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鮮やかに色彩を操る チョークアートサインライター 佐藤 真理 氏

19/09/2013

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語学留学でゴールドコーストを訪れとても気に入り、WHで再渡豪を果たした佐藤真理氏。ゴールドコーストを拠点として、チョークアートのレッスンに励んだ。もともとアートをやったことがあるわけではなかったが「オーストラリアでしかできないことをしたいと思っていたとき、たまたま雑誌で見たチョークアートが楽しそうで、まずやってみようと思ったんです」。それがはじまりだった。オーストラリアならではのポップでカラフルな色使いと立体感、そして本物以上に美味しそうに見える絵が最大の魅力だという。第一人者のモニーク・キャノン氏のもとでレッスンを受け、すっかりチョークアートの魅力に引き込まれた。どうしても残りたい、アシスタントにしてもらえないかと打診したところ、当時のアシスタントがお休みに入るからと、代わりに抜擢された。自身は特に苦労したと感じてはいなかったが、のちにモニーク氏から「当時はマリの英語がわからず疲れたわ」と笑いながら打ち明けられたのだそうだ。
 
 
チョークアートに打ち込むあまりに、持ってきたお金のほとんどを最初の2ヵ月で使ってしまった佐藤氏。思うように仕事が見つからず、シドニーへとやってきて回転寿司屋と焼肉屋を掛け持ちでアルバイトをした。「ゴールドコーストに比べると、シドニーは新宿のようなイメージでした」と当時を振り返る。シドニーに5ヵ月滞在の後、再びゴールドコーストのモニーク氏の元でアシスタントを務めたWHの終わり。やっと帰れるという思いと、もっとオーストラリアにいたい、という両方の思いがあったという。
帰国後すぐに自身の会社を立ち上げ、カフェなどを始めとし、いろんなお店の看板やメニューを手がけてきた。またスクールも開講し、チョークアートを日本にも広めつつ、「お客様の満足度」を第一にチョークアートと向き合っている。「すべては自分次第、チャレンジをたくさんしてもらいたいです。一日一日を大切に過ごすために、『WH中に何をしたいかを一覧にする』、『日記をつける』などお勧めします。自分自身の行動に責任を持って、あとはひたすら楽しんでくださいね!」と現在のWHメーカーへアドバイスを送る。また自身の今後について「もっとたくさんの方にチョークアートの楽しさを伝えつつ、自分自身の世界観を広げていきたいです。日本中に私の手がけたチョークアート看板があったら素敵ですね。そしてチョークアートカフェをオープンしたいです」と語る。さらなる高みを目指す先駆者に負けないように、しっかり先を見つめて日々を過ごしたいものだ。
 
 
 
 
プロフィール
1971年生まれ。東京都八王子市出身。2002年にWHで来豪し、チョークアート第一人者モニーク・キャノンの元で学ぶ。帰国後、株式会社マリズチョークアートを設立し、モニークチョークアート日本校を開校。株式会社マリズチョークアート代表取締役、チョークアート日本校代表講師、モニークチョークアート協会(MCA)会長などの肩書きを持つ。
 
株式会社 マリズチョークアート
住所:東京都町王子市上野町9-101
(JR八王子駅から徒歩10分)
電話:042-623-6473
 
 

 

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