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プロジェクト主要メンバーの最側近にインタビュー &歴史検証

第1回 従軍慰安婦像がシドニーに設立?

25/04/2014

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米国カリフォルニア州グレンデール市に設置された「慰安婦少女像」の撤去を求めて、日系人や在米日本人らが立ち上がり、2014年2月20日にグレンデール市の日系人住民らが慰安婦像の撤去を求める訴訟を同州の連邦地方裁判所に起こした。一連の騒動を世界中の日本国民が見守る中、今度はオーストラリア在住の韓国・中国のコミュニティが、オーストラリア全域に慰安婦像の共同設置を決議したというニュースが流れた。問題のニュースは下記。早速韓国コミュニティの中心人物へコンタクトを取ったところ、韓国人会会長の宋錫準さんの側近から、話をうかがうことができた。今回はまず、インタビューに沿いその背景にあった歴史的な公約、公文書、談話などを照らし合わせながら、日韓それぞれの立場からの歴史認識について触れてみたい。

 

ストラスフィールド慰安婦像反対署名サイトはこちら

 

 

豪全域に慰安婦少女像を韓中コミュニティが協力
聯合ニュース 2月14日(金)15時45分配信

オーストラリア内の韓国と中国のコミュニティが、オーストラリア全域に旧日本軍による慰安婦の被害を象徴する「慰安婦少女像」を共同で設置することを決議した。シドニー韓人会会長や、ストラスフィールド市副市長、ハーストビル市議会議員など、オーストラリアの両コミュニティーを代表する人物がシドニー韓国人会館で3月10日(現地時間)、日本の戦争犯罪を糾弾し新軍国主義復活に反対する総決起大会を開き、少女像を共同で設置することで意見を一致させた。現地の韓国人向けメディアが14日伝えた。決起大会にはオーストラリアに居住する韓国人と中国人合わせて200人余りのほか、オーストラリアの連邦議員の補佐官2人も参加した。両コミュニティの代表者は旧日本軍が韓国や中国の幼い少女を拉致し、慰安婦という名の性奴隷として踏みにじった残虐さを、オーストラリアで暮らす移民の2世やオーストラリア国民に伝えるために同国全域に少女像を設置することを決議するなど、10条の「日本新軍国主義復活糾弾のための在オーストラリア韓中同胞連帯の行動綱領」を採択した。行動綱領には▼安倍晋三日本首相の靖国神社参拝糾弾と謝罪要求▼日本の新軍国主義復活と歴史歪曲批判▼慰安婦の惨状や南京大虐殺など日本の戦争犯罪の広報▼日本の新しい世代が偽りの歴史を学ばないように日本政府に圧力を加え、日本の偏重外交政策を修正することをオーストラリアのアボット首相に要求▼米国が日本の再武装を容認しないように要求▼国連が日本の戦争犯罪や人権じゅうりんを調査する委員会を結成し、内容を公開するように要請、などの内容が含まれている。両コミュニティの代表は10条の行動綱領を達成するまで持続的に反日闘争を展開することに決議し、署名運動を開始した。

 

 

 

韓国人会会長宋錫準(ソング・ソクジュン)さんの最側近の人物に、慰安婦像設置の可能性を問う

 

 

下記は宋錫準(ソング・ソクジュン)会長様へ対しての質問になります。失礼に当たる内容もあるかもしれませんが、公平な立場を持って原稿を仕上げたいと考えておりますので、前向きにご回答いただければとお伝えください。

 

両国の明るい未来のために役に立つことならいつでも声をかけてください。両国の真情なる和解の上に共存同栄できることなら、なんでも躊躇なしにやりたいと存じます。

 

 

 

まず、おふたりはどのような関係なのでしょうか。

 

私は会長の最側近であり、31年前の豪州入国同期生に、同じ英語学校の同期生です。今回は会長に代わって私が代弁をしますが、内容に関しては会長にも確認をとりますので、会長の同意のもとの返答となります。


 

今回なぜオーストラリアに慰安婦像を建設することになったのでしょうか。その理由をお聞かせください。

 

韓国人なら世界どこに住んでいても過去史歪曲、強制慰安婦の存在否定、その他あらゆる妄言を次から次へと並べる日本の政治家らをこれ以上許してはいけないという強い思いで、日本にはっきり伝達しないといけなくなったわけです。米国グレンデールでの銅像建立に伴われた一連の日本側のさまざまな妨害工作(米国議員ら、市長などに日本国会議員ら、企業人、日本大使などによる投資撤回などの脅迫、経済制裁など嫌悪感を持たせる卑劣な工作振り)に呆れて、世界中の人々に日本の過去と現在の蛮行を広く知らせるためです。

  

 

建設予定地はどこでしょうか。またいつ頃を予定していますか?

 

シドニー市内の中心地と、韓人タウン内(ストラスフィルード内建設予定)、および豪州全国の10箇所を予定しております。

 


日本側は一般的には、『韓国との請求権、経済協力協定』ならびに『サンフランシスコ平和条約』にて、韓国への謝罪および賠償責任は済ませたといった認識を持っているようですが、韓国会会長は韓国との請求権、経済協力協定をどのようにお考えでしょうか。 参考資料① 参考資料

 

賠償責任は済ましたという発想は、加害者の責任回避本能からの弁明ですが、政府間の協定で日本政府や日本企業による強制や詐欺性連行により、強制売春、死亡、傷害、拷問による被害は国家間の協定で源泉解消できることではありません。韓日政府間協定にそのように書いているとしても、英米法の契約法によれば、公平じゃない契約内容はそれに後で気がついても、無効になるとの趣旨を尊重しています。ですので被害者たちに賠償すべきです。

 

 

