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風雲サムライギタリスト シドニー音楽街道を行く!


祝インダストリアル・コンプレックス アルバムリリース前夜レコーディングメモ2

05/08/2011

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しからずば掻き鳴らして御免!21
「祝インダストリアル・コンプレックス アルバムリリース前夜レコーディングメモ2」

皆様ご機嫌如何でしょうか? 先月よりお届けしております特別企画、熱く音楽を語る「しからずば掻き鳴らして御免!」。不肖、私サムライギターリストの2作目ソロアルバム、「Industrial Complex/Rising Sun II/ J T West, Electric Solo」のリリースに先立ち、引き続き本誌読者の皆様には特別に、4年間これまでのレコーディング裏話を披露いたしましょう。あゝ4年越し涙の完成! それにしても、ほんまに疲れました~、トホホ(涙)。

先月は「心の歌」なるお話をしましたが、作曲に関してはやはり前作と同様、肉付け及びアレンジに20年、収録には今回は特に4年6ヵ月を費やしました。前作「Rising Sun」の全収録実時間は約7ヵ月でしたが、あの時はほぼ予定通りの進捗ペースで7月にはリリースできたことを記憶しています。それに対し今回の「Rising Sun II」は、当初の完成予定2008年を大幅に超過、度重なるリ・スケージュールが完成を遅れに遅れさせたのですが、これは初期の段階からある程度予測していたことで(言い訳するつもりは毛頭ありませんが)、実際、致し方なかった理由が多々ございました。膨大な数のトラック分割収録(前作の最大48トラックに対し今回は最大210トラック以上)、通常業務と同時進行作業であることや追加予算の出費との兼ね合い、またPC上の複雑な情報処理や保存管理の問題も浮上し、DTMレコーディングの記憶可能まで挑戦する初の試みは、未知の世界へと旅する愉しさ、或いは「複雑な構成が持つ美」と背中合わせに、想像しなかった事態を紛糾させ作業をしばしば頓挫させました。ところで、数年前に本企画でこのDTMレコーディングのお話をしましたが、詳しくない方々のためにもう一度、このDTMについて簡単に触れてみましょう。

スタジオにおけるレコーディング作業は簡単に言うと、アコースティックルーム(無音の部屋)で楽器を生演奏した音源を、オペレーションルームのミキシングデスクを通しレコーダーに納め、収録後、音響調整を行いミックスダウン(8つの楽器であれば8トラック、16トラックであれば16種類の独立音源を左右ステレオ出力に纏める、レコーディング後半の重要な作業)に至ります。かつては2トラックまでしか保存できなかった一発テイクのレコーダーが、60年代のビートルズの時代になると各トラックの独立テイクを可能にさせる所謂、オーバーダビングの技術革新に取って変わります(これらが後期ビートルズの不仲に、より拍車を掛けたとも言われますが)。これにより、数十台の楽器の多重録音と各トラックの再生処理が可能となるばかりか、演奏家は都合の良い時間にテイクができるなどの利便性をももたらします。何れにせよ80年代後半以前までは、音源の最終保存先がアナログのオープンリールテープだったそれが、ADAT(S-VHSテープ使用の8トラックレコーダー)を経て、コンピュータ及びDTMの登場に伴いHD(ハードディスク)への直接保存、という現況に至ります。HDはアナログ時代のように、「巻き戻し・アタマ出し・消去・再テイク」等にリスクされるテープ研磨の劣化がゼロなばかりか、保存状態や管理さえ徹底されていれば理論的には半永久的に音質の経年劣化が無く、それだけではなく楽器の最大収録数が無限という、多重録音型アーティストには正に「科学技術の勝利」と言わしめん、それ即ち、今日プロ・アマに関わらずご用達のDTM(Desktop Musicの略)なのです。


これらのドラマチックなレコーディング環境の変化は、とりもなおさずコンピュータに関わるところ大なのですが、デジタルそのものが「点と線」の世界なるがゆえ、温かみという点でDTMはこれアナログには到底太刀打ちできません。ですから、造り手である私の信条として、プロ用作曲ソフトを装備するスタジオに入り浸っては音像技術を駆使し、実世界では有り得ない広大な音のユートピアを作り出したとしても、そこに人息やら意思の疎通なる「血の通い」が無ければ、単なる技術のひけらかしで終わってしまい、最も基本的要素である「POP=大衆音楽」からは逸脱して失敗だと思うのです。商売を兼ねながら自分の好きな(というか納得の行く)音楽を作っている訳ですが、とは言え、アレンジの段階で「ここをこうすれば、このセンテンスはさらに強調され涙さえしてくれるか?」とか、「土曜日の夜に誰とも会わなくても、独りでワインでも飲みながら楽しんでもらえるか」といった、即ち、「誰が在っての音楽なのか?」なるものも考える訳です。特に、歌手(ボーカル)の存在しないインストロメンタルなジャンル、ポップ・フュージョンという音楽となるとクラシックやジャズと同様に、「楽器を歌わせる・何某かのメッセージを伝える」には肉声と違い、楽器(私の場合はギター)という間接的な表現方法を取る分、それなりの難しさがあります。そういった分の悪さを加味しつつ、では、「私が社会に訴えかけようとする、その曲の提議するテーマとはそもそも何なのか?」にもう一度立ち戻り、「少しでもイメージの100%に近づけさせる、そのための最新のテクノロジー」程度にDTMの利便性を捉え、その初心から絶対に踏み外すことの無いよう、一線を引くのも自己への戒めか?と思うのです。

些細な話はさておき、要は、「時間的な妥協はしたくなかった」、「丁寧な仕事に徹したかった」、積年の夢だった「鍵盤楽器と現代ロックギターとの融合」や、「本を読む感覚の音楽」或いは「報道や時事現象を音で表わしたい」こと、そしてミュージシャンとしては「いつまでも人々に聴き続けてもらえるような色褪せない音楽」を作る、それらに要約されます。そういった意味でも、収録に費やした4年6ヵ月は誠に多くを学んだ時間でもありました。況や、先に述べました「心の歌」というものがあるならば、「心で造る音楽」という話も有る訳で、電子技術がいくら進歩してもスピーカー向こうの聞き手を泣笑させれ得るよう、そういった態度を根底に持ちながら進める「心の通った音楽造り」、ミュージシャンであるならばその信条をいつまでも忘れず大切にしたいと、そう思うのです。


●順一T.ウエスト(じゅんいち たかばやし うえすと)
ギター講師、ソロギターリスト。過去15年に渡り、延べ400人以上の生徒を指導。1999年より、シドニーにて「サムライギター教室」を開講。日本での経歴は、神戸を中心にロックバンドのリードギターリストとしてセッションワーク等をこなし、現在、ソングライター、創作家として活動中。2001年、初のソロギターアルバム『Rising Sun/ライジングサン』をリリースし、同年、ギター教室を中心とした総合音楽業務を内容とする、サムライ・ミュージック・エンターテイメント社を発足。同社代表取締役。

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