オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」
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Cheers インタビュー


アドベンチャー・ランナー

高繁勝彦

30/12/2013

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走るために生まれて、生きるために走る。
走ることで自分自身を表現できれば、ランナーにとって最高の人生。

 

「パースからシドニーを目指して、チャリティを募りながらピースランをしている日本人がいる」。弊紙編集部に情報が入り、早速12月3日にアデレードへ飛び、キャラバンパークで一時的に休息をとる高繁さんにインタビューを行った。寡黙な印象とは裏腹に、心の中の熱い気持ちを語ってくれた。人生の糧が詰まった言葉の数々をごらん頂きたい。

 

 

 

 

 

ピースラン世界五大陸ランニングの旅」の始まり。

 

2年前の3月11日の震災翌年に、東日本大震災復興支援のため、「ピースラン世界五大陸ランニングの旅」をスタートしました。震災のちょうど1年前までは教員をやっていましたが、過労が元で体調を崩し、続けられなくなりました。3月末で辞めて、その後、以前からやってみたかった日本縦断にチャレンジをしたくなり、日本海側を宗谷岬から日本最南端の波照間島まで走りました。完走後、間寛平さんのアースマラソンのゴールを大阪城公園に見に行って、そこで自分も何かできないかという思いにいたりました。私と同じく80年代半ばにマラソンを始めた寛平さんが、ヨットとマラソンでそれぞれ2万キロ北半球を走ったのならば、寛平さんがされていない、南半球をいれた五大陸、地球一周4万キロを走ろうと決意したんです。

 

 

2011年5月にアメリカから「世界五大陸4万キロランニングの旅」をスタートさせる決意をした高繁さん。しかし出発直前の3月11日に東日本大震災が起こり、すべてが白紙に。震災直後の3月14日に「RUNx10(ラン・バイ・テン)運動」を発案する。

 

マラソン大会などはことごとく中止という状況で「走りたいけど走れない」。震災後はすべてのランナーが同じ思いをしていたはずです。そこでランナーという立場で何か復興のための活動ができないかと考え、「RUN×10運動」を発案しました。この運動は1キロ走るごとに10円募金、10キロで100円、100キロで千円というふうに、走れば走るごとに被災地の復興に役立つというもので、その活動はツイッターを通じてたちまち広がっていきました。当初予定していたアメリカの旅では5000キロを走る予定だったので、5万円は送ることができるという計算で、東日本大震災復興支援をテーマに、「世界五大陸4万キロランニングの旅」の第一章であるアメリカ横断を、5月25日にスタートさせました。また、企業にも呼びかけ、自分が1キロ走るごとに10円を送ってもらう、「PEACE RUN×10(ピースランバイテン)」という活動も平行して始めました。これにはすでにいくつかの理解あるスポンサー企業が参加をしてくれています。

 

 

アメリカ横断から無事に生還。集まった義援金を届けるため、そして被災地の状況を確認するために、稚内から鹿児島まで2度目の日本縦断を敢行。

 

福島原発のあたりはかなり迂回しなくてはいけなかったのですが、津波の痕を北から南まで走りながら見てきました。そして被災地の方には励ましの言葉を、被災地に住んでいない方にはブログなどで目の当たりにした状況を伝えていきました。今回の第二章であるオーストラリア横断・ニュージーランド縦断が終わった後に、もう一度福島へ義援金を届けに行き、復興がどれほど進んでいるのか確認する予定です。集めた義援金は直接自治体に出向き、福島の子供たちのために役立つように、使用用途を明確にお願いにいきます。

 


現在は第二章をオーストラリアでチャレンジ中の高繫さん。オーストラリア内5000キロのうち3340キロを走破してアデレードで一時的に滞在。ここまでの道のりを振り返る。

 