無効にするためには、公的な手続きをとる必要があると思われますが、実際に韓国政府はなにか無効にするために公的なアクションを行ってきたでしょうか。

 

当時韓国の政府は軍事クーデターで執権した軍政だったので、正統性問題に弱点があり、可能なら早速回りの主要国政府の承認を受けなければならない事情がありました。対日協商においてもハンディキャップがあり、それを看破した日本政府は最大限その弱点を利用して、賠償額を最小限へ減らしました。特に民間人賠償問題は再び挙論しないように韓国政府に圧力をかけました。成功したかどうかはわからないですが、相手側の弱点をついて自分たちの利得を取ったのはとても卑劣な手法として歴史に記録されるでしょう。

 

 

『韓国との請求権、経済協力協定』で、韓国政府は「個人への補償は韓国政府が行うので、日本は韓国政府へ一括して支払うべき」とし、現金合計21億ドルと各種現物返還を請求。次の日韓交渉で日本は韓国政府へ一括支払いは承諾したが21億ドルと各種現物返還は拒否し、その後、請求額に関しては韓国が妥協して、日本は前述の記載通り「独立祝賀金」と「発展途上国支援」として無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドルの供与及び融資を行いました。個人への保障は政府が行うとのことでしたが、このとき実際に、慰安婦への保障はされたのでしょうか。参考資料①

 

あなたの述べた文中で、金額と名目に差異があります。実際は無償3億ドル、有償2億に、工場プラント1億譲与でした。これを当時は3+2+1と読んでいたそうですが。日本側がその賠償額を「独立祝賀金」や「発展途上国支援」とか一方的に名づけたものの、韓国側の同意を得たわけではありません。韓国では「対日請求権」と呼ばれたと記憶していますし、慰安婦賠償問題はどちらにも案件に載せてない状態だったようです。

 

 

『サンフランシスコ条約』に関しまして、「南北戦争中、勝戦国と日本側がその内容を一方的に決めることになった」というふうにおっしゃっていましたが、この当時の状況はどのようなものだったのでしょうか。 参考資料

 

サンフランシスコ条約は日本側だけがうるさく言っていますが、法的な価値は全然ないし、これ以上日本が無理を押し続けても世界中の非難を浴びるだけだと思います。添付しました独島(竹島)に関する資料が韓国外交部の公式立場ですし、歴史的にも無理のない事実であります。下記は独島に関する大韓民国の外交部の公式立場です。ご参考までに。http://www.youtube.com/watch?v=7Ido7y1V0dA

 

 

朴正煕大統領はその当時、韓国国民からはどのように思われていましたか?

 

日本側にほぼ全部取られて譲ったと、国内世論は最悪でした。それに学生たちの「韓日会談無効」を叫ぶデモで日が立ち、デモで日が暮れる毎日でした。朴と金鐘必は国を売った最悪の売国奴として罵倒されていました。

 

 

デモを行うこと自体がその会談が一度は成立したことの裏づけとは考えられないのでしょうか。

 

いいえ。軍事クーデターで執権した正統性のない政権が、国民的な意見聴取なしに急いで一方的に押し付けた合意は、国民の共感なき、いや国民無視の会談結果だったので憤怒したわけです。もちろんそういう結果に賛同できないとはっきり言わないといけないから、デモで反対の意思を表現しないといけなかったのです。

 

 

グレンデールの慰安婦像設立のあと、日本人であるというだけで子供たちがいじめにあっているということですが、これについては認識はありますでしょうか。

 

全然ないことで、日本人特有の嘘だと思っています。韓国人は子供のときから小人輩(心の狭く子供っぽいことをやる度量のない者)にやられたことを同じことで返すと、自分も小人輩になる、との教育ですので、そんなことはしません。逆に日本人がそんなことをやるなら「やはり島国の者だ」と嘲笑うのが韓国人でしょう。


 

では、いじめがあるないは別にして、建設することで人種を問わず分別のつかない子供たちの間でいじめが起こる可能性は無視できないと思います。現地の日本人と韓国人や中国人同士のトラブルを招くといった発想はお持ちでしょうか。具体的に対応策は考えていますか?

 

加害者の日本が反省せず、さらには被害者の元慰安婦のお婆さんたちを侮辱ていることを棚に上げて、自分の子供たちにまだ遭ってもないことを想像して叱るなんて、やはり日本らしき手法だと思われるでしょう。対応策も何も日本側がやることをやれば問題は自動的に解決されるはずです。

 

 

慰安婦問題に関しまして、双方の国家間はもちろん、国内ですらも意見が対立する中、首脳会談が行われないといった状況で、いまだことの真意も判断できない状況とも言えますが、このタイミングで「20万人の被害者」と記した像の建設に着手するというのは、やや時期尚早という声も上がっているようです。決議に踏み切った理由をお聞かせください。

 

安部総理をはじめ、右翼自民党の立場は、歴代の総理大臣らが慰安婦に対し、談話を通じて謝罪したことを否定している状況で、日本の蛮行を全世界に知らせて孤立させることで、何が悪かったのかを自ら気づかせるしかないと判断したわけです。常識のあるものなら時期尚早じゃなく晩事之嘆と直すべきじゃないですか?


