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プロサッカー選手を目指し、挑戦し続ける 現役ワーキングホリデーメーカー 木村 恭平 氏

19/09/2013

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物心ついた頃に兄の影響でボールを蹴り始めてからずっとサッカーをしてきた木村恭平氏。日本の社会人時代、当時のチームにいたナイジェリア人を見て「自分の力も違う国で通用するのか試したい」とオーストラリアへ。最初は言葉がわからず、一言もしゃべれない日もあった。また食生活も変わり、最初の1ヵ月で5キロも体重が落ちた。そんななかでサッカーやファームなどを通じて、「さまざまな経験をしてきた人たちと出会い、考え方の幅が広がりました」という彼。プレミアリーグ、スーパーリーグの計24チームに自らコンタクトを取り、トライアルを経てチームに加入した行動力と実力を持つ。
昨年のチームメイトに日本語もできるオーストラリア人がおり、サッカーに必要な言葉は教えてもらったのだが、それでもまだチームメイトとのやり取りは大変で、「通じる通じない以前に、言っても聞かれないことも多いです」と笑いつつ、英語は課題のひとつに挙げる。そこをカバーするため、「監督の仕草や選手がどうプレーをするのか、チームとしてどういうプレーをするのかに気を配ります。すると自然と自分が何をするべきか、何を求められているのかわかってくるんです」と真剣な眼差しで語る。言葉以外の環境では日本の方が技術はあるが、オーストラリアの方がパワーがあるのでディフェンスが大変だという。「ラグビーのようなタックルをする選手もいるのでよく乱闘になり、いい意味でも悪い意味でも激しさがあるのでやりがいはあります」と苦笑い。
 
 
サッカーをする傍ら、広く経験を積もうと日本食テイクアウェイショップでアルバイトもしている身近なWHメーカー。「サッカーだけでなく、さまざまな競技で頑張っている人もいます。そういう方たちの応援もよろしくお願いいたします。僕自身、日本人ってすごいと思わせるようなプレーを心がけ、また自分の目標を達成できるようにさらなる努力していきます。皆様がWHでこちらにきた目的や目標を達成できるように心より応援しています」。同じ目線からのメッセージだからこそ、響くものがある。サッカーが好きだから、という強い思いを胸に夢を追いかける彼を今後も応援したい。
 
 
 
 
プロフィール
1988年生まれ。東京都出身。帝京大学サッカー部OB。物心ついた頃からボールを蹴り始め、学生時代を通じてサッカーに励む。社会人になってからは関東1部リーグのtonan前橋に所属。WH渡豪後、昨年は、NSW州2部リーグのDulwich Hill FCに所属、現在は同リーグのMacarthur Rams FCに在籍し、左サイドバックで活躍中
 
 

 

 

 

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