自分の場合は1日平均50キロくらい走るのですが、西半分のセデューナまでは砂漠の風景がずっと続いていました。アメリカでも町や店がない間が最長で120キロくらいはありましたが、オーストラリアでは、スタートして1週間ほどで、普通に150キロ何もないという日々が続き、「もうええ加減にしれくれよ!」って思いながら走りました。やっと町に着いて店に駆け込んだら、土曜日の午後で休んでいたりして…。ナラボー平原では1200キロの砂漠の平原で1ヵ月過ごしました。気温はさほど高くはならなかったのですが、雨や砂嵐、風に悩まされました。テントが突風でぶっ飛ばされそうになったり、平原は常に風が吹いていました。偏西風で西からの追い風を期待していましたが、後半はほとんど向かい風で、精神的に参ってしまうことが多かったですね。セデューナに着いたときは、文明に帰って来ることができたとそれは大喜びでした。

 

 

 

出会う人々に助けられて乗り越えてきた孤独の旅。オーストラリアで再認識させられたシェアの精神。

 

出会うオージーがみな親切だったことが救いでした。キャラバンが通るたびに停まってくれて、「水はあるか」「食べ物はあるか」と気にかけてくれました。キャラバンの中に招待されてランチをご馳走になったこともありました。また、震災の復興支援で走っていると聞くと、20ドル、50ドル紙幣を惜しげもなく差し出してくれたり、缶詰を山ほどくれたり。買いだめをした野菜や果物もどんどんなくなり、絶対的に足りなくなっていたのですが、バナナやオレンジなどを分け与えてくれて、「持っている人が持っていない人に与える」というシェアの精神の大切さを改めて痛感しました。自分自身なんでこんなことをやっているんだろうと、ふと疑問に思うときもありますが、こうした出会いを通じてシェアの気持ちを感じると、やっていてよかったと思えます。震災で実際いろんなものを失い、それが家族であったり、大事にしているものであったり、目に見えない気持ちであったりするわけですが、それを持っている人がまた与えることができる、ということに通じますね。

 

 

前輪の車軸が金属疲労で折れたが、オージーの助けにより80分で再開。

 

エスペランスから25キロ地点を過ぎた砂漠で前輪の車軸が折れたことがありました。砂漠の土が酸性で腐食し金属疲労を起こしたようでした。前輪のシャフトを手に入れるためヒッチハイクしてエスペランスに戻ると、たまたま自転車屋に中古で同じサイズの物がありそれを購入。そしてここまで乗せてきてくれたオージーが25キロ先の場所まで連れ戻してくれたので、結果トラブル発生から約80分で旅を再開することができ、とても感動しました。

 

 

オーストラリアで一番過酷だったナラボー平原の試練で、食べ物のありがたみを知る。

 

ナラボー平原に入り、最初にあったバラドニアのロードハウスを覗いたら、置かれている食べ物が本当に数少なくて、これでやっていけるのかと、すぐに厳しい現実を突きつけられました。持参した食料もかなり節約しなくては乗り越えられない状況で、極端な話クラッカーと水で過ごすということも覚悟していました。カイグナまでは、3泊野宿してからモーテルに1泊という過酷なサイクルが続きました。時々気温が上がって夜中暑くて寝れなかったり、ひもじい思いにも耐えました。フェイスブック(以下FB)で当時のポストを読み返すと、「体重がどんどん落ちている」「水が美味しい」と、鬼気迫ったものが多かったです。カイグナの手前でキャラバンのツーリストからニンジンをもらったのですが、それをロードサイドでボリボリと食べながら「ニンジンてこんなに甘かったんだ」と涙を流して泣いたことを覚えています。ほしいときにほしいものを食べられないという状況、水も限られているので、口の中にしばらくふくんだ状態で少しずつ喉に流し込みました。ネットを介せば情報は発信できるし、暖かい応援メッセージも頂いて励まされましたが、食べ物だけはメールの添付ファイルではもらえないことがとっても辛かったですね。その一方で、「人間には必要なものは必ず与えられる」ということも理解しました。日本などでも旅先で感じたことなのですが、今回も車軸が折れたときに、エスペランスに中古のものがあったり、食糧不足で本当に食料が必要な状況に陥ったときには、誰かが現れて食べ物を分け与えてくれたりしたこともそれを実証しています。思ったことが現実になるという不思議な引き寄せの力を垣間見ました。