 

晩事之嘆とは韓国の言葉でしょうか。

 

はい、韓国の四字成語です。意味は「遅すぎて怨み嘆く」との意味です。

 

 

従軍慰安婦につきまして、当時は儒教が強く、元慰安婦は、処女を失った自分は家族に合わせる顔がない、とひとり孤独に死んでいったという悲しい話を聞きました。行く場所がない人はソウルなどに集まって皆で暮らしていた。またオーストラリアにも、もと慰安婦で生存者がいると伺いましたが、これは本当でしょうか。

 

韓国人の慰安婦がオーストラリアにいるとは聞いたことがありませんが、オランダ人の元慰安婦のお婆さんがアデレードにお住まいで、数年前シドニーの慰安婦対策委員会の招待でシドニー集会に参加したときに会ったことがあります。その同時に韓国から来た吉の名字のお婆さんがシドニーで証言したときのデモにも参加したこともあります。


 

シドニーの慰安婦対策委員会とは、どのような活動をされていますか? 吉さんの証言をされたときの状況をお伝えください。

 

元慰安婦たちを助ける活動です。吉さんは2回ほど委員会の招待に応じてシド二ーに来たことがあります。シティの日本総領事館の前で忌憚大会を開いたとき、被害者として証言したことがあるようです。


 

1983年に吉田清治の『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』という本を出していますが、これはご存知でしょか。吉田は済州島で日本軍人らを引率し、若い未婚女性や赤ん坊を抱いた母親を連行し、レイプしたという「体験」を語っています。一方で『済州新聞』は、現地住民はそのようなことはなかった。吉田は嘘をついていると語っていると、1989年8月14日同紙に記載されています。これ以降で慰安婦問題が浮上したとも言われているようですが、これに関してはどのように考えていますか? 参考資料③

 

唐人行さんのことを聞いたことがありますか? 明治維新以降、幕府は人種純化の名目で九州の長崎など外国の貿易船が入出港する所で、西洋人船乗りとの性交を通じて生まれた間の子の女性が多かったんです。幕府は彼女らを海外へ追い出して血統の純粋さを守ると考え、10~20代の女の子らを強制に船に乗せて、韓国(当時は朝鮮)や中国、東南アジアへ送りました。彼女らは技術も才能もありませんでしたが、生存するため外国の港町の酒場で笑いと体を売って生活を営為したようです。彼女らにとって日本は自分を追い出した憎い祖国ですが、それにも関わらず自分の家族たちに売春で稼いだ金銭を送金していたようです。一方それを見ていた文無しののらくらが、今度は混血じゃない普通の家庭の女の子たちを拉致して、海外に売り始めました。もちろん都市の家庭の子の拉致はばれる危険性が高いので、田舎の貧しい家庭を訪ねて8歳から10代の女の子らを収集して海外へ送りました。このときは拉致じゃなく、堂々と親の許可で連れて行ったケースも多かったようです。貧乏の家に口数を減らすため、後で金をたくさん稼いで送金してもらうと言えば、反対する親は特にいなかったわけです。隣の家の人が娘を売ると、海外から送金が届き、土地と新しい家を買っている。それを見ていた周りの女の子たちは、自分も唐人行になってお金を稼ぎたいと夢をみるようになりました。親を説得して連れて行くのが難しい家庭では、誘拐ないし拉致をして国から売り出していました。そういうわけで東南アジアの各国の港町は、日本からの唐人行で売春商売が盛り上がっていたようです。戦争のときは、彼女らが祖国のために募金して日本政府に送った戦費が無視できないほどの金額だったといいます。明治以降、終戦のときまでアジアの各国で商売をしてた唐人行は、大体3万名だったそうです。日本の海外輸出第一号はトランジスタラジオじゃなく、唐人行だといいます。私がこの話をする理由は、戦争のときの慰安婦拉致、誘拐は日本では唐人行のとき既に経験したものの、別に罪意識なしに外国の女たちにやっただけじゃないかということです。日本人が女性拉致や誘拐を罪意識なしに行った理由は、唐人行のとき、すでに予防注射を受けたからじゃないでしょうか。 問題は予防注射を受けた日本が、受けてない他国民に納得しろと言われても納得できるのか、ということです。


 

なるほど。唐人行のことは分かりましたが、吉田清治に関しては、韓国では認知があるのでしょうか。フィクションの『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』に影響を受けた人間が少なくはなかったのではないでしょうか。

 

韓国人は日本人の名士はあまり知りません。知るなら侵略の元凶であり、安重根義士に射殺された伊藤博文ぐらいでしょうか?


 

慰安婦募集の強制性を認めた「河野洋平官房長官談話」の作成経緯を政府が検証することになりました。菅義偉官房長官が衆院予算委で検証チーム設置の方針を表明していますが、これについては賛成ですか?

参考資料⑥

 

安部政権の意図はただひとつ。「河野談話の内容は被虐性変態報告書であり、捏造だ!」と叫んで廃棄するはずです。当然「ショーは止めとけ! 手の裏で太陽が隠せると思うのか」と叱りたいだけですね。

 

※3月14日の時点で安倍晋三首相は、安倍内閣で見直すことは考えていない」と言明しています。また、慰安婦として従軍した女性に関し「筆舌に尽くし難いつらい思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む」と語っている。

 


 

河野談話は日本の政府見解であるのに、自国民より先に韓国側に通報され、韓国側からの強い提案を受け入れながらその手が加わって成立したと日本国内では言われています。韓国ではどのように言われていますか。

 

初耳です。きっと日本国内用の世論造作でしょう。

 


 

韓国側から修正要求はなかったという解釈が韓国国民にはあるのでしょうか。

 

充分ではないけど歴代日本政治家の一貫した反省なしの態度と比べて、ある意味で韓国民の目には新鮮に映ったことはあると思います。


 

慰安婦問題につきまして、ポイントとなる箇所は、『強制』であったかどうかという点だと察しますが、オーストラリアに慰安婦像を建設するということで、説得力のある説明および証拠が不可欠だと思うのですが、物的証拠などの一部で今回提出する予定のものは開示できますか?

