オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」
娯楽記事

風雲サムライギタリスト シドニー音楽街道を行く!


祝インダストリアル・コンプレックス アルバムリリース前夜レコーディングメモ3

05/08/2011

このエントリーをはてなブックマークに追加

しからずば掻き鳴らして御免!22
「祝インダストリアル・コンプレックス アルバムリリース前夜レコーディングメモ3」

慌しい師走を迎えておりますが、皆様はご機嫌如何でしょうか? さて、音楽を熱く語る特別企画、「しからずば掻き鳴らして御免!」。不肖、私サムライギターリストの2作目ソロアルバム、「Industrial Complex/Rising Sun II/ J T West, Pop Rock Fusion」のリリースに先立ち、今回の通算3回のみの当企画では、本誌読者の皆様には特別に、4年間これまでのレコーディング裏話を披露いたします。あゝ4年越し涙の完成! それにしても、ほんまに疲れました~、トホホ(涙)。

2001年にリリースしました前作「Rising Sun」は、アコースティックギターによる楽曲のアルバムですが、この作品は当時、当地シドニーでプロ活動を始めてようやく一段落した私が、よくよく考えると商用ギタリストを証する営業証明の音源、所謂、ソリストとしての作品が1枚も無かったことに反省し、その火急な必要から腰を上げて収録したのがそれでした。また来豪以来、何かと親切だったスウェーデン人のブルースピアニストの、彼のスタジオセッションでギタリストとして参加していた折、スタジオでの休憩時間にソロの持ち曲を披露しましたところ、これを彼が異常なまでに気に入ってくれて、「是非ともソロアルバムの早期着手を!」と彼が強く背中を押した、そんなミュージシャン同士の友情から生まれた経緯もありました。今想えば、この時の彼の励ましがあったからこそのレコード化の実現だったと思うのですが、それにしても遥か昔から曲を書いていたにも関わらず、最終成果品レベルの永久保存音源が皆無だったのも妙な話で、実はその当時は、着手に躊躇させるそれなりの理由がありました。オペレーター付き収録スタジオの時間使用料は、今でこそ価格は下がったものの10年前までは未だバカ高い代物で、当時の私たち若きミュージシャンはプロスタジオを借り切り、ピンで録ろうなどと大それた心意気は持ち合わせておらず、デモ収録でも無い限り、大枚を叩いて自由な創作に没頭する度胸など無いということが永年、トラウマのように常識として定着していたからなのです。


そもそも、スタジオセッションのギタリストとして活動するのであれば、ロックバンドの如く自己主張な内容のアルバムなど造る必要は無い訳で、「誰それのアルバムに参加した」類の証拠音源から腕の有る無しを判断され、指名が掛かれば「いざ指定スタジオに参上!」というのが、通常バンドのギタリストとは違う職人系ギタリストですから、スタジオミュージシャンであるならばむしろそれに徹して甘んじるべきと、その考えは今もって変わりません。しかしながら、そういった仕事ばかりをこなすと益々自分の追及したい音楽は遠のき、ましてやギター講師業に全身を突っ込んで身動きが取れなくなると、気も漫ろにこそなれ音楽的探究心は疎かになります。そんなこんなで腹を決めて掛かったのが前作「Rising Sun」でしたが、収録も終わりアルバムがリリースされるや、その後の営業活動から今度は、思いもよらぬ数々のドラマを見させられたのでした。

作った以上は売る努力も必要なワケで、営業努力が功を奏したのか初版印刷分はかなりのスピードで掃け、2度目の印刷時はジャケットの再デザインと音源のリ・マスタリングを施して再販し、それと時を同じくし、心ある知人の好意から日本の販路を戴き輸出ができました。シドニーに於いてはパブリッシング契約やシングルカットのオファー、ラジオインタビューと定期オンエアー(現在も何処かのローカルFM局で時折流してくれているようで、先日もケアンズに行った友人がカーラジオから偶然、「Rising Sun」が流れ始め驚いたそうですが)等々と、人を喜ばさん話が多々ありました。反面、或るプロモーターとは企画が半ば決定済みだった話が、他のプロジェクトの失敗で先方の経営が急速に傾き話はご破算に、また同様の企画絡みの話では、或る女性のマネージメント業者などは音楽産業の度重なるプレッシャーに耐え切れず、電話を入れた数日前に既にノイローゼで自殺していたりと、まるで嘘のようで寒くなるような珍事に遭遇し、こっちは真面目に音楽を続けているつもりが全く馬鹿バカしくなって来る、だらしない音楽業界特有の悲喜こもごもな話がありました。

あれから約10年。前作「Rising Sun」の続編となるコンプリートアルバム、「Industrial Complex/Rising Sun II」の完成が近づき、積年の願いが今、現実のものになろうとしています。トラックタイムも前作の42分に対し、CDの記録限界スピルオーバー寸前の79分強と若干、羽目を外した分、カラフルで申し分ない厚みに仕上がりました。アルバムの持つストーリー性について一言書きますと、アコースティックギターで社会の風景を透明かつ「明るい色」で繊細に謳った前作に対し、エレクトリックギターで仕切ったニューアルバムの主張せんところは、我々が生きる社会の緊張や消費社会の歪、止まらぬ武器開発と海外派兵という名の論理的暴力が成立する構造、「この道はいつか来た道」を彷彿とさせる恥知らずな某国による公害汚染、また今世紀版ロマンチックな「二人の愛の風景」等々の、格差社会の今日なれど中産階級なる庶民生活の市民哀歌を、私が愛すはアメリカ西海岸ロサンゼルスという消費社会究極の街を舞台に、グレーかつ透明ブルーな音色を選び、先述の大きなテーマにアグレッシブに取り組んだ点にあります。

