイトなどを通して、次第にオーストラリア人の知り合いがたくさんできてきた。出会った人との関わり、つながりが、友達の輪を広げていったのだが、10代のころは、あまりものを話さない、人見知りをするおとなしい人間だったという。
生まれ育ったのは、古さと新しさが同居する京都。バブル直前の80年代初期~中期に大学に通い、町屋が並ぶ狭い路地、古い寺、墨絵のような山並みといった古都の情景の中で、前衛的な舞踏、当時の新しい音楽、先端的なデザイナーズ・ブランドなどサブカルチャーの洗礼を受けた。そうした体験は、最先端の中に「和」をブレンドした現在のデザインに影響を与えている。

「大学時代は演劇に傾倒していました。寺山修二とか、白虎社(白塗りした半裸の身体で踊る、当時京都にあった前衛舞踏集団)の舞台をよく見にいきました。映画も好きで、ゴダールの『勝手にしやがれ』などフランスやイタリアの60~70年代の作品や、日本の60年代の大映の映画とかをよく見ていました。音楽は、YMO(細野春臣、坂本龍一、高橋幸弘の3人による、当時一世を風靡した電子音楽バンド)に始まった当時の新しいサウンドを聴いていました。戸川純のライブもよく見にいきましたよ」
「当時はファッションの仕事に携わるつもりはありませんでしたが、服は好きでした。当時の日本のデザイナーズ・ブランドの服と、古着をミックスして着ていました。髪型は、裾をバリカンで短く刈り上げて、ちょっとユーロっぽく(笑)。夜はたまにマハラジャ(80年代のバブル期に流行ったディスコ)に踊りに行くこともありましたけど、基本的には、大学の授業を抜け出して、昼間に友達と映画を見に行く、そんな毎日でしたね。風景がきれいな場所も大好きで、京都の寺や古い町並みをいつも散策していました」

テイストの違いが利点に

ワーホリの1年間はあっという間に過ぎていった。オーストラリア人の友達がたくさんでき、英語もだいたい相手が何を言っているかくらいは分かるようになってきたころ、この国にもっと長く滞在したいという気持ちが強くなっていた。いったん帰国してから、学生として再びシドニーにやってきた。ワーホリから学生に切り替えて滞在を延長するというのも、よくある話である。しかし、そこからの人生が普通とは違っていた。

「ワーホリの1年が終わって、こっちにもう少し本格的に住んでみたいと思ったんです。まずは長く滞在するのが目的で、『じゃあ、何をやろうか?』といろいろ考えて、TAFEで3年間、服飾デザインを学ぶことにしたんです。定職も持たずにプラプラしていたわけですから、一時帰国した時、親にはかなり怒られましたけどね(笑)。その時点でも、まさか自分のブランドを持つようになるとは思っていませんでした。学校に行くようになって、友達の和が雪だるま式に増えていきました。黙っていても向こうからどんどん話かけてきて」

「クラスメイトは全員オージーでしたが、服をデザインしていくうちに、自分のテイストが他人と違うことに気付きました。当時は身体のラインを見せる、ボディコンシャスなデザインが主流だったんですが、自分のデザインはそれとはかけ離れていて、あえて言えば80年代の山本耀司(『Yohji Yamamoto』、『Y’s』ブランドのデザイナー。当時のデザイナーズブランド・ブームの中心人物のひとり)みたいな、逆に大きな布で身体を覆うような感じでした。ほかのオーストラリア人は経験していない、日本の独創的な80年代のカルチャーが自分のデザインのバックグラウンドになっていたんです」

自分を支えたポジティブな生き方

人とは違う自分独自のデザインに確かな手ごたえを感じた五十川は、もっと学びたいという思いを強く抱くようになり、在学中に3人のデザイナーに師事した。家庭用ミシンを手に入れて、暇を見つけては古着に手を加えたり、自分で着る服を一から作った。92年には自分のブランド「akira」を立ち上げ、知り合いのブティックで売ってもらった。そして、93年にはウラーラの直営ブティックをオープンした。
そこから成功の階段を駆け上るまで時間はかからなかった。3年後、オーストラリアン・ファッション・ウィークの96/97春夏コレクションにデビュー、99年には同ウィークの「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞し、同年パリ・コレクションに華々しくデビュー。以来、パリには毎年2回足を運ぶパリ・コレの常連となっている。
来豪から21年、オーストラリアのファッション界を代表するトップ・デザイナーとしてオーストラリアにすっかり深く根を張っている五十川だが、自分のアイデンティティーをどのように位置付けているのだろうか?

「ワーキングホリデーでやってきたころのことを振り返ると、オーストラリアの中に入り込むことができたのは、例え苦手なものであっても、自分の前にある状況を好き嫌い言わずに肯定して受け入れることができたからだと思います」
「今も国籍は日本のままですし、オーストラリアの市民権を取得するつもりはありません。作品の中にも日本のテイストを少し入れています。服を買ってくれるお客さんが、そうした部分がちらっと入っているから好きになってくれるという部分もあります。和のテイストが『akira』というひとつのブランドの色、キャラクターになっているところは確かにあります」
「しかし、私の中が好きな古典的な「日本」と、実際の今の日本は違う。オーストラリアに長くいるからかもしれませんが、感覚のギャップは非常に大きい。私自身は100%日本人だと思っていますが、もしかしたら見かけだけなのかもしれませんね。作品を創るにあたっての私のアイデンティティーは、自分の記憶に強く残っている、美しい部分の日本、遠い昔の古典的な日本なんです」

(文中敬称略)

物腰の柔らかい、非常にていねいな話し方をするセレブである。同じく京都出身の記者が80年代の京都の話を振ると、当時を懐かしむ五十川の言葉に、時折、柔らかい京都弁のアクセントが混じるようになったのが印象的だった。

いそがわ・あきら

1964年生まれ。京都市出身。佛教大学卒。86年、ワーキングホリデービザで来豪。帰国後、再来豪してイースト・シドニー・カレッジで服飾を学ぶ。93年、シドニー東部ウラーラのクイーンストリートに「akira」レーベルのブティックをオープン。96年、オーストラリアン・ファッション・ウィークにデビュー。99年、オーストラリア・ファッション・ウィークの「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」受賞、パリ・コレクションにデビュー。2004年には2店舗目の直営ブティックをメルボルンにオープン。現在、日本(銀座バーニーズ)、イタリア、フランス、ドイツ、ロシア、米国、ドバイ、クウェート、シンガポール、タイ、インドネシアの11カ国でコレクションを販売している。


シドニー市内サリーヒルズにあるスタジオで


最新コレクション
「akira resort 2008」より


June 2007 RHYTHM6月1日号 掲載

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