 

証拠は今まで数え切れないほど見せました。日本の右翼政権には何の証拠を目の前に出しても信じません。彼らには真実なんかどうでもいいのでしょう。元慰安婦らが一人も残らずに死ぬまでは、証拠も証拠じゃなく、証人は証人じゃないといい続けるのではないでしょうか。


 

証拠といえば、1944年に米軍によって行われた聞き取り調査をもとに、制作された公文書がありますが、そこには『強制』が、当時の慰安婦募集のさいには存在しなかったことが記されています。『雇用された』、『給料が出ていた』ようなことも書かれていますが、これはご覧になられましたか 参考資料⑤  

 

初耳です。その米軍がどんな経緯でそういう調査をしたのかを先に調査すべきであります。隠蔽に命をかけてる人たちには手段と方法を区分せずになんでもやるはずです。


 

当時ビルマのミートキナを制圧した米軍が、捕らえた韓国人慰安婦20人に尋問した記録をまとめた公文書です。証拠価値が高いのは、当時敵対していたアメリカの公文書ということと、別に訴訟のためのものではないから、変な誘導尋問をしているわけではなく、客観性がかなり高いからです。もっともこれが全貌を示すものと言うことはできませんが。

 

一方で慰安婦の方々には『苦痛軽減のため「女性のためのアジア平和国民基金」を通じて償い金を支払い、当時の橋本内閣総理大臣および歴代の総理大臣も連名でおわびの手紙を送っている』と、日本政府の菅義偉官房長官が3月6日、ジュネーブでの国連人権理事会で話しています。2007年で一部幕を閉じたものの、デジタル記念館「慰安婦問題とアジア女性基金」で、永久的にその当時の行為に謝罪しております。これについてはどうお考えでしょうか。 参考資料⑦ 参考資料⑧ 

 

聞いた話では「日本の民間で募金して被害者たちに払おうとの計画があったようですが、被害者らの反応は冷たかったそうですね。なぜなら金額の大小を問わず、日本政府に謝罪と賠償を要求しているのに、なぜ民間人団体が募金するのか、われらは乞食じゃないといった憤りだったと聞きました。


 

慰安婦に支払われたお金は軍用手票でしたか? それとも日本通貨だったのでしょうか。

 

軍票だと聞きました。


 

それら軍票が敗戦と同時に反故になり、慰安婦たちが結果的に給料を貰えなかったという状況に追い込まれたという可能性はありますか?

 

100パーセントそのケースでしょう。

 

※やはり慰安婦には給料が支払われていたということなのだろうか。そして反故したから結果的に貰っていないと証言しているのだろうか。



 

世界中で強制連行をした、という証拠がいくらでもあるという風に聞きましたが、どのようなものがあるのでしょうか。今回紙面で比較するために掲載したいのですが一部をお借りすることは可能でしょうか。

 

新聞に頻繁に発表されていますが、同じく日本は一貫して造作だと叫んで終えましたね。

 


 

ではその新聞のコピーなどはありますか? ひとつだけでいいですので、お送りいただけますか?

 

これが参考になるでしょうか。
http://news.hankooki.com/ArticleView/ArticleView.php?url=world/201401/h2014011810114122470.htm&ver=v002

 


 

従軍慰安婦 「黄錦周」(ファン・クムジュ)さんの証言は、時と場所によって内容が変わってしまうといった特徴があります。これは忘れたい過去、トラウマがそうさせてしまうのかもしれず、それ自体を攻めることは心苦しいですが、一方でこうしたことが原因で、聞き手が慰安婦の証言に対して不信に思ってしまうひとつの原因だと感じられます。これはどのようにお考えでしょうか。

 

その人については初耳です。面白いのは、日本は韓国側が発掘した証人については、少しも興味を持たずに知らんぶりするのに、反論に使う証人はよくも発掘することです。

 


 

では証人で真実性の高いひとはどなたでしょうか。

 

慰安婦お婆さんたちです。

 

※韓国側が人選した元慰安婦16人の聞き取り調査報告書では、証言の事実関係はあいまいで別の機会での発言との食い違いも目立つほか、氏名や生年すら不正確な例もあり、歴史資料としては通用しにあ内容だったという意見もある。また軍や官僚による強制連行を示す政府資料は一切見つかっていないようだ。

 


 

オーストラリアに慰安婦像のアイデアを出したのは、あなたでしたか?

 

そうです。私が初めてだと憶えてます。公式席上で発言したのが2年前のことですね。

 


 

グレンデール市長へ日本企業からの脅迫があったとのことを伺いましたが、これは本当でしょうか。

 

本当です。それを叱ると彼らはいつも「ロビー活動は自由」だと答えます。

 


 

グレンデールでの動きとオーストラリアでの活動は連動しているのでしょうか。総合的に指揮をしている人間はいるのでしょうか。

 

いや。常識のある人間なら指揮なんかなくても自ら動くものです。ただ日本政府のロビー活動が卑劣だから、どうしても反発心を持たせてしまいます。

 


 

今後、ほかの国にも建設を予定しているのでしょうか。

 

そう望んでます。常識のある人間なら同じことをするのも当然ですね。

 


 

グレンデールの慰安婦増には『20万人を超える少女を強制動員』という表記がなされていますが、オーストラリアにも同内容を掲載する予定ですか?

 

その数字が正しいなら掲載を反対する理由もないでしょう。もちろん正しいと信じています。

 


 

その20万人という数字はどのようにはじき出されたのでしょうか。根拠の乏しい数字だと思いますが。

 

当時日本巡査が来て女の子を連れて行った家庭に聞いて統計を出したのだと思います。

 


 

20万人が強制的に連れて行かれたということでしょうか。

 

はい、そうです。

 


 

シドニーで3月あたりをめどに日本政府に対するデモが行われるとのことですが、これにも会長は関与していますか?

