オーストラリア・シドニーを楽しむための生活情報誌「チアーズ」
娯楽記事

ワーホリ特集


笑顔になれるスイーツ届けます パティシエ 大崎 孝子 氏

19/09/2013

このエントリーをはてなブックマークに追加

917

最初はカナダに行くつもりだった。しかし、その年のカナダのWHの受付は終了。でもどうしても2001年にWHに行きたい、とオーストラリアに白羽の矢が立った。最初はまったく興味がなかったが、来てみると「天気と人の良さがとっても気に入りました!」という大崎孝子氏。WH時代はとにかく楽しく過ごした。シドニーでオーペアを半年した後、1ヵ月タスマニアに旅行へ。「オーストラリアっぽいというか。北海道をグレードアップした感じで、自然や満天の星空は圧巻です。ぜひ行ってみてほしい」と、目を輝かせ力説する。旅行後、メルボルンに3ヵ月滞在し、無料の語学学校に通った。WH後、再びオーストラリアに戻ってくることを前提とした、一時的な「計画的な帰国」をする。
日本で半年間、語学学校に行くためのお金をため、再来豪。TAFE付属の語学学校で学んだ後、念願のル・コルドン・ブルーに入学した。「授業はいつも一番前の席に座っていました。わかっているのに英語だとちゃんと答えられないもどかしさも何度も経験しました」と、“遊び”で過ごしたWH時代と打って変わって、“真剣”に学んだという。同時期にフレンチ・パティスリー『ヴィクトール』で、当時ヘッドシェフだった、現在オーストラリア随一のパティシエ、アドリアーノ・ズンボ氏にペストリーを、フレンチ・ベーカリー『モアナ』でオーナーのコスタ夫妻からパンを学んだ。
コスタ夫妻の元で学んでいるうち、ビザの関係で夫妻が帰国することになった。日本と違って、ビジネスの売買が盛んなオーストラリア、別のオーナーに代わったのだがそれがまさかの素人で、衝撃とともに概念が覆ったという。「これなら自分もできるのでは…」それが独立を目指したきっかけとなった。
 
 
日本人とローカルの比率、立地などバランスの取れたモスマンに、満を持して昨年12月にオープンした『レクレア・パティスリー』。「美味しく食べてもらうこと」をモットーに、積極的にお客さんと会話をするように心がけている。日本風の美味しいスイーツを味わえると人気の同店では、現在WHメーカーの方も働いている。今後「日本の甘味処みたいな、あんこを使った和風のものも提供したい」という大崎氏。さらにフードやケータリングの充実、またグルテンフリーなども取り入れる意向だ。「いろんなことに〝本気〟で挑戦すること。ただいろんなことをやるだけではなく、それをいかに“本気”でできるかです。本気でやれば必ず何かを学べます。無駄なことなどないんです」とメッセージをくれた。ケーキが好きだから、という思いからごく自然にこの道を選んだ。“本気”で取り組んできたからこそ、今がある。
 
 
 
 
プロフィール
1972年生まれ。埼玉県与野市(現在のさいたま市)出身。東京家政大栄養科を卒業後、大手パン屋「アンデルセン」入社。2001年にWHで来豪後、料理の名門校、ル・コルドン・ブルーでディプロマ取得。アドリアーノ・ズンボ氏、コスタ夫妻に師事し、2012年12月、『L’eclair Patisserie』をオープン。
 
L’eclair Patisserie
住所:672 Millitary Rd., Mosman
電話:02-9960-7773 
営業時間:火~金 8:00 – 18:00
          土日 8:00 – 16:00
          月曜休み

 

このエントリーをはてなブックマークに追加


関連記事

語学留学でゴールドコーストを訪れとても気に入り、WHで再渡豪を果たした佐藤真理氏。ゴールドコーストを拠点として、チョークアートのレッスンに励んだ。もともとアートをやったことがあるわけではなかったが「オーストラリアでしかできないことをしたいと思っていたとき、たまたま雑誌で見たチョークアートが楽しそうで、まずやってみようと思ったんです」。それがはじまりだった。オーストラリアならではのポップでカラフルな色使いと立体感、そして本物以上に美味しそうに見える絵が最大の魅力だという。第一人者のモニーク・キャノン氏のもと

この記事を詳しく見る

2012年、日本人初のシドニーズ・ベストバリスタの称号を得た佐々昌二氏。そんな彼のスタート地点もWHだ。WH時代、最も苦労したのは英語だという。「父に背中を押されてきた以上、手ぶらで日本に帰るわけにもいかないし、せめて英語だけでもマスターしたい」という気持ちもあり、日本語環境ではない場所を探して、たくさんのレジュメを落とした。とにかく足で稼いで、ようやく見つけたのは現地のカフェでの仕事だ。英語環境で働くことに抵抗はなかったが、思っていることを完全には伝えられないこと、また相手の言うこともすべては理解できな

この記事を詳しく見る

「日本と同じように海外でも働き、生活をすることができるのか試してみたかったんです」。オーストラリアのワイルドフラワーに興味を持ち、渡豪を選んだ青井友紀氏。WH中にはいくつかのアルバイトを通じて、英語力の大切さを痛感したという。仕事では大変だったこともあったが、仲間に恵まれ、協力して働くことの大切さ、またそれが売上にも通じるということを学べた。

この記事を詳しく見る

大学時代、空手のオーストラリア全国大会の招待選手として呼ばれて初めてシドニーに降り立った杉森匠司氏。突き抜けるような青空や素晴らしい環境に一目惚れし、就職活動などすべて放り出して「ここに永住するんだ!」という決意を胸に、WHメーカーとしてやって来た。「自分なりに英語を勉強したつもりで来豪したんですが、生の英語は机上の勉強とは違って、痛い目にいっぱい会いました」と当時を振り返る。また「空手があったからこそ今の自分があります」という杉森氏は、全豪空手大会で複数回の優勝経験を誇る実力者だ。ところが来豪後に腰椎椎

この記事を詳しく見る

CATEGORY

ワーホリ特集

CATEGORY

娯楽記事

Banner3
Side girl 20200116
Side 2

FOLLOW US

SNSで最新情報をゲット!

NEWSLETTER

メールで最新情報をゲット!

メールを登録する

COUPON

オトクなクーポンをゲット!

全てのクーポンを表示