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コーヒー先進国随一の大都市、シドニー屈指の ベスト・バリスタ 佐々 昌二 氏

19/09/2013

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2012年、日本人初のシドニーズ・ベストバリスタの称号を得た佐々昌二氏。そんな彼のスタート地点もWHだ。WH時代、最も苦労したのは英語だという。「父に背中を押されてきた以上、手ぶらで日本に帰るわけにもいかないし、せめて英語だけでもマスターしたい」という気持ちもあり、日本語環境ではない場所を探して、たくさんのレジュメを落とした。とにかく足で稼いで、ようやく見つけたのは現地のカフェでの仕事だ。英語環境で働くことに抵抗はなかったが、思っていることを完全には伝えられないこと、また相手の言うこともすべては理解できないもどかしさには苦しんだ。いまでも、「正直日常会話が一番難しいと思うんです」と笑いつつ、「郷に入れば郷に従え」の精神で環境の違いに戸惑ったことはないという。
 
 
「カフェで皿洗いから始めて、その後ボスに、接客もしてみるか?と言われたことがコーヒーを作るきっかけになりました」。その言葉通り、ゼロから始め、一歩ずつ階段を登るように積み重ねた努力が、2012年のシドニーズ・ベストバリスタの受賞に繋がった。受賞により「人から見られる目が変わって、自分でもさらにコーヒーに対して考えるようになりました」と、現在より深くコーヒーと向き合うべく焙煎を学んでいる。「楽をせず、無理をせず。肩の力を抜いて気楽にやるが、妥協はしない」をポリシーとし、バリスタとしてももちろん活躍している。産地によってそれぞれ異なる豆のキャラクター、その違いを引き出すのが、焙煎の仕事。その豆を上手く抽出するのがバリスタの仕事。「豆の生産、焙煎、抽出、その3つの過程どこかひとつでもダメだと、美味しいコーヒーはできないと思うんです」。そのため、焙煎、抽出を極めて消費者にいいものを伝えたいと心がけている。『カンポス』や『シングルオリジン』のスペシャリティコーヒーでの経験はもちろんだが、「一番はWHでオーストラリアに来たこと」をターニングポイントに挙げる。オーストラリアに来ていなかったら彼のコーヒー人生はなかったのだ。そして現在、小さくてもいいから美味しいコーヒーを出す自分の店を持つことが、次なる目標だと教えてくれた。
「時間を無駄にしないこと。日本人で固まっているのもありだけど、こっちの良さを知ってこそわかる、日本の良さや親のありがたさや大きさもあります。また、なんでもトライしてみたらいいと思います。小さな目標でもそれを達成することが自信につながりますよ」とアドバイスをくれた佐々氏。彼自身が積み重ねてきた小さな一歩ずつが現在の成功につながっている。
 
 
 
 
プロフィール
1979年生まれ。東京出身。
日本人初のシドニーズ・ベストバリスタを受賞した、シドニー屈指のバリスタ。名だたるスペシャリティコーヒーでの経験を経て、現在は『Mecca Espresso』で腕を振るう。2007年からCoffee Guideで5年連続5星を獲得、2008年『Time Out』のSydney Best Coffee特集版の1位に選出、2011年Sydney Best 5 Baristasに選出、2012年にはSydney’s Best Baristaに選ばれるなど、数々の受賞歴あり。
 

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