 

会長は居住民の投票で当選したので、居住民の望むことなら何でもやらなくてはならないので、きっと関与すべきです。

 


 

阿部政権は、河野談話を踏襲すると公言しています。また、「侵略や植民地支配を否定したことは一度もない」とも語っていますが、阿部政権に関してどのようにお考えでしょうか。また今後どのようなことを要求しますか? 

参考資料⑥ 参考資料⑨

 

以前の総理大臣の良心発言を非難、否定しつつ、国際的な批判にぶつかると「そうじゃなく云々」と逃げるのが何より卑劣さを感じてしまいます。米国が何でも応援してくれると思ったのに、そうじゃないとわかったらいったん足を抜くものです。

 


 

日本の軍国主義復活を懸念とのことでしたが、これはどの行動や言動を見てそう思われましたか? 参考資料⑩ 参考資料⑪ 

 

平和憲法を改定し、海外派兵を可能にさせるとか連合軍の米軍を助けるためにどこの国でも許可なしに進駐するとか。領海拡張宣言で隣国との摩擦をわざと起こす振りをみてわかります。

 


 

今回の慰安婦像建設ですが、現状で建設の可能性はどのくらいでしょうか。 また、日本人の間では反対の署名を集める動きが出てきているようですが、それをどのようにお考えでしょうか。

 

可能性は100%に近いです。日本人には銅像反対の署名じゃなく、安部反対の署名が自分の祖国を守る道だと伝えてもらいたいです。

 


 

確かに日本人のなかにも政府の方針に否定的に考えている人はいます。日本人全体が国防軍を持つことに賛成しているわけではありませんが、それはご存知ですか?

 

知っています。日本国内でそういう良心勢力はどれぐらいの比率でしょうか。たとえ相当の人数だとしても、執権勢力の自民党、右翼などの国会占有率が圧倒的に多いので、小数勢力の声が響くことを期待するのは無理ですね。

 


 

オーストラリア国内の韓国人は賛成をしているのでしょうか。 若い方の支持を得ていないという話も聞きますが、その辺はどうでしょうか。

 

100パーセント賛成ですね。そうしないと韓国人じゃないでしょう。若者の方が強制慰安婦問題にもっと憤怒していると聞いています。

 


 

仮に河野談話が見直された場合に、今後の活動はどのように変化しますか?

 

別に全然影響ないですね。むしろもっと活発に日本の軍国主義反対運動を展開すべきです。

 


 

現地日本人へ対してのコメントがあればお願いします。

 

日本で右翼偏向教育されたと鸚鵡やロボットのように安部を一方的に支持しないで、自分で考えてみてほしいです。天皇陛下万歳と叫んで死んでいった神風特攻隊の死を繰り返さないようにお願いします。

 


 

今件において、自国民の名誉のために大統領をはじめコミュニティレベルでも努力を惜しまない姿勢に、一部日本国民として見習うべきこともあると感銘を受けた一方で、自国民単位でことを考えるのではなく、『フェミニズムの有り方』という、より大きな枠組みで捉える時期に来ているのではないかとも感じざるを得ません。韓国人をはじめ、中国人、北朝鮮人、ベトナム人、フィリピン人、ロシア人、オランダ人、日本人、その他諸外国の女性、戦争で被害を受けた被害者の数は計り知れません。目の前で平然と人が殺される日常を生き、当時の常識的感覚で女性がまったく被害に遭っていないと考える方が現実味がないのかも知れません。しかし韓国人女性だけがその被害に遭ったといえば、そういうわけではなかったのだとも感じます。だからといって決して正当化されることではありません。国民レベルにおいても、お互いに違う認識を持っていることをまず認めあい、建設的な議論を重ねたうえで真意を問いていき、反省するべきことは改めて真摯に受け止め反省し、未来の子供たちの平和のために慎重な行動をしていくことを願わんばかりです。今回オーストラリアで起こっている慰安婦像建設に関しまして、その記載内容や存在意義、国民に与えうる影響につきまして、まず現地日系コミュニティ団体や国家機関とも情報交換をする機会を設けていただくことを強く望みます。

 

それは素晴らしいお話ですね。ただ現在の自民党と安部総理の妄言ぶりを聴くと、すべてのことが絵の中の餅みたいな理想論にすぎないとしか思われませんね。その素晴らしい提案が現実性のない美辞麗句だけで終わらないように、右翼好戦主義者らを常に監視し、叱責する姿勢こそ世界平和へ向かう第一歩じゃないでしょうか? 最後に想起させてもらうなら、英国のチャーチル総理の言った「過去を反省しない民族に未来はない」との言葉ですね。

 

最後に

3月15日弊紙発行直前、安倍内閣は参院予算委員会集中審議で、「河野談話を安倍内閣で見直すことは考えていない」と言明した。また、慰安婦として従軍した女性に関し「筆舌に尽くし難いつらい思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む」と語っている。日本の植民地支配と侵略を謝罪した95年の村山富市首相談話などにも言及し、「歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と改めて強調している。韓国政府が朴槿恵大統領と阿部首相との首脳会談に応じる条件として、従軍慰安婦問題への誠意ある対応を求めていることに配慮し、日米韓首脳会談の実現に向けて首相自身の立場を明確にしたものとみえる。菅義偉官房長官は河野談話の作成過程で韓国政府と擦り合わせをしたかどうかについて、「談話作成過程の実態を把握することが必要だ。しかるべき形で明らかにすべきだ」と指摘。検証作業を行って調査結果を公表する方針には変わりがないことを示した。 