 

 

旅先での恐怖体験。

 

ハイウェイを走っているとロードトレインが時速120キロくらいで横を通り抜けて行きます。優しいドライバーは、減速してくれたり迂回してくれたりするんですが、中には50センチくらいのすれすれのところを飛ばしていくドライバーもいて。通過したあとに竜巻のような風が発生して、70キロの荷物を積んでいたバギーも風圧で吸い込まれそうになるのがとても怖かったですね。あとは砂漠で野宿するとき、集中豪雨で夜通し大雨が続いたことがありました。悪いことは極力考えないようにしていましたが、以前、砂漠で大雨になったときに急に合流になり溝ができて、激流になることを聞いたことがあったので、怖くて寝れなかったこともありました。オーストラリアは危険な生き物がいないのでそれはよかったと思います。アラスカでは、2・5メートル級のグリズリーベアを20メートル先で何度か見て背筋が凍った経験がありますから。

 

 

『辞めてしまいたい、あきらめてしまいたい』。辛いときこそ、その状況をどう楽しむかが重要。なるようにしかならないという思いで挑んだナラボー平原。

 

アメリカ横断ランニングの旅の途中、ユタ州の砂漠でヘルペス(帯状疱疹)にかかった経験があり、今回も病気をして栄養失調で体力気力がなくなったらどうしようかと不安はありました。食べ物がないときに、諦めようかなと思うちょっと手前くらいまでの状況にはなったことがあります。ナラボー平原はロードトレインや老夫婦がキャラバンで頻繁に通ったりするので、辞めようと思えばいつでも辞められる状態でした。なので「いつでも辞めれる状況であれば、行けるところまで行こう」という思いはありました。ナラボー平原をどう対処するかというのが、今回大きなテーマのひとつだったので、ある程度心の覚悟をしていました。

 


ピースランを始めて感じること、それは人の繋がりで自分が支えられていることへの感謝です。

 

教員の頃は毎日出会う人は限られていましたが、ピースランを始めてからは、今まで接点のなかった業種の人たちと出会う貴重な機会に恵まれました。俳優やミュージシャン、政治家、作家、医者などさまざまな人たちと繋がり、お会いできたことで、それまで知らなかったことや考え方を学びました。そして自分の活動に価値を感じてくれる方々に、ピースランを支えて頂いていることをとても感謝しています。ピースランの事務局長、木村もそのひとりです。『K-SOK』というマラソン計測システムを開発して、その収益を私の活動費に当ててくれています。

※『K-SOK』リストバンドのような手軽さで、自動改札のようにスタートとゴールで機械にタッチするだけでデータが計測できるマラソン計測システム。

 


ランナーが走ることで社会貢献できる場を提供してきたい。RUNx10運動以外にも、ゴミを拾いながら走る『THE SWEEPERS(スウィーパーズ)』という活動を展開。

 

以前、ランニング仲間がご夫婦で、レジ袋を片手に毎朝走るコースのごみ拾い(「拾活(しゅうかつ)」と呼んでいる)をされていることを知りました。また、東京マラソンでも、ゴールの最終リミットである6時間半ギリギリまで使って、40リットルのゴミ袋にいっぱいゴミを集めてゴールしたランナーがいることを聞きました。マラソン大会で紙コップを路上に捨てる光景は見たことがある方もいると思いますが、それを拾いながら参加している人もいたんです。そうした姿に感銘を受けてランナーのモラルを見つめ直し、ランナーだからできる有意義な活動を広めようと、FBで去年の12月に『THE SWEEPERS(スウィーパーズ)』を立ち上げました。現在は240人のメンバーが、都市型のマラソンなどで拾活を行っています。また、千葉県の印旛市では『エコスローマラソン』をされている方もいます。これは「6時間以内でゴールしてはいけない」「6時間以上かけてゴミ拾いをしながら走る」「仮装歓迎」というルールのもと運営される大会で、アフリカやアジアからも参加者が集まる国際大会です。自分のボトルを持参して、参加料3000円はすべて復興支援に当てる有意義なもので、今年の4月参加してきました。"THE SWEEPERS"とRUNx10運動は今後も続けて、その活動を日本中、世界中に広めて、ランナーが走ることで社会貢献できる場を提供してきたいと思っています。

