オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」

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ワーキングホリデー(以下WH)経験者が、WH後の就職活動において『ワーホリ』という肩書きで苦労することもしばしばあるという昨今。「楽しければいい」と文字通りの“ホリデー”を満喫するのもいいが、WHの期間は限られているからこそ、その過ごし方で自身の今後を左右する可能性も高い、と言うことを念頭においていただきたい。今回はWH出身の偉大なる先輩方にお話をうかがった。そこからぜひ何かWH後の就職など、自分の成功へと繋がるヒントを掴み取ってほしい。

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語学留学でゴールドコーストを訪れとても気に入り、WHで再渡豪を果たした佐藤真理氏。ゴールドコーストを拠点として、チョークアートのレッスンに励んだ。もともとアートをやったことがあるわけではなかったが「オーストラリアでしかできないことをしたいと思っていたとき、たまたま雑誌で見たチョークアートが楽しそうで、まずやってみようと思ったんです」。それがはじまりだった。オーストラリアならではのポップでカラフルな色使いと立体感、そして本物以上に美味しそうに見える絵が最大の魅力だという。第一人者のモニーク・キャノン氏のもと

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2012年、日本人初のシドニーズ・ベストバリスタの称号を得た佐々昌二氏。そんな彼のスタート地点もWHだ。WH時代、最も苦労したのは英語だという。「父に背中を押されてきた以上、手ぶらで日本に帰るわけにもいかないし、せめて英語だけでもマスターしたい」という気持ちもあり、日本語環境ではない場所を探して、たくさんのレジュメを落とした。とにかく足で稼いで、ようやく見つけたのは現地のカフェでの仕事だ。英語環境で働くことに抵抗はなかったが、思っていることを完全には伝えられないこと、また相手の言うこともすべては理解できな

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「日本と同じように海外でも働き、生活をすることができるのか試してみたかったんです」。オーストラリアのワイルドフラワーに興味を持ち、渡豪を選んだ青井友紀氏。WH中にはいくつかのアルバイトを通じて、英語力の大切さを痛感したという。仕事では大変だったこともあったが、仲間に恵まれ、協力して働くことの大切さ、またそれが売上にも通じるということを学べた。

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大学時代、空手のオーストラリア全国大会の招待選手として呼ばれて初めてシドニーに降り立った杉森匠司氏。突き抜けるような青空や素晴らしい環境に一目惚れし、就職活動などすべて放り出して「ここに永住するんだ!」という決意を胸に、WHメーカーとしてやって来た。「自分なりに英語を勉強したつもりで来豪したんですが、生の英語は机上の勉強とは違って、痛い目にいっぱい会いました」と当時を振り返る。また「空手があったからこそ今の自分があります」という杉森氏は、全豪空手大会で複数回の優勝経験を誇る実力者だ。ところが来豪後に腰椎椎

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最初はカナダに行くつもりだった。しかし、その年のカナダのWHの受付は終了。でもどうしても2001年にWHに行きたい、とオーストラリアに白羽の矢が立った。最初はまったく興味がなかったが、来てみると「天気と人の良さがとっても気に入りました!」という大崎孝子氏。WH時代はとにかく楽しく過ごした。シドニーでオーペアを半年した後、1ヵ月タスマニアに旅行へ。

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WH制度に興味があり、英語も話せるようになりたかったという山本香代氏。「留学前は不動産関係の仕事に携わっていたにもかかわらず、15万円ほどのボンド詐欺に合ったり、トイレのタンクの蓋がないし、オーブンの扉が開けるたびに落ちてきたりするシェアハウスに住んだこともあったんです(笑)」と、来豪後の苦労話を明るく話す。当初は苦手とする英語をあまり必要としない仕事をしていたが、「このままでは英語を話せるようにならない」と、カンガルー島のホテルで働くことを決意する。日本人のいない環境で、スラングやヨーロッパ訛の英語に苦

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物心ついた頃に兄の影響でボールを蹴り始めてからずっとサッカーをしてきた木村恭平氏。日本の社会人時代、当時のチームにいたナイジェリア人を見て「自分の力も違う国で通用するのか試したい」とオーストラリアへ。最初は言葉がわからず、一言もしゃべれない日もあった。また食生活も変わり、最初の1ヵ月で5キロも体重が落ちた。そんななかでサッカーやファームなどを通じて、「さまざまな経験をしてきた人たちと出会い、考え方の幅が広がりました」という彼。プレミアリーグ、スーパーリーグの計24チームに自らコンタクトを取り、トライアルを

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オーストラリアで彼の名前を知らない人はいない、といわれる五十川明氏。オーストラリアを代表する世界屈指のファッション・デザイナーとして活躍する同氏のルーツは、意外にも「ワーキングホリデー」にあった。ごく普通のWHの青年から世界のakiraへ。その成功への道のりの出発点となった「WH」とは同氏にとってどんなものだったのだろうか。

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