弊紙は、同インタビューと平行して、グレンデール慰安婦像撤去訴訟で戦うNPO法人「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」とコンタクトを取った。その結果、同団体との協力体制を築くことができた。グレンデール訴訟での対応、教訓など貴重な情報を参考に、今後の対応に邁進していきたい。また、グレンデールでの訴訟の争点のひとつのように、地方自治体レベルが外交に関わるような行為が許されるのか、といったことも追求しつつ、地方自治体には良識ある判断を望みたい。
今回取材を進めるにあたり、世論調査などで、当事者である日本人と韓国人の、特に若年層の歴史観に対しての探究心や、真意は抜くが歴史認識の量の差を感じざるを得なかった。今回の特集がこれからを担う読者にとって、歴史と向き合う第一歩となってくれたら嬉しい。繊細なトピックで、取材を進める難しさを感じ、内容に関しても本来の意向とはそぐわなかった部分もあるが、こうして形にできたのは、この取材を匿名ではあるものの、日本語での対応を快く承諾知れくれたインタビュイーの存在は否定できない。インタビュイーの方、並びに関係者の皆様、取材協力ありがとうございました。


大庭祐介


ストラスフィールド慰安婦像反対署名サイトはこちら

 

 

参考資料 ①  1965年6月22日   

日韓請求権および経済協力協定

日本国及び大韓民国は、両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決することを希望し、両国間の経済協力を増進することを希望して、次のとおり協定した。

 

 

第一条
1 日本国は、大韓民国に対し、
(a)現在において千八十億円に換算される三億合衆国ドルに等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から十年の期間にわたつて無償で供与するものとする。各年における生産物及び役務の供与は、現在において百八億円に換算される三千万合衆国ドルに等しい円の額を限度とし、各年における供与がこの額に達しなかつたときは、その残額は、次年以降の供与額に加算されるものとする。ただし、各年の供与の限度額は、両締約国政府の合意により増額されることができる。
(b)現在において七百二十億円に換算される二億合衆国ドルに等しい円の額に達するまでの長期低利の貸付けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極に従つて決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から十年の期間にわたつて行なうものとする。この貸付けは、日本国の海外経済協力基金により行なわれるものとし、日本国政府は、同基金がこの貸付けを各年において均等に行ないうるために必要とする資金を確保することができるように、必要な措置を執るものとする。

前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。

2 両締約国政府は、この条の規定の実施に関する事項について勧告を行なう権限を有する両政府間の協議機関として、両政府の代表者で構成される合同委員会を設置する。


3 両締約国政府は、この条の規定の実施のため、必要な取極を締結するものとする。
 


第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条
(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。


2 この条の規定は、次のもの(この協定の署名の日までにそれぞれの締約国が執つた特別の措置の対象となつたものを除く。)に影響を及ぼすものではない。
(a)一方の締約国の国民で千九百四十七年八月十五日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産、権利及び利益
(b)一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であつて千九百四十五年八月十五日以後における通常の接触の過程において取得され又は他方の締約国の管轄の下にはいつたもの


3 2の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であつてこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であつて同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。
 


第三条
1 この協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決するものとする。


2 1の規定により解決することができなかつた紛争は、いずれか一方の締約国の政府が他方の締約国の政府から紛争の仲裁を要請する公文を受領した日から三十日の期間内に各締約国政府が任命する各一人の仲裁委員と、こうして選定された二人の仲裁委員が当該期間の後の三十日の期間内に合意する第三の仲裁委員又は当該期間内にその二人の仲裁委員が合意する第三国の政府が指名する第三の仲裁委員との三人の仲裁委員からなる仲裁委員会に決定のため付託するものとする。ただし、第三の仲裁委員は、両締約国のうちいずれかの国民であつてはならない。


3 いずれか一方の締約国の政府が当該期間内に仲裁委員を任命しなかつたとき、又は第三の仲裁委員若しくは第三国について当該期間内に合意されなかつたときは、仲裁委員会は、両締約国政府のそれぞれが三十日の期間内に選定する国の政府が指名する各一人の仲裁委員とそれらの政府が協議により決定する第三国の政府が指名する第三の仲裁委員をもつて構成されるものとする。


4 両締約国政府は、この条の規定に基づく仲裁委員会の決定に服するものとする。

 

 

第四条

この協定は、批准されなければならない。批准書は、できる限りすみやかにソウルで交換されるものとする。この協定は、批准書の交換の日に効力を生ずる。 以上の証拠として、下名は、各自の政府からこのために正当な委任を受け、この協定に署名した。 千九百六十五年六月二十二日に東京で、ひとしく正文である日本語及び韓国語により本書二通を作成した。

 


日本国のために 椎名悦三郎 、高杉晋一

大韓民国のために 李東元 、金東祚

 

 

参考書類 ②  1951年9月8日に署名   

サンフランシスコ平和条約一部抜粋

第二章 領域

 

第四条
(a) この条の(b)の規定を留保して、日本国及びその国民の財産で第二条に掲げる地域にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権(債権を含む。)で現にこれらの地域の施政を行つている当局及びそこの住民(法人を含む。)に対するものの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は、日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とする。第二条に掲げる地域にある連合国又はその国民の財産は、まだ返還されていない限り、施政を行つている当局が現状で返還しなければならない。(国民という語は、この条約で用いるときはいつでも、法人を含む。)
(b) 日本国は、第二条及び第三条に掲げる地域のいずれかにある合衆国軍政府により、又はその指令に従つて行われた日本国及びその国民の財産の処理の効力を承認する。

 

 