 

 

日本を外から見て感じること。それはいま町に住んでいる人は文明にどっぷりとつかり過ぎていて、当たり前じゃなかったものが当たり前になってきているということ。

 

水ひとつ例にとっても、オーストラリアの西半分は雨水をタンクに貯めてシャワーなどの生活用水として節約しながら使用していますが、日本だったら歯を磨いている間も水道水を出しっぱなしにしている人も多いでしょう。町に行けばネオンが夜通し光り、コンビニがどの交差点の角にもあって、24時間営業しています。本当にそれだけコンビ二が必要なのかと疑問に思いませんか? 24時間営業でなくても、営業時間内で買い物を済ませることができると思うんです。24時間営業するため、24時間体制で働く企業のためにもっと電気がいるから結果的に原発が必要。その悪循環が先進国を一方で悪くさせているのではないかと感じました。昔は当たり前に節約できていたもの、もったいないと感じていたことを、現在はどれだけの人が理解ができているのでしょうか。物やネットなどの情報の中で生きることも楽しいのですが、実際それにどっぷりつかってしまって依存している人も多い。必要なものと必要でないものの線引きが、できなくなっているのではないかと思います。

 

 

日本をこれから支えていく若い世代に対して感じることを、教師とは違う角度から若者に伝えたい。

 

団塊の世代が頑張ってくれたように、強い日本を作るためには、どこかで切り替えていかないと、今後も決してよくなる状況ではないと思います。だから今の若者が重要で、彼らの姿が日本のいまの経済に反映されてきているように見えます。日本のゆとり教育以降、子供の教育レベルが落ちてきていると言われています。オーストラリアの子に学校でどんなことを勉強しているとかと問えば、答えはすぐに言えるけど、日本人の子供たちは言えない子が多い。経済学部に行っていても経済のことを分かっていない学生が多いのと同じです。中学生くらいで将来を夢見て、大学生から社会人になると、閉塞した発想のなかで現実の世界だけしか見れなくなる。なにかにチャレンジする発想を持たず、辛いことより楽な方へと流れてしまう。自分の世界だけで完結すればいいと思う方が多いようです。夢や希望が持てないから、いい大学を出ていい企業に入っても3年同じ職場で働くこともできない。教師の頃とはアプローチの仕方が違いますが、走ることを通じて、そんな若者にチャレンジや冒険をする楽しさや、知らなかったものを自ら知ろうとすることの大切さを伝えたいですね。

 

 

震災が与えたきっかけと、いまだ変わらない現状。

 

震災は人間の考え方の根本をそれぞれが見つめなおさないといけない機会となりました。ものがあれば、お金があればすべてOKではない。大事な人間と人間の繋がりや、いつかどこかで失われてしまっていたものを思い出させてくれるきっかけになったと思います。ただ今の日本のシステムは、頭を使っても体を使っても心がないから良くなっていかないのかもしれない。今の社会の体制はそんな方向に向かっていないように思います。

 

 

シドニーオペラハウスにゴールをしたらまずやりたいこと。

 

チャンスがあれば日本人学校とか現地の子供たちに旅の話や震災のことをスピーチをしたいですね。アメリカ横断や日本縦断でも小学校を訪ねて話す機会を持たせてもらいました。子供のうちにこんなことをやっている人がいるんだ、というインパクトを与えて、将来、自転車で日本を一周してみようと思ってくれたら嬉しいです。

 