前作と同様に、今回も作曲から既に15年を経過したものばかりが並びますが、特に2作目については、時間を度外視しても「納得するものに仕上げたい」という願いが着手以前から強く、結果に満足する反面、収録4年6ヵ月という時間的リスクも背負うこととなりました。アルバム用に書き上げた曲はまだまだありますが、作った曲その総てを収録する訳には行かず、アルバム全体の本筋に添わない理由から、未採用・廃曲にしたものも多々ありました。選んだ曲を今度は、人様の前に出しても一応の体裁は保てるよう、曲を一人前に成長させる「曲磨き」なる作業があり、それにアタマを捻った時間的労力も膨大でした。この「曲磨き」こそ大切な作業で、私にすれば手塩を掛けて子供を育てるに等しく、CDに焼く頃には可愛い娘たちを嫁に出すような、そんな親心に似た感情も生まれたりします。そして彼女たちが一人歩きを始めた後は、「気に入ってもらえるように思う存分働いて来い!」といった按配で、「あそこに音をもう少し加えりゃ良かったなぁ」などと野暮な後ろ髪は引かず、むしろ「その時にできる限りのベストを尽くしたんだから、あれはあれでOK」と、ひとたび我が手を離れる以上あっさりするようにしています。

ところでこの10年の内、作る技術の進歩に比例し聴く側の環境も大きく変わりました。これらはとりもなおさず、コンピュータやインターネットの存在大ですが、知らなかった曲名や新たなアーティストを知る機会は増えたものの、音楽が大量消費されるスピードはさらに勢いを増し、1曲1曲の持つ重みが非常に軽くなった気がします。レコードを聴いて育った私や私の仲間は当時、ターンテーブルの溝に落した針の音に耳を傾けながら、大きなアルバムジャケットの見開きの写真や絵を眺め、「ああでもない、こうでもない」と議論し想像力を豊かに膨らませつつ、耳ならぬ「心」で音楽を聴いたものです。当時はソニーのカセットテープウォークマンがデビューした頃で、ちょうど今日のMP3ダウンロード音源をiPodで聴くように、私たちもダビングしたレコード音源をカセットテープに詰め込み、通学途中や電車の中で聴きました。しかし、私たちが壊れるまで聴き潰したウォークマンとiPodとのその役割の決定的違いは、小遣いを貯めて買った貴重なレコード板の溝を少しでも擦り減らさないよう、レコードを何時までも完璧な状態に保存する予防策のそれ以上それ以下でもなく、またウォークマンはあくまでも外出用に使い、基本は自宅のオーディオスピーカーで細部の音を愉しむという、そんな鉄則というか正統派音楽ファンが持つ暗黙のルールがありました。

便利になった分、何か大切なものを失くしたと今日のiPod世代を眺めつつ、そう思うことがあります。「良い音楽はステレオスピーカーからでっかい音で聴こう!」、音楽を楽しむ基本はまさにこれです。ラッパスピーカーから飛び出す、低音も中音も高音もバランスの取れた「空気を通した音」を腹に受け、どうです?皆さんも時にはスピーカーの前で耳を澄まし、曲の隅々まで隠れた「音」を楽しんでみては如何でしょうか?

親愛なる読者の皆様、旧年中は当コラムをご贔屓頂き、誠にありがとうございました。また、毎月の執筆作業に一方ならぬお世話を戴いております本誌スタッフ諸氏、それらすべての皆様にこの場をお借りしまして、心より篤くお礼を申し上げます。どなた様も良いお年をお迎えください、そして来年も皆様どうぞ宜しくお願いいたします。以上をもちまして不肖、私サムライギターリストの当コラム本年度の執筆は、これにて御帳とさせて頂きます。


●順一T.ウエスト(じゅんいち たかばやし うえすと)
ギター講師、ソロギターリスト。過去15年に渡り、延べ400人以上の生徒を指導。1999年より、シドニーにて「サムライギター教室」を開講。日本での経歴は、神戸を中心にロックバンドのリードギターリストとしてセッションワーク等をこなし、現在、ソングライター、創作家として活動中。2001年、初のソロギターアルバム『Rising Sun/ライジングサン』をリリースし、同年、ギター教室を中心とした総合音楽業務を内容とする、サムライ・ミュージック・エンターテイメント社を発足。同社代表取締役。

このエントリーをはてなブックマークに追加


関連記事

子供用自転車の「キティちゃん」を新たな相棒に加え、防山の無事を見届けた私は山陽本線の高架橋に沿って、さらに東に進んだ。神戸駅前のD51広場から中央郵便局を右目に栄町通、中華街の南京町を抜け鯉川筋に出ると、そこに立体駐車場のMKパーキング、即ち私の「昼の職場」が在る。12階建てビルに匹敵する、収容220台のタワーパーキング。ノッポの立駐は中途から折れることなく、相変わらずその長身を空高く聳え立たせていた。私は、職場の仲間が誰か来ることを願い当座、鍵の閉じた立駐事務所の前で時間を潰した。すると間もなくし、自転

この記事を詳しく見る

CATEGORY

風雲サムライギタリスト シドニー音楽街道を行く!

CATEGORY

娯楽記事

Side girl
Side 2

FOLLOW US

SNSで最新情報をゲット!

NEWSLETTER

メールで最新情報をゲット!

メールを登録する

COUPON

オトクなクーポンをゲット!

全てのクーポンを表示