参考書類 ③  1983年   

私の戦争犯罪朝鮮人強制連行 吉田清二
吉田清二は済州島で日本軍人らを引率し、若い未婚女性や赤ん坊を抱いた母親を連行し、レイプしたという体験を著書「私の戦争犯罪」で語っている。一方で『済州新聞』は、現地住民はそのようなことはなかった。吉田は嘘をついているとして1989年8月14日、同紙に調査の結果を記載している。これ以降で従軍慰安婦問題が浮上したとも言われている。
吉田は自著の虚偽を指摘された後も韓国での謝罪行脚や朝日新聞での証言を続けたが、1995年、「自分の役目は終わった」として著書が自身の創作であったことを認め、1996年5月の週刊新潮インタビューで以下にように語った。
「まあ、本に真実を書いても何の利益もない。関係者に迷惑をかけてはまずいから、カムフラージュした部分もある。事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやることじゃありませんか。チグハグな部分があってもしようがない」。(週刊新潮1996年5月)。
吉田の証言は国連クマラスワミ報告(1996年)やアメリカ合衆国下院121号決議(2007年)などの事実認定でも有力な証拠として用いられている。

 

 

 

 

参考書類  ④  1981年  

朝日新聞が初の慰安婦報道

新聞記者・朝日新聞社社員の植村隆は、1991年にいわゆる従軍慰安婦問題を日本で初めて報道したが、事実に反する捏造であったと指摘されている。以下がその内容となる。
日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺(てい)身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞玉・共同代表、十六団体約三十万人)が聞き取り作業を始めた。同協議会は十日、女性の話を録音したテープを朝日新聞記者に公開した。テープの中で女性は「思い出すと今でも身の毛がよだつ」と語っている。体験をひた隠しにしてきた彼女らの重い口が、戦後半世紀近くたって、やっと開き始めた。
尹代表らによると、この女性は六十八歳で、ソウル市内に一人で住んでいる。(中略)女性の話によると、中国東北部で生まれ、十七歳の時、だまされて慰安婦にされた。ニ、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。慰安所は民家を使っていた。五人の朝鮮人女性がおり、一人に一室が与えられた。女性は「春子」(仮名)と日本名を付けられた。一番年上の女性が日本語を話し、将校の相手をしていた。残りの四人が一般の兵士ニ、三百人を受け持ち、毎日三、四人の相手をさせられたという。「監禁されて、逃げ出したいという思いしかなかった。相手が来ないように思いつづけた」という。また週に一回は軍医の検診があった。数ヶ月働かされたが、逃げることができ、戦後になってソウルへ戻った。結婚したが夫や子供も亡くなり、現在は生活保護を受けながら、暮らしている。

 

  

参考書類 ⑤  1944年8月15日  

UNITED STATES OFFICE OF WAR INFORMATION
Psychological Warfare Team Attached to U.S. Army Forces
India-Burma Theater APO 689
Prisoners: 20 Korean Comfort Girls  

Date of Capture: August 10, 1944

 

歴史認識にときおり用いられる

アメリカ公文書一部抜粋

序文
この報告書は、ビルマのミートキーナ陥落後の掃討作戦において1944年8月10日頃に捕虜とした20人の韓国人慰安婦、および2人の日本の民間人の尋問から得られた情報に基づくものである。報告書は、日本人がどのように韓国人慰 安婦募集したか、慰安婦達の置かれた生活や労働の条件、日本兵との関係や対応、そして軍事的状況への認識を示している。

慰安婦は、単に軍人にサービスするため日本軍に付加された売春婦、または〝プロの非戦闘従軍者〟以上のものではない。〝慰安婦〟と いう言葉は日本人に特有のもの。他の報告は、どこであれ日本軍が戦うために必要な場所で〝慰安婦〟が確認されるということを示している。しかしながら、この報告書は、もっぱら日本人により募集されて、ビルマの日本軍に配属された韓国人〝慰安婦〟を対象としているもの。日本人は1942年に約703人の慰安婦をビルマに送ったと報告している。
 


慰安婦の募集

1942年5月初め、新たに占領した東南アジアの日本の占領地での〝慰安サービス〟のため、韓国人女性を募集する目的で日本の業者が韓国に到着した。この〝サービス〟の内容は明確にされなかったが、病院の負傷者を訪問し、包帯を巻き、そして一般的に軍人を楽しくさせる事と関係した働きだと思われた。これらの業者が用いた誘因は、多額のお金であり、家族の負債を返済する機会、楽な仕事、および新天地シンガポールにての新たな人生の見通しであった。これらの虚偽の表示に基づき、多くの女性が海外での仕事に応募し、数百円の前払金を与えられた。

女性達のなかの幾人かは以前に〝売春〟を 生業としていたものがいる。彼女らがサインした契約は、彼女達を、前払いを受けた家族の負債に対応して、6ヶ月から1年の期間、軍の規則および〝舎監〟と戦争に拘束するものであった。約800人の女性達がこの様に募集され、通常は日本軍の陣地近くの相当な大きさの町に配された。



生活および労働条件


通常、ミートキーナでは女性達は各々の女性の個室がある大きな2階建に宿営した。そこで女性は生活し、眠り、そして仕事をした。舎監から必要なものを購入した。彼女達は食物と物資について制限されておらず、そして欲しい物を購入するためのお金を十分に持っていたため、良い暮らしをしていた。
彼女らは服、靴、タバコ、および化粧品を購入する事ができた。またビルマでは、将校および一般兵の双方と共にスポーツ大会に参加し、ピクニック、娯楽、および晩餐会に出席して楽しんだ。彼女らはレコードプレーヤーを保有し、そして町では買い物に行くことが許されていた。
1943年後半、日本軍は前払い金の債務を返済した女性は帰国する事ができるという命令を出した。何人かの女性がこうして韓国に帰国する事ができた。
彼女達は全ての方式の避妊具を供給され、そして、しばしば、兵士は自身が軍から支給された物を持参して利用した。彼女達は、衛生の問題に関し、自分達と顧客の両方の世話をする訓練を受けた。週に1度、日本の正規の軍医が各慰安所を訪れ、病気にかかった女性は治療を受け、最終的には病院に送られた。