走り始めて30年、高繁勝彦にとって『走る』とはどういうことなのだろうか。

 

教員を辞めて、走ることが人生の中心になっています。走るために生まれて、生きるために走る。走ることで自分自身を表現できれば、これはランナーにとって最高の人生ですね。旅をすることで自分自身も豊かな気持ちになれるし、出会う地域の人や旅人と本当に楽しい時間を過ごせることがありがたく思えます。ただ走るだけではなく、ピースランのテーマである『みんなとつながる みんながつながる』こと、走って旅をすることで地球上にいる70億人のひとりでも多くと出会い続けること、これが世界五大陸を走り続ける最大の目的です。そして、自分が4万キロ走り終えて日本に戻ったときに、「どこの国も旅人に対して皆本当に親切だった」「世界は平和だった」と言いたいですね。

 

 

留学生に望むこと、それは自分に必要なものを取捨選択できる心。日本の価値観とは違う、海外の価値観も寛容な気持ちで受け入れて、この地で学んだものを自分のプラスに変えてほしい。

 

異文化の体験を若い時期に味わうことはとても大切です。オーストラリアで見聞きすることが、日本の常識となぜ違うのか。そこで暮らしている方たちの生き方や考え方、その文化の違いを考えることはとても大切だと思います。文化にはそこで暮らしている人たちの歴史的な背景や知恵が詰まっています。そういったものを学びながら、活かせることは日本に帰ってから活かせばいい。日本人には日本の伝統や文化生活習慣があって、いいところも悪いところもあります。どうか日本が一番だと思わずにオーストラリアにはこんないいところもあるな、こういう人もいる、こういう考え方もできるという寛容な心ももってほしいと思います。そして、留学して、変化することに保守的にならず、勝海舟や坂本竜馬のように、日本を新しくするために、帰国後に日本でできることを、最終的には世界に目を向けて自分ができることを見つけてほしいです。


自分は走ることを通じて、日本と外国を結ぶパイプ的な役割を果たせるように、自分が見聞きしていることを日本に情報発信し、自分も色々と学びながら、それを個人レベルじゃなく社会のレベルにフィードバックできるようにしてきたいと思います。

 


『ゆったりまったり』と。スピードを求めると、どこかを故障したり、ストレスを感じたりするから。人生の生きるスピードも一緒。あせらずあわてずあきらめず、普段から落ち着いた気持ちで…ガツガツしない方が人生を楽しめる。

 

走るスピードが遅くなればなるほど、ふだん気がつかないものにも気がつくことができます。それを写真に収めることだってできる。人生の生きるスピードと、旅の交通手段は、遅ければ遅いほどゆっくりいろんなものを楽しむことができます。ピースランのキーワード『ゆったりまったり』が大切なんですね。すべてのランナーがだんだんスピードを求めることを辞めて、楽しむ走り方に変わっていくように、人生もゆっくり楽しむべき。仕事と楽しみとの時間のバランスを見つめ直して、楽しみ方を見出すというのも生きていくうえでの重要なテーマなんでしょうね。



「最初は予想していなかった出会いがピースランを通じてたくさんあった。走り続けるための理由がいろいろなところから見つかった」。ニュージーランドの後はついにユーラシア大陸へと渡る。楽しみながら走り続けるピースランナー高繁勝彦さんの旅はまだまだ続く。、

 

 

高繁勝彦(たかしげかつひこ)


 

1960(昭和35)年10月22日大阪生まれ
てんびん座、AB型、178cm、65kg

 

主な活動内容



アドべンチャー・ランナー:「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」に現在取り組み中。

 

NPO法人“PEACE RUN”代表
東日本大震災直後の3月14日に「RUN×10(ラン・バイ・テン)運動」を発案・提唱。チャリティ・ランなどの活動を展開中。

Facebook上の公開グループ、平和的環境美化集団"THE SWEEPERS"を発足、活動を展開中。

サイクリスト(JACC:日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、旅人、元高校教師(英語)。

 

 

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