兵士の反応

兵士から慰安婦への多数の求婚の例があり、そしてある場合には実際に結婚が行なわれている。

日本人兵士達は、しばしば、家から雑誌、手紙、新聞を受け取る事がどれほど楽しいものであるかを語っていた。また、彼らは缶詰、雑誌、石鹸、ハンカチ、歯ブラシ、ミニチュアの人形、口紅、および木製の衣服で一杯の〝慰安袋〟の中身について語っていた。口紅と衣類は女性用品であり、女性達は家族がなぜそうした物資を兵士に送るのか理解できなかった。彼女らは、送った者は単に、自分達、あるいは〝現地の女性達〟への贈り物が念頭にあったのではないかと推測した。

 

  

参考書類 ⑥  1993年8月4日  

慰安婦関係調査結果発表に関する

河野内閣官房長官談話(河野談話)
いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。
(ウェブサイトより)

 


 

 

  

参考書類 ⑦  1995年7月  

アジア女性基金の誕生 村山総理大臣

慰安婦の直接的な関与を認める
1994年に村山富市総理を首班とする自民、社会、さきがけの三党連立政権が誕生。同年8月31日に、村山総理は戦後50年に向けた談話の中で、「慰安婦」問題について、「心からの深い反省とお詫びの気持ち」を表明し、この気持ちを国民に分かち合ってもらうために、「幅広い国民参加の道」を探求すると明らかにする。この談話を受けて与党三党は、「戦後50年問題プロジェクト」をスタート。「慰安婦」問題は「従軍慰安婦問題等小委員会」で検討することとなった。与党と政府部内では、これまでの日本政府の方針を見直すことになる。政府は、先の大戦にかかわる賠償及び財産、並びに、請求権の問題は、サンフランシスコ平和条約、およびその他の関連する2国間条約などにのっとって対応してきたとの方針を採ってきた。そうである以上、新たに国家として個人補償を行うことはできないという立場だ。これに対して、与党の中では個人補償を行うべきだという考えが強く主張される。意見の対立は、問題の解決に早急にあたるという観点から調整され、1994年12月7日、この問題での「第一次報告」がとりまとめられることとなる。政府は、その報告を受けて、「慰安婦」問題に関して、かつて数多くの慰安婦が存在し、旧日本軍が、管理や募集に置いて直接的に関与したと認めることとなった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下で非常に痛ましいものがあり、いずれにしても、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけることとなった道義的責任を認め、政府と国民が協力して、「基金」を設立し、元「慰安婦」の方々に対する全国民的な償いの気持ちをあらわす事業と、女性をめぐる今日的な問題の解決のための事業「アジア女性基金」を推進することを決定した。その主な目的を下記にまとめてみた。

①元「慰安婦」の方々への国民的な償いを行うため広く国民に募金を求める。
②元「慰安婦」の方々に対する医療、福祉などお役に立つような事業を行うものに対して、政府資金等により支援する。
③この事業を実施する折、政府は元「慰安婦」の方々に対し、国としての率直な反省とお詫びの気持ちを表明する。
④政府は、「慰安婦」関係の歴史資料を整えて、歴史の教訓とする。またこれに関連して、女性に対する暴力など今日的な問題の解決のための事業を行うものに対し、政府資金等により支援する。
 


 

 

  

参考書類 ⑧  1995年7月  

元「慰安婦」の方への総理のおわびの手紙

 

拝啓

このたび、政府と国民が協力して進めている「女性のためのアジア平和国民基金」を通じ、元従軍慰安婦の方々へのわが国の国民的な償いが行われるに際し、私の気持ちを表明させていただきます。
いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます。
我々は、過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。わが国としては、道義的な責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、いわれなき暴力など女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも積極的に取り組んでいかなければならないと考えております。
末筆ながら、皆様方のこれからの人生が安らかなものとなりますよう、心からお祈りしております。

敬具

日本国内閣総理大臣 橋本龍太郎
(歴代署名:小渕恵三、森喜朗、小泉 純一郎)

 

  

参考書類 ⑨  1995年8月15日  

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」

村山談話

先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。
敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。
平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。
いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。
「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

 

  

参考書類 ⑩  1995年8月15日  

自民党の掲げる憲法改正草案からの抜粋

 

二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

二章 安全保障
(平和主義)
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
1 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
(領土等の保全等)

第九条の三  国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない

 

  

参考書類 ⑪  2014年2月23日 

河野洋平元衆院議

東京新聞からインタビューを受ける

首相は、自らが設置した有識者懇談会「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が報告書をまとめた後に政府与党内で協議した上、憲法解釈の変更を閣議決定する手順を国会で説明している。これについて河野氏は「安保法制懇は私的諮問機関。メンバーは首相が選んでおり、だれの(第三者の)同意も必要としていない。閣議決定するからいいというのも、相当違う。閣僚も首相が選んでいるからだ」と批判している。さらに河野氏は「首相は『最高の責任者は私だ』と内閣法制局長官を抑えようとしている。これまで積み重ねてきた議論を、私的諮問機関の結論で簡単に乗り越えるのはいかがなものか」と、法的根拠のない機関が事実上、政策決定を担う手法を非難した。首相は今国会で「政府として検討を進め、与党でも調整し、最終的なものを閣議決定していく方向になる」(20日)「改憲でなくても解釈変更で可能だ」(5日)などと、再三にわたり解釈改憲への意欲を示している。こうした首相の発言は、「集団的自衛権は国際法上保有しているが、憲法上行使は許されない」と解釈してきた歴代政権と、この解釈を担ってきた内閣法制局長官の答弁と矛盾する。